第196話 新学期を迎えて
私の奮闘もむなしく、補習が終わったのは新学期を3日後に控えた日だった。もちろん、今から領地に戻っている時間はない。
「ううっ、頑張ったのに。頑張ったのにぃ!」
私が悔しさをかみしめていると、コルドゥラがあきれたように私を見ていた。
「いい加減立ち直ってください。今日はデニス様とアメリー様がこちらに到着する予定なんですよ。アメリー様に刀を渡すんでしょう? もう、しっかりしてください」
そう、刀をアメリーに渡してもらうようラーレに頼んだけど、すっごい呆れた顔をして断られたんだよね。貴族家では、こういう時自分で贈り物を渡すのがマナーらしい。普通の武器と違って家宝にもなりそうなものだから、影響力を出すために自ら渡さないといけないんだとか。貴族って、やっぱりめんどくさい。
「私の刀よりも居合と言う技を使うのに向いてるんですよね? ぜひ拝見したいです。ダクマー様の護衛を増やすという話もありますし、ちょっと到着が楽しみですね」
コルドゥラはワクワクしている様子だ。ちなみにアメリーは、ラーレが使っていた部屋があてがわれる予定になっている。結構眺めも良くていい部屋なんだよね。
「新しい護衛かぁ。私には必要ない気がするけど、どんな人が来るんだろうね」
おじい様からの手紙には、誰が来るか書いてなかった。私と仲のいい人はほとんどこっちに来てるから、誰が来るか、全然予想できないんだよね。コルドゥラと連携できる人が来てくれるといいんだけど。
「あ、来たみたいですよ」
リビングの窓から外を見ていたコルドゥラがこちらを振り返った。確かに今入ってきた2代の馬車は、ビューロウ家が借りたものだ。旗にうちの家紋が入っているからね。
「ああ、今回はデニスも一緒に来たんだね。まあデニスはアメリーと仲が良かったからなぁ。今年はライムントからの呼び出しもないみたいだしね」
馬車が寮の前に止まる。デニスが、アメリーの荷物を下ろすのを手伝っているのが分かった。ん? あれ? アメリーの後ろにいるのは・・・?
私は玄関に向かって駆け出した。後ろから、コルドゥラが呼び止める声が聞こえていた。
「ラーレ!!」
私は叫んで、その人物に抱き着いた。アメリーの後ろにいたのは、ここにいるはずのないラーレだったのだ。
一頻り抱きしめると、私はちょっと体を離して質問する。
「えっと、なんでラーレがここにいるの? おじい様の手伝いをするんじゃなかったっけ?」
ラーレはうつむいて、私に答えた。
「私が、アンタの護衛をすることになったのよ。戦地よりも安全だろうからってね」
いや、会えてすごくうれしいんだけど、彼女はすごく落ち込んでいるように見えるんだけど。
◆◆◆◆
私たちはアメリーの荷物を部屋の中に入れた後、学園の談話室を借りて集まった。一応私たちの部屋がある屋敷は女子寮だからね。デニスがいるのはかなり気まずいらしい。
「えっと、新しい護衛が来るって聞いたけど、それがラーレになるってことかな? 私としては気心が知れた相手だから助かるけど、でも私の護衛になるってことは・・・」
確か同じクラスにも卒業生が護衛になったケースがあったと思う。でも後継からは外れちゃうって話だけど?
「護衛が後継から外れるってのは、あくまでそういうケースがあるってだけだ。例えばブリギットの祖父は、弟の護衛をしたらしいけど、一応当主になってる。ケースバイケースなんだよ。今回はかなり特殊だと思うから、姉さんが気にすることじゃないと思いますよ」
くそっ! デニスめ! 隙あらばすぐに彼女の話を絡めてくる。これだから彼女持ちは!
「まあ、今回はダクマーお姉さまが大変なことになっているから、仕方ないと思いますよ。多分、ダクマーお姉さまを止められるのは、ラーレ姉さまだけでしょうし」
ちょっと! アメリーまで何言ってるの? 私は品行方正な貴族令嬢なんですけど!
まあでもラーレが落ち込むのも分かる。後継から遠いラーレがこの扱いをされたってことは、おじい様がラーレを後継に指名することはない気がするんだよね。私でも、落ち込むと思う。
「正直これは予想していたんだ。ラーレ姉さんとダクマーは、すでに英雄なんだ。東の貴族として絶対に失えない存在だ。だから危険の多い戦地になんて、準備もなしに行かせられない。おそらく、ラーレ姉さんが戦地に行くのは、ダクマーと一緒だと思う。ダクマーとラーレ姉さんのコンビは止められない。戦力の相乗効果がすごいですからな」
デニスがそう言うのも分かる。
ラーレが遠隔で攻撃して近づいてきたら私が仕留める。
うん、けっこう効率よく敵を倒せる気がするよ。
「デニスが言うことも分かるよ。でもね」
ラーレは零す。うん、それも私にはわかるよ。おじい様から見捨てられたような気になるよね。たとえ後継になれないとしても、最後まで候補でいたいって思いは私も持っている。結果は同じかもしれないけど、気持ちは大分違うんだよね。
それに護衛になったからには側近は傍にいなくなる。その分、コルドゥラの負担が大きくなるけど・・・・。本人はやる気十分みたいだけどね。
「気になるのはフランメ家の反応ですわね。戦地に行くよりはましかもですが、これ幸いとラーレお姉さまにちょっかいを出してきそう。お兄様、ハイデマリー様には十分気を付けてくださいね」
そうだ。デニスとフランメ家のハイデマリーは同じ上級クラスに在籍してるんだよね? あいつらの行動には注意しないといけないんだけど。
「ああ。最近はエレオノーラ様やギルベルト様とはよく話してるんだ。東の貴族としては、ダクマーたちは絶対に守らなければならない存在だからね。マリウス様も協力的だ。ライムント様たちはこちらに敵意を持ってるけど、正直彼に従う貴族はもう少ない。やっぱり気を付けるべきはハイデマリー様だね」
フランメ家はしつこいからな~。
「フランメ家の当主の動向は分かる?」
やっぱり要注意なのは、あのおばさんだ。爵位を盾に服従を迫ってくるからね。ロレーヌ家の権威もものともしない雰囲気だし。
デニスは、いじわるそうに笑った。
「こっちのデコイに引っかかって、北に向かったよ。姉さんが北に向かうと技報を流したからね。一度戦地に入れば、フランメ家の当主とは言え簡単には帰れない。敵に背中を向けたみたいな評判が立っちゃうからね。しばらくは身動きが取れないはずさ」
罠にはめたのか。おじい様もデニスもやるねぇ。
今頃フランメ家の当主はご立腹なはずだ。ざまぁ。
「そういえば、マリウス様がお前のクラスに手助けできる人員を用意したって言ってたよ。なんでも平民クラスにいた従妹を中位クラスに昇格させたらしい。お前の知り合いって話だけど、知ってるか?」
え? マリウスの従妹って、オティーリエだよね? 彼女が同じクラスに来るってこと?
「通常、学年が違ってもクラスは同じはずなんですけどね。さすが西の貴族と言うか・・・」
オティーリエは勉強を頑張ってたみたいだし、妥当なのかな。彼女の場合は名声もあるみたいだしね。でも彼女が同じクラスになるなら、ちょっと楽しくなる気がするね。
うれしくなった私は、ラーレを覗き込む。
彼女はまだ落ち込んでいる様子で、俯いて下を向いていた。正直、なんて言っていいか分からなくて、私はお茶を飲み干した。