第193話 ガブリエーレを追い出せ
ガブリエーレは忌々しそうにグスタフを見てきた。
「ビューロウ家の秘蔵っ子、『灰色の剣豪』グスタフだね。まさかお前ほどの者がここに来るとは。バルトルドめ。少しは頭を使うようになったようだね」
私は護衛に刀を突きつけた。
「無暗に我が家と揉めようとは。こっちにはロレーヌ家も、学園長もついている。侯爵家だからって好きにできると思うなよ」
私の言葉に笑いだしたのはガブリエーレだ。
「ふふふ。戦の真っただ中のロレーヌ家に何ができる! それに学園長? 王家のはぐれ者に何を言おうというのか。あいつは婚約者にも見捨てられた愚か者だ。そんな者たちしか頼る人がいないのは哀れだねぇ」
とことんバカにしてくるガブリエーレに、私は苛立った。でもそんな私を押しのけて、ラーレが毅然とした態度で言い放つ。
「帰っていただけますか。こんなふうに押しかけてくる相手に、私はついていく気はありません。東の貴族は、ビューロウ家は礼儀を知らない者と交流する気はありません」
きっぱりと拒絶するラーレを、ガブリエーレは驚いた顔で見つめた。そして下を見ると少し震え出した。
え? コイツ泣いてるの? ちょっと撃たれ弱すぎない?
意外な反応に戸惑っていると、玄関の扉が静かに開けられた。護衛に守られながら現れたのは、エレオノーラだった。
「ガブリエーレ様。ここは東の貴族の子女が暮らす寮です。南の皆様が大勢で押し掛けると、穏やかに過ごせない者もいます。お引き取りいただけますか?」
エレオノーラ! ナイスタイミング! ガブリエーレは袖で顔を隠した。そして声を詰まらせながら、私たちに捨て台詞を言った。
「今日のところは引かせてもらう。ルート。あんたは必ず私たちのところに来る。それまでせいぜい、東の蛮族どもと別れの挨拶をしておくんだね」
そういって、ガブリエーレは去っていったのだった。
◆◆◆◆
彼女の背中を見送りながら、私は文句を吐き捨てた。
「なんなのあいつ! 侯爵家の当主だからって、偉そうに! 家のお姉ちゃんを攫おうだなんて、100年早いのよ!」
私は怒り心頭で地団太を踏んだ。エレオノーラはあきれた顔で、私をなだめた。
「相手は侯爵家なんだから、本来なら子爵家の令嬢に過ぎないあなたが文句を言える相手じゃないけどね。でも、あなたたちは東の貴族を代表する人材なんだから、私がきっちり守るわ。だから、あんまり私や学園長から離れて行動しちゃだめよ」
私はそっぽを向いた。そんな私を放置して、ラーレが声を落とした。
「王太子の許可はあるって言ってたけど、南の貴族と第一王子は絶縁したかと思ってたわ」
そんな疑問に、エレオノーラが答えてくれた。
「かなりもめたことは間違いないわ。でも第一王子派がガブリエーレ様に頭を下げて、一応仲直りしたそうよ。そう言った事情があるから、第一王子側はガブリエーレ様に頭が上がらないみたいなの。今回の一件も、あとでもみ消せると踏んでの行動でしょうね。まあ、ラーレ先輩を確保できなかったから、無駄な行動に終わったんだろうけど」
う~ん、あの第一王子が頭を下げるなんて、よっぽどのことなんだな。なんかプライド高そうに見えたし。
「エレオノーラがいない間になんかあったらレオンハルト先生を頼ろうと思ってたけど、それも難しいのかな。なんか抑止力にならないみたいなこと言ってたし。逆に迷惑かけちゃわないかな」
エレオノーラは真顔になると、レオンハルトの事情を話してくれた。
「もう10年も前になるけど、レオンハルト先生は、婚約者の南の貴族から婚約破棄されてるのよ。レオンハルト先生はちゃんと婚約者のことを尊重していたそうなんだけど、婚約者の方が横恋慕しちゃってね。王太子の側近の人とくっついちゃったらしいの。もちろん、レオンハルト先生は抗議したんだけど、当時は王太子の力が強くてね。強引に婚約を破棄させられちゃったのよ。ガブリエーレ様はそのことを揶揄していたのね」
なんと、そんな事情があったのか。貴族って結構陰険だから、玉傷のあるレオンハルト先生は婚約者に逃げられた王族としてひそひそされたのかもしれない。
「婚約者がいるのに他の人とくっつこうとするのが悪い気がするけど」
エレオノーラは頬に手を当てた。
「そうね。でも王太子が『愛する2人を引き裂くつもりか』とか言って無理やり婚約破棄をさせたそうなのよ。当時は今と違って王太子に力があったからね。レオンハルト様は側室の子供だったから、従わざるを得なかったみたい」
そうなんだよね。今の国王には3人の子供がいるけど、長男と次男は王妃の息子だけど、3男のレオンハルト先生だけは側室の子供らしいのよね。だから、一部の貴族からは結構揶揄されたりしている。学園長って、王の息子と言うだけでは務まらない仕事だと思うけどね。
「まあ、四天王を倒したあなたがレオンハルト先生を頼れば、その分だけ彼の発言力も上がると思う。お互いにウィンウィンなんだから、積極的に頼ってもいいんじゃない?」
助言をくれるエレオノーラに「いつもありがとね」とお礼を言うと、私はグスタフに向き直った。
「そいえば、グスタフもありがとね。おかげで助かったよ。でもなんで王都にいるの?」
何やら考え込んでいるグスタフに尋ねると、グスタフは初めて私に気づいたように驚いた。
「あ、ああ。まあ当主様の命令さ。ラーレ嬢ちゃんが無事に領に着けるようにしっかり護衛しろってな。考えてみたら結構ギリギリのタイミングだったな。間に合ってよかったぜ」
安堵のため息を漏らすグスタフに、今度はラーレが質問を返した。
「私の護衛のために、わざわざアンタが来たってこと?」
そうなんだよね。グスタフは今や、おじい様の側近中の側近だ。だから、たかが送り迎えに来ることはないと思っていたんだけど。
グスタフはラーレの言葉に神妙な顔で頷いた。
「ああ。何でもフランメ家の連中がうるさいらしい。領内は結構不穏だ。うちの領地には南領から来た商人とか、けっこういるからな。戦場も南領の貴族が大勢いて危ないらしく、ラーレ嬢ちゃんの処遇には結構悩んでるみたいだぜ、あの爺さん」
そっか。まあ卒業したら領でのんびり、ってわけにもいかないらしい。各領地の貴族には、王命で出撃命令も出てるみたいだしね。
「ラーレがどうなるか、まだわかんないんだね。ここにはエレオノーラもいるし、私もいる。来年にはアメリーも来るから、案外学園の方が安全だったりしてね。学園にもう一年くらい居ちゃいなよ」
私が冗談を言うと、ラーレは苦笑しながら答えた。
「そんなわけにはいかないでしょ? まあ、アンタを野放しにするのは限りなく不安だけど、エレオノーラ様やデニスがいるから大丈夫でしょ。来年はアメリーも来るしね。みんなの言うこと、しっかり聞くのよ」
諭すように言うラーレに私は反発した。
「私は幼児か! みんなに頼らなくても大丈夫だもん! 一人でもちゃんとやれるもん!」
私が憤慨すると、みんな笑いだした。
失礼しちゃうわね!
頬を膨らませる私を見て、みんなの笑いが深くなった。
でもこの時は、私が言ったことが現実になるとはかけらも思わなかったんだ。