第194話 補習とフランメ家との確執
「ねえ、忘れ物はない? 武器はちゃんと持った? 南領の奴らが来たらすぐにエレオノーラかおじい様にに言うんだよ。さみしくなったらいつでもこっちに来ていいんだからね」
私はビューロウ領に帰ろうとするラーレにしつこくすがっていた。集まった面々はみんなあきれたような顔をしている。
「ダクマー嬢ちゃんは、ラーレが出かけるたびにそれをやるよな。ラーレも大変だな」
グスタフがあきれたように言い放った。
そんなこと言ったって、心配なのは心配なんだよ! 特に今年は、フランメ家とかうるさいのがいるんだから。
「ああ。やっぱり私も付いていきたい。補習なんかぶっちしちゃおうかな」
そわそわする私に、エレオノーラが腰に手を当てて叱ってきた。
「ダクマー、いい加減にしなさい! ラーレ先輩が困ってるでしょう? また領に帰ったら会えるんだから、ちょっとの間我慢しなさい! だいたい、あなたが成績を落としたのが悪いんでしょうに」
そんなこといったって! あの公開処刑イベントがなきゃギリギリ大丈夫なはずだったんだ。でもヤーコプと戦ったり、ナターナエルを斬ったりすると、なんか忙しくなったんだよ。無駄に人が集まるようになったし。そんなわけだから、私は悪くないはずだ。
「いつか見た光景だが、まるで母親から引き離される子犬だな。少しは姉さんに悪いと思わないのか。アメリーと別れる時でもこうはならなかっただろうに」
あきれて言うのはデニスだ。隣を見れば、ギルベルトもなんか戸惑っている様子だ。
「まさかあのダクマーがこうなってしまうとは。まあ心配しなくとも、ラーレ先輩は僕とエレオノーラがしっかり守るから、君は安心して勉強するといいよ。学園長まで手伝ってくれるんだから、ちゃんと補習は受けるんだぞ」
ギルベルトめ! 告白しようとしたお前がいるから安心できないんだ! デニスもギルベルトも油断するとすぐにラーレにかまおうとするんだから!
あれ、でも、ラーレの方が私より乙女ゲームのヒロインっぽくない? モテモテじゃない?
「さて、キリがないから出発しましょう。ダクマー、しっかり勉強するのよ。あんまりレオンハルト先生に面倒掛けるんじゃないわよ」
「じゃあ、行ってくるから。次に会うのは戦場かもしれないけど、次に会うまでにちゃんと勉強するのよ」
ラーレは少し寂しそうに言うと、そのまま馬車に乗り込んだ。エレオノーラたちも護衛とともにそれぞれの竜車に向かっていく。
そして、ラーレたちは出発していく。私は、彼女たちが見えなくなるまで手を振り続けた。
◆◆◆◆
「やっぱり私も付いていくべきじゃなかったですかね。エレオノーラはビューロウ領までついてきてくれると言ってるけど、フランメ家の連中に襲われないとは限らないし。ガブリエーレのおばさんは王都を出たそうだけど、あいつら前々油断できないし」
春休みの間、補習を受けることになった私は、レオンハルト先生に盛大に愚痴を言った。レオン先生はあきれた顔で私を見ている。
「そんなことより、この問題を解いてくれ。まったく君は、英雄と呼ばれているのにまるで家族に置いていかれた猫みたいじゃないか。これが100年ぶりに闇魔の大将を倒したものとは、今でも信じられん」
レオンハルト先生が頭を振った。そんなことよりラーレがこれからどうなるか気になる。
「私のことはどうとでもなります。そんなことより、やっぱりラーレですよ。あいつ、訳も分からないうちにフランメ家に狙われるようになったんだから」
レオン先生は頭を押さえて首を振った。
「どうとでもならないから、私が補習をしているんだ。とりあえず、君は補習に集中しろ。どうせ、なぜフランメ家がラーレ君をなぜ狙っているかも分からないんだろう?」
「ラーレが狙われる理由ですか? 火の素質が高くて、フランメ家出身のおばあさまの血を引いているからじゃないんです?」
思わず目を見開いた私の顔を見て、レオンハルト先生はニヤリと笑った。
「興味があるなら、まずは補習をしっかり受けるんだ。ほら、次はこの問題を解いてみろ。それができたら、ちょっと昔話をしてやろう」
◆◆◆◆
私は頑張った。
だって、ラーレが狙われる理由って気になるじゃない? 一生懸命問題を解く私を、レオンハルト先生は満足げな顔で見つめている。
そして10分後、出された問題を何とか解くことができた。
「さあ、問題を解きましたよ。フランメ家のことを教えてください」
レオンハルト先生は採点しながら、私に説明してくれた。
「君たちの祖母は、南領の『炎の巫女』と呼ばれる存在だった。本人もフランメ家の4女で、南の領で相当な存在感を持っていた。だが、40年前に闇魔との戦いで変わった。戦況が悪いと知ると、君たちの祖母は自ら北領に出向いたんだ。闇魔と戦うためにね。そしてそこで、ビューロウ家のバルトルド様と出会ったんだ」
あの爺、いかつい顔をしてるくせに、ロマンチックなことでもあったのか?
「紆余曲折があったそうだが、2人は恋に落ちた。面白くないのはフランメ家だ。当初はバルトルド様との結婚を認めないはずだったが、エルネスタ様がかなり強情でな。結婚を認めないなら南領に協力しないと言ってごね続けた結果、バルトルド様が婿入りすることで話が落ち着きそうになったんだ」
おおう。私が小さいときに亡くなったらしいけど、おばあさまはかなり強烈な人だったようだ。
「だが、先の戦いでビューロウ家の狼はほとんど死に絶えた。当主になるはずのご兄弟を含めてな。直系はバルトルド様と甥御さんのみになってしまい、彼が当面の間、バルトルド様が当主になることが決まった。この件で婿入りの話は消えるかと思ったが、またもやエルネスタ様が帰郷を拒否したんだ。当時は、バルトルド様の甥御さんが成人するまでと言って、ビューロウ家に嫁入りしたらしい」
ん? でもビューロウ家を継いでいるのはおじい様だよね?
「ところが、だ。ビューロウ家の甥御さんははやり病で亡くなったらしい。ビューロウ家存亡の危機で、バルトルド様が当主を続けざるを得なくなった。フランメ家としては、エルネスタ様を強引にでも離婚させて連れ戻そうとしていたらしい。まあ、泥沼の争いだな。しかし、現国王が仲裁して、何とか今の形に落ち着いたわけだ」
だいたいのことは聞いていたけど、けっこう泥沼だよね。でも、だからってなんでラーレを南領が欲しがるのさ!
「エルネスタ様の件以降、フランメ家はビューロウ家を敵視していた。それこそ、孫のラーレ君が入学した当初は、その存在を無視するくらいだった。基本的に、炎の巫女は世襲ではない。貴族家の連中の素質は、レベル3くらいの者もいたが、炎の巫女はそれ以上の資質を求められるからな。そんなフランメ家がラーレ君に目を付けたのが、この間の公開処刑だ」
公開処刑のことを振り返ると、今でも顔が青くなる。あの時、もう少しで家族を失ってしまうとことだったから。
「ナターナエルの炎に巻き込まれたはずのラーレ君は、傷一つつかずに生き残った。強力な炎に傷つかないことこそが、炎の巫女の条件らしい。つまりは炎が傷つけないくらい、親和性が高いことが証明されたのだ。彼女のことを南の貴族たちは炎の巫女だと確信したようだ」
そう、あれって不思議だったんだよね。ラーレは炎にまかれたのに傷一つなかった。それに、修行で暴走したときも、周りは燃えても彼女は火傷一つ負わないんだよね。
「そして極めつけは先日の襲撃事件だ。相手は水の高位闇魔だったにもかかわらず、ラーレ君は相手を焼き殺した。これがとどめになった。その報告を受けて、南領の意識は固まったらしい。何としても、炎の巫女を手に入れるとな」
私はごくりと喉を鳴らした。同じ王国の貴族と言っても、仲がいいとは限らない。むしろ反目する領主もいるくらいだ。それなのに南側が一致団結しているなんて、これはもう緊急事態と言えるんじゃないのか。
「南の貴族たちにとって、火と水の魔法は特別だ。南部には砂漠が広がっているからな。砂漠の夜は寒い。人を温めてくれる火は貴重なものらしい。それに南の貴族はかなりの魔道具を所持していて、それらは火の適性が高くないとチャージできないものが多いらしい。それこそ、星持ちのハイデマリー君でも対応できないくらい、高度な魔道具も存在する。そんな魔道具も、『炎の巫女』なら簡単に動かすことができるそうだ。なんでも、何代か前の『炎の巫女』が夜を温めて多くの人を救って以降、『炎の巫女』をあがめる人が増えたらしいからな」
ラーレが傷つかなかったのは、炎の巫女と言われるくらい、火属性と親和性が高いからってこと!?
「炎でダメージを受けない人はかなり特殊だ。それこそ、資質がレベル5、あるいはそれ以上ないと実現しないと言われている。そんな人間、数十年に一人いるかいないか、だな。それが、フランメ家の血を引く貴族から生まれたんだ。南の貴族たちは、何十年かぶりに現れた炎の巫女を逃がさないだろうな」
私ははっとする。このままだと、ラーレが危ないんじゃない!?
「私、ラーレを助けないと!」
立ち上がって走りだそうとする私を、レオンハルト先生が止めてきた。
「落ち着きなさい。今言ったことはバルトルド様はよくご存じだ。そのために、『灰色の剣豪』をわざわざ迎えによこしたのだろう。今君ができることは、きちんと補習を受けて、ちゃんと進級することだ」
「でも!」
反論しようとする私を、レオンハルト先生が抑えた。
「今の君にできることはない。助けると言っても、何をしたらいいか分からないだろう? 今はしっかり勉強して、ラーレ君を守るために知恵をつけなさい」