第195話 ドロテーさんとレオンハルト先生
「それは心配ですよね。なんていうか、南領の人はお金ですべて解決するというか、そんな感じを受けるんです。私の領にもお金を渡すから傘下に入れみたいなこと言ってくる人がいますし。あ、私の領は大丈夫なんですけど、中には物資をもらう代わりに傘下に入っちゃう貴族もいるみたいですよ」
そう言って私に同意してくれたのは、同じクラスのドロテーさんだった。北の領の生徒は、避難のために春休みも学園で過ごす人が多いんだよね。図書館に行くと彼女がいて、作業の合間に雑談に応じてくれたんだ。
オリヴァーなんかも、道場で頻繁に訓練している姿を見かける。なんか最近は深刻な顔をしていることが多くて、ちょっと話しかけづらいんだよね。
「まあ、ラーレ先輩もしっかりしてますし、大丈夫だと思いますよ。問題は戦地に行った後です。聞くところによると、南の貴族たちが大勢援軍に言っているらしく、現場でかなり強引に動いているそうです。北や東の貴族の言うことを全然聞かなくて、現場は混乱しているそうなんです。積極的な割にあんまり闇魔を倒せてないみたいで、かえって援軍に来ない方がいいって声もあるくらいです」
南の貴族が苦戦しているなんて、それは初耳だ。南領の貴族は火の魔術が得意な人が多いと聞く。攻撃力が折り紙付きなはずなのに、それでも闇魔に勝てないというのか。
「南って、優秀な火魔術の使い手が多いってきいたけど、そうでもないのかな」
資料を整理しながらドロテーさんは説明してくれた。
「というより、短杖を使った魔法が全然効かないみたいなんです。私たちは親世代から短杖を使って魔法を使うのが当たり前になっていますが、短杖を使うと魔法が簡単に防がれちゃうそうです。年配の人は杖に頼らない人も多くて、その人たちは闇魔を倒せちゃったりするらしいんですけどね」
そっか。南の貴族はお金を持っている人が多いから、みんな高級な杖を装備していると聞く。それがかえって苦戦につながるなんて、何とも皮肉な話だ。
「杖が効かないのは正直死活問題っすよね。まあうちは、闇魔法に適応する杖がないからほとんど古式で魔法を放つから、あんまり問題ないんっすけどね。うちの兄はチャンスだって言って張り切ってたっすけど、どうなることやら」
ラーレの友人であるランケル家のヴァンダ先輩が愚痴を言った。
この人の兄のウルリヒさんはあれで天才肌らしく、いろんな魔法を使えるらしいんだよね。ヴァンダ先輩は星持ちだけど、4属性の魔法に関してはウルリヒさんが相当優れているらしいから肩身が狭いって言ってた。私も兄妹が優秀だからその気持ちは共感する。劣等生は肩身が狭いよね。
「闇魔法って、杖が使えないんですね。それは知らなかったな」
私がそう漏らすと、ヴァンダ先輩が説明してくれた。
「基本的に杖ってのは、カールハインツが残した魔法陣を元に作られているっす。でもこのカールハインツってやつは闇魔法を差別していたから、闇に適合する杖は未だに作られていないんっすよ。だから杖を使った新式魔法はまったくなくて、全部手動で魔法を構築する必要があるんっすよ。ラーレ先輩は魔法制御が神がかってるから、いろいろコツとか教えてもらえて、その点は兄より上だと自負してるんっすけどね」
ラーレが後輩に指導しているなんて意外だ。
「まああっしが学園で星持ちとして認められたことで兄もちょっと焦ってるみたいなんすよ。なんか古文書から帝国の魔法とかを再現しようとしているみたいで。でも兄が再現しようとしている『支配』って魔法は、相手がかなり衰弱してるとか、精神的に弱ってる状態でしか効果がないらしいから、あんまり意味ないと思うんすけどね」
ランケル家でも後継を巡っていろいろあるらしい。
後継はかなり恵まれている。子孫を残すために出征は免除されるし、他にもいろいろ優遇されるみたいだ。まあ、後継じゃない人が戦地で功績をあげた結果、後継に返り咲くってケースもあるからね。その辺は難しいところだ。
「南の貴族は最初、短杖を使ってたくさんの魔物を倒してたんですけど、だんだん通じなくなって、今では魔犬一匹倒せないらしくて。北の貴族に八つ当たりする人なんかもいるそうです。来るならちゃんと成果を出してほしいですよね。被害があるのはうちらの領なんですから」
穏やかな印象があるドロテーさんも、ちょっと辛口だ。現代は私たちのように、杖なしで魔法を使う貴族は少ない。それなのに、短杖を使った魔法が効かないなんて、かなり厳しいんじゃないかな。でも、ということは!
「どうしよう。それじゃあ、杖を使わないラーレはますます南の貴族に目を付けられるかもしれない。北に行ったら、攫われる可能性が高くなるよね?」
ドロテーさんも考え込んでいる。
「そうですね。戦場でどさくさに紛れて誘拐しちゃうって可能性はあるかもしれません。話を聞く限り、南の貴族は絶対にラーレ先輩を逃したくないみたいですし」
私は顔が青くなる。王都から戦地までは遠い。このままじゃあ、すぐにラーレを助けに行くことはできないかもしれない。
「ど、どうしよう? ラーレが危ない」
泣きそうな私を、ドロテーさんとヴァンダ先輩がは慌てて慰めてくれた。
「ま、まあビューロウ家のバルトルド様なら、今言ったことくらい考えてると思いますよ。こっちに『灰色の剣豪』が迎えに来たんですよね? きっと、何か策があるに違いありません」
「そうっす。それにラーレ先輩はあれですばしっこいっすから。簡単に誘拐されるわけないっすよ」
確かに、あの爺のことだからなんか考えてると思うけど、やっぱり心配だよ。エレオノーラやギルベルトが護衛してくれるのはビューロウ家に着くまでだろうし、デニスだけで何とかなるとは思えない。このままじゃあ、ラーレは南領に連れていかれるかもしれない。
「あーあ。なんで私はこの前のテストでヤマを外したんだろう。あそこが出るかもって予想はしてたのになぁ」
私が頭を抱えると、ドロテーさんは困った顔で背中を撫でてくれた。
「ラーレ先輩だって、ここを卒業したんだから、きっと何か対策があると思います。私たちはここでできることをしましょう」
◆◆◆◆
「で、あとどれくらいで補習は終わるんですか?」
私は学園長室でレオンハルト先生に尋ねた。正直、勉強ばっかりで飽きた。オリヴァーと訓練とかしてるけど、最近オリヴァーも上の空なことが多いんだよね。指摘するとすぐに謝ってくれるんだけど、あんまり修行に身が入っていないんだよね。
「この間の小テストの結果も散々だったじゃないか。この春いっぱいまで終わらないぞ。そもそも、終わった後で領に戻る時間はない。すぐに新学期がはじまるからな」
え!? ちょっと聞いてないんだけど!
「どういうことですか! それじゃあ、急いで帰ってもラーレに会えないじゃない!」
私が机を勢いよく叩くが、レオンハルト先生は涼しい顔だ。
「ラーレ君も大変だな。彼女の進路がどうなるかは知らないが、今から帰っても会うことはできんと思うぞ。戦地に行くなら出発しているころだし、領に留まるにしろ、今からだとビューロウ領と王都を往復するには時間がない」
そ、そんなぁ。ラーレに会うことだけを楽しみに頑張ってきたのに!
意気消沈する私を、レオンハルト先生はあきれたような顔になった。
「君もそろそろ姉離れしたらどうだ? いかに家族とはいえ、ずっと一緒にいることなんてできないんだからな」
図星を指され、私はレオン先生を睨んだ。
「そんなの、分かってますよ。でも、だからこそ今は一緒にいたいんです。ラーレは、楽しいことも苦しいこともずっと共有してきた家族なんです。そんな家族と一緒に過ごしたいというのは、間違ってるというんですか?」
レオンハルト先生はまぶしい者でも見るかのように私を見た。
「家族をそれだけ信じられるとは、うらやましい限りだな。貴族なら、家族同士で争い合うことだって珍しくないというのに。君とラーレ君は後継を競い合うような関係だろう? もしかしたら、これから殺し合うような関係になるかもしれないぞ」
まあ、レオンハルト先生の言わんとしていることは分かる。どの家も、後継になるのはひとりだけだ。後継から外れた候補者が追放されたり、最悪殺されたりすることも少なくない。でも、私とラーレはそんな関係じゃない。
「私とラーレは、たとえ後継になったとしても争うことはないと思いますよ。まあ、私たちは姉妹みたいなものですから」
私があっけらかんと言うと、レオンハルト先生は溜息を吐いた。
「君たちは事実としてお互いを助け合っているからな。この前の公開処刑で実際に自分の身を顧みずに支え合っているのが分かったよ。これはオフレコだが、王家では兄弟が競争相手と言うのは普通だ。少し前までは第一王子が後継になるとされていたが、あの一件で今は第二王子が優勢になったからな。今も兄弟で争い合っているよ。私も例外ではないしな」
王族もも色々あるらしい。王家も大変だね。
レオンハルト先生は溜息を吐きながら愚痴を漏らす。
「最近は王家に敬意を払わない貴族も増えていてな。特に、学園を卒業したばかりの新人が使えないとうるさくてな。こっちも色々企画しているが、それでも卒業生が即戦力とは程遠いとな。まったく。いつも反論するのはOBどもだろうが」
うわぁ。本格的に愚痴を言い出してきた。こんなときは、適当に話を斬り上げるに限る。
「学園長も、気を落とさずに頑張ってくださいね。私も一刻も早く補習を終わらせて、ラーレに会いに行きますから」
私がそう言うと、レオンハルト先生は頬を引きつらせた。
「だから、補習が終わっても会いに行けないと言ってるだろう。本当に、君は人の話を聞かないな」
あきれたように言うレオンハルト先生に、私は微笑みを返す。方法はあるはずだ。あきらめなければ、きっとラーレに会いに行けるはずだから。