第202話 冷たい食卓
食卓はお通夜のようだった。
ハイデマリーに勧誘された後、ラーレは口を閉ざし、コルドゥラたち護衛も俯いて、何か後悔しているようだった。特に双子の護衛のエラとミリの落ち込み方がひどい。アメリーも雰囲気にのまれたのか、黙って食事をとっている。私は何も言えなくなって、ラーレをなんともなしに観察していた。
「ねえダクマー、今日みたいに私がハイデマリー様に絡まれたら助けてくれる? 彼女は爵位も上だし、ビューロウ家に迷惑が掛かっちゃうかもしれない。それでも助けてくれる?」
ラーレは不安に思ったのだろうか。そんなことを聞いてきた。護衛のコルドゥラたちから息を飲む気配がする。でも私の答えは決まってる。
「当然だよ! ラーレは家族なんだから、助けるのは当り前のことだよ。私にできることは限られてるけど、この刀に掛けて助けると約束するよ」
私は力強く答える。それなのに、ラーレは泣きそうな顔をしてうつむいてしまった。
「ありがとう。でもごめん。今日はもう休むよ」
そう言って、デザートも食べずに部屋に戻っていく。少しは喜んでもらえると思ったのに、全く予想外の反応に、私は戸惑う。なにか、取り返しのつかないことをしてしまった気がする。
私は思わず周りの人を振り返る。
「私、なんか変なこと言ったかな」
戸惑う私に答えてくれたのは、アメリーだった。
「お姉さま。お姉さまの心意気は立派だと思いますが、爵位が上の方に逆らうのは得策ではありません。そこは、エレオノーラお姉さまを頼ると言うべきだと思いますわ」
え? そう言う問題なの? 私は意味が分からず戸惑っていると、コルドゥラが立ち上がり、勢いよく頭を下げた。
「ダクマー様! 申し訳ございません! ナターナエルに襲われたとき、本来ならラーレ様ではなく私があなたの盾にならなければなりませんでした。剣術も魔法もご教授いただけたのに、肝心なところでお役に立てず、本当に申し訳ありませんでした!」
いやコルドゥラはいつもよくやってくれてると思うし、それにそのことの謝罪は入院中に受けたよね? なんで今更それを蒸し返すんだろう。そして気が付けば、エラとミリも私に謝罪してきた。
え?どういうこと?
「実は今日、フランメ家のハイデマリー様に指摘されたのです。あの場面では、本来なら護衛の私たちが、ダクマー様たちをかばわなければならなかったと。あのお方の言う通りです。私たち護衛は、あなたたちの身を守るために存在しています。それなのに、新しい刀を手に入れたからと言って、戦うことに気を取られるのは護衛失格です」
いやでも、あの場面で動けたラーレがすごいのであって、コルドゥラたち護衛が動けないのは仕方ないんじゃないかな。そう思って何か言おうとする私を、アメリーが止めた。
「お姉様。コルドゥラの言うことはもっともですわ。お姉さまがあの時亡くなっていたら、私は彼女たちを許すことはできなかったでしょう。お姉さまがコルドゥラたちに甘いのは分かりますが、彼女たちは護衛です。お姉さまを守るのが仕事なんです。己を顧みる彼女を安易に慰めることは、彼女たちを役立たずと言っているのと同じですわよ」
うう。そうかな。でも彼女たちはよくやってくれていると思うんだけどなぁ。
「いやでも、実際コルドゥラたちはしっかり仕事してくれてるよ。あれは相手が悪かったというか、そんな感じだよね」
アメリーは納得しない。
「お姉様は、もう一般の貴族令嬢ではありません。闇魔を倒せる英雄なのです。その護衛が、普通ではいけないのです。お姉様の隣に立つには、相当な努力が必要ですわ」
思ってたけど、アメリーたちって私のこと評価しすぎじゃない? そんなたいしたもんじゃないんだけど!
私が納得していないことをアメリーは察したようだった。
「まあ、いいでしょう。そのうち実感することになりそうですから。でもラーレお姉様は、ダクマーお姉さまについていける数少ない人です。フランメ家に渡すわけにはいきません。あなたたちも十分に気を付けるのですよ」
アメリーがコルドゥラたちに言い聞かせるように言った。コルドゥラたちは黙ってアメリーの言葉に従った。
私はうつむいた。ラーレは家族だ。こんな時こそ助けなければいけないんだ。話をしなきゃいけない。気持ちを伝えるために、私はラーレが休む部屋に向かった。
◆◆◆◆
「ラーレ。ごめん、休んでるとこ悪いんだけど、少し話せるかな」
私はドア越しにラーレに話しかけた。
「・・・・どうぞ」
少し間をおいて、ラーレが答えてくれた。私は、そっとドアを開けてラーレの前に向かう。一応ラーレも領主一族だから、一人で部屋を使うことになってるんだよね。
ラーレの顔色は悪い。フランメ家に狙われていることを知って、不安になったのだろうか。
「えっと、フランメ家の連中もしつこいよね。ハイデマリーや当主まで出てくるなんてさ。でも安心して。ラーレは私が必ず守るから」
気まずい空気を振り払うように、私は努めて明るく言った。でもラーレの顔色は悪いままだ。
「ねえ、私ってそんなに頼りないかな。私だって必死に努力して、闇魔と戦う技を磨いてきた。でもアンタは、私のことを全力で守ろうとするよね。デニスやアメリーにすらそんなことしないのに。私はアンタに命がけで助けてもらわなきゃいけない存在かな」
真顔で問われて私は動揺した。
「そ、そんなことないけど・・・。でも心配なんだよ。私と一緒であんまり勉強とか得意じゃないし、からめ手で来られると取り込まれちゃうかもしれない。私には剣しかないけど、でもそれで助けられるならどんなことでもしてみせる」
私は断言したが、ラーレの表情は変わらない。
「剣って、また無茶するの? フランメ家は爵位が上の侯爵家よ。そんな相手に、剣を使ってどうしようというの? アンタは英雄かもしれないけど、相手には権力も知恵もある。私を助けようとするなら、代わりにアンタが死んじゃうかもしれないだよ」
ラーレの不安は分かる。でも、相手が掛かってくるならしょうがないじゃないか。私たちが嫌がっても戦わなければいけない時が来るかもしれないし。
「大丈夫だよ。ラーレは私が守る。それこそ、命に代えてもね」
私の言葉にラーレは目を見開いた。
「そういうことを言ってるんじゃない! アンタが私の代わりに傷つくのがうれしいと思うの!? アンタが私を助けようとしてくれるのは分かるけど、そのためにアンタが傷つくんじゃあ、本末転倒じゃない!」
激高するラーレを、私はおろおろと見ていることしかできない。私は頭が悪いから、剣で助けることしか思いつかない。デニスやアメリーくらい、頭がよかったら分かるのかもしれないけど・・・。
「ごめん。八つ当たりだ。でも、アンタが私を命がけで助けようとするなら、私たちは一緒にいない方がいいかもね」
へ? 何言ってるの?
「ちょっとラーレ! どういうことよ! 私、そんな変なこと言った?」
ラーレは私に背を向けた。
「ごめん。ちょっと頭を冷やしたい。一人にしてくれるかな」
そういうと、ラーレは私を部屋から追い出したのだった。




