第201話 ハイデマリーの言い分 ※ 後半 ラーレ視点
「え? 元クラスメイトがハイデマリーさんの護衛になったの? 当主が動けない分、元クラスメイトに説得させるつもりなのね。しつこくない?」
コルドゥラから報告を聞いてあきれた。まさか元クラスメイトを護衛にしてまでラーレに接触してくるだなんて、フランメ家のやつらって、あきらめる気は全然ないみたい。
「あのおばさん当主はまだ北から戻ってないみたいだけど、ハイデマリーが接触するのも時間の問題みたいね」
ラーレは青い顔で答えた。
「うん。マリーが護衛との合流を理由に私に話しかけてくるのは間違いないと思う。今回は味方が多かったけど、南の護衛が多い日もあるだろうし、逃げ回るのは限界がありそうだよね。でも護衛だから学園に行かないわけにはいかないし、どうしよう」
私は考える。護衛の待合室で合流すれば、そのうちきっと鉢合わせするだろう。ということは、待合室以外で合流すればいいのか。
「ねえ。私は今、午後の授業は学園長室で受けてるんだけど、そこで合流するのはどうかな。一応、レオンハルト先生は味方になってくれているしさ」
ラーレは浮かない表情だ。
「でもレオンハルト先生も王家の一員だし、あんまり信頼しすぎるのも危ういと思う。バプティスト様と同じように考えてると、痛い目を見る気がするわ。やっぱり王家の利益を考えて行動すると思うしね」
うっ。すっかり味方の気持ちだったけど、確かに王家がずっと味方でいてくれるとは限らないよね。国王やバプティスト様は信頼できてもライムントみたいなのもいるから、信頼しすぎるのも問題かもしれない。
「やっぱり信頼できるのは身内だけかなぁ。ラーレやアメリーみたいな血がつながっている人しか信頼できないのはさみしい気がするけどね」
ラーレは苦笑した。
「まあ、エレオノーラ様やギルベルト君なんかは、同じ東側の貴族だし、ある程度は信頼できると思う。でも全面的に頼っちゃうと、どこかで足元をすくわれちゃうかもね。まあ、この件に関しては相談してみるのはいいんじゃない?」
◆◆◆◆
「というわけで、私の護衛とはこの部屋で合流したいんですが、いいですか?」
翌日の午後の授業が終わると、さっそくレオンハルトにお願いしてみた。こういうことは、忘れないうちに言う方がいいからね。レオンハルト先生は渋い顔をして眉間に手を当てている。
「まったく君は、学園長室を何だと思ってるんだ。この部屋で授業を行うのだってかなり特別な処置なんだぞ。君は本当に、一度信頼したら頼ることに躊躇はないな」
え? そうかな。でも私が頼れる人は少ないし、集中しちゃうのはしょうがなくない? 一応私の行動は王家のためにもなっているみたいだし。
「やだなぁ。これでも王家に対する敬意はあるつもりですよ。特に先生が私を陰からフォローしてくれているのは分かっています。いつも助けていただいて、ありがとうございます」
私はお辞儀をする。レオンハルト先生は私が学園で自由に過ごせるよう、手を尽くしてくれているからね。ヨッヘムとの会話の節々からも、そのことが察せられるのだ。
「まあ、ラーレ君や君の護衛なら、礼儀をわきまえているようだから大丈夫だろう。私はこの部屋にいないことも多いが、この部屋を自由に使いたまえ。ただし、あんまり騒ぎすぎないようにな」
さっすがレオンハルト先生! 話が分かる!
「じゃあ、とりあえず明日からさっそく使わせてもらいますね。護衛室を使うのは今日が最後だ! じゃあ、いってきま~す! レオンハルト先生、また明日!」
私は急いで学園長室を後にした。
「まったく、本当にいつも慌ただしいな。少しは落ち着いて行動したらいいのに」
レオンハルト先生のつぶやきが聞こえたような気がした。
※ ラーレ視点
ついにきたか、と言うのが正直な感想だった。護衛室でダクマーを待つ間に、マリーが接触してきたのだ。
「ルートお姉さま、ごきげんよう。今日こそは、話をさせていただきますわ」
ああ、めんどくさい。なんで私なんかにしつこく絡んでくるのか。
「マリー。いえ、ハイデマリー様、私はルートではなくラーレで、ビューロウ家の一員です。フランメ家のご支援を受けることはできないのです。その点、ご理解頂ければ幸いです」
私は一礼してその場を去ろうとしたが、マリーはあきらめない。
「ビューロウ家が何だというのです。聞くところによると、ビューロウ家はお姉さまを虐げているとか。ダクマーごときの護衛にされたのはその証ではありませんか。その点、フランメ家ではお姉さまをしっかり厚遇させていただきますよ」
確かに、一時は護衛にされて落ち込んだのも確かだ。でも、デニスからおじい様の意図を聞いて納得することができた。ちょっと気持ちを整理するのに時間が必要だったけどね。
「どなたに聞いたのかは分かりませんが、私がビューロウ家より虐げられているというのは根も葉もないうわさです。未熟かもしれませんが、私は祖父より、秘術を授かっております。門外不出の秘術を虐げたものに託すわけがないではありませんか」
まあ、私と両親が上手くいっていないのは本当のことだけどね。でも、祖父が私のためにあの魔法を作ってくれたのは確かだ。あの黒い炎は、魔法の天才である祖父ですら発動させることはできないのだから。
使ううちに理解できた。あの魔法は、私にしか使えない。私のためだけに開発されたものなのだ。
「おのれバルトルド。お姉さまに厄介な魔法を授けて縛ったつもりか」
そう言われても、あの魔法がなかったら私はいつまでたっても自信を持てないままだったはずだ。あの魔法を使って魔物や闇魔を倒せて、やっとダクマーの隣に立つことができたのだから。
「私共は、お姉さまに戦ってほしいとは思いません。ただ『炎の巫女』として私たちを導いてくれさえすればよいのです。厄介なことは私たちがすべて請け負います。どうか、私たちのところに来ていただけないでしょうか」
マリーは丁寧に頭を下げてきた。
ちょっと! いくら文通相手とはいえ、爵位が上の人に頭を下げられるのはいたたまれないんだけど!
「私は英雄たるダクマーを支えるのが役目だと自負しております。彼女を支えられるのは、幼いころよりともに育った私しかいません。申し訳ないのですが、フランメ家に行くわけにはいかないのです」
私は再度断りを入れた。マリーは後ろに控えるコルドゥラを睨みつけると、佇まいを正して説得してきた。
「お姉様がダクマーの小娘を支えたいという気持ちは分かりました。ですが、あなたとダクマーは、一度離れた方がよいのでは?」
どきりとした。その言葉は私が思っていたことと同じだったからだ。
「公開処刑を私も拝見しました。あのナターナエルの炎に勇敢に飛び出したお姉さまは素晴らしかったと思います。ですが、本来ダクマーの盾になるのは、護衛の役目だったはずです」
後ろのコルドゥラが動揺したのが分かった。
「そして、ダクマーもです。炎にまかれて熱を持ったあなたを、自分が火傷するにもかかわらず抱き着いた。あなたたちはお互いに、自分の身を顧みずに助けようとするきらいがあります。ですが、私たち貴族をフォローするのは、本来護衛の役目なのです。お互いの役割を果たすべきで、決してかばい合うような関係になってはいけないのです」
言わんとすることは分かる。おじい様にも叱られたのだ。護衛は貴族の身を守るために存在する。それなのに、私がダクマーをかばっていては彼らが役立たずと言っているのと同じなのだ。
まあでも、あの時は私以外に動ける人がいなかったんだけど。
そのときだった。奥からダクマーが急に現れて慌てて駆け寄ってきたのだ。
「なにしてる! 南の貴族が、ビューロウ家の令嬢になんの用だというの!」
ダクマーが私の盾になるかのようにマリーとの間に割って入った。
ダクマーはこうやって、私を守るのに躊躇がない。
でも最近思うんだ。こうやって私をかばうのは、彼女の命を縮めてしまうことになるんじゃないかって。
マリーはおかしそうに笑った。
「ほら。私の言った通りではないですか。あなたのためなら、ダクマーは爵位が上の者にも平気で噛みついてくる。それは、彼女の命を縮めることにつながるのではないですか?」
勝ち誇ったように言うマリーに、私は答えることができない。
「ラーレ! フランメ家の言うことなんて耳を貸す必要がないんだからね! 私は、いやデニスもアメリーも、おじい様だって、ラーレのことを家族だと思ってるんだから! フランメ家が爵位を盾に脅したって、屈する必要はないんだよ!」
ダクマーは叫ぶ。でも家族だから、自分のために危険を顧みずに行動するあなたをほおっておくことはできない。
「いずれまた、迎えをよこさせていただきますわ。ルートお姉さま、私が言ったことをよく考えてみてくださいな」
そう言ってマリーはオイゲンたちと共に去っていく。私はその背中を茫然として見送ることしかできなかった。




