第192話 フランメ家のガブリエーレ
「さてと、こんなものかな」
私はラーレの部屋に荷造りを手伝いに来ていた。3年間暮らしただけあって、荷物はかなりある。
「このあと、うちの領の馬車が来るんでしょう? まあ、そのとき荷物を積み込めばいいよね」
荷物の片づけは、何とか終わった。あとは、ビューロウ家からの馬車を待つだけである。
「今日か明日か明後日か。ビューロウ領は王都からちょっと離れてるからね。少し遅れることも考えないと。しばらくはアンタの部屋に泊まるからね」
本来なら、迎えの人員は数泊して、その間に荷造りするものらしいけど、おじい様から迅速に帰るよう仰せつかっている。だから、寮からの人員が来たらすぐに出発できるよう準備しているのだ。
「でもおじい様もせわしないよね。急に帰ってこいだなんて。まあ、フランメ家の奴らがうるさいから分かるんだけどね」
南の貴族はしつこいくらいラーレにコンタクトを取ろうとしてくる。私のことは思いっきり敵視するくせに、なぜかラーレには猫なで声で誘いをかけてくるのだ。
「フランメ家の当主がこっちに来てるらしいのよ。あいつら、お金持ってるからってしつこいよね。なんか、北とか東の貴族にお金をばらまいてるって聞いたわ。ホント、何考えてるのか」
南の貴族はこれまでお金のない貴族を見下すだけで接触してこなかったけど、最近はお金を渡してなにやら傘下に入るよう言い聞かせているらしい。北は戦渦に巻き込まれて物資が足りない領が多いからね。
「まあ、私たちには関係ないんじゃない? 一応ビューロウ家は東にしては裕福だからね。今は北にも積極的に支援してるみたいだし」
おじい様や両親たちが普段努力しているおかげで、ビューロウ領は豊かだ。餓死者なんてもってのほかで、住民んは日々の生活を生活を謳歌しているらしい。だから、いくらお金を積まれても、南の奴らに好きなようにはさせないはずだけど。
私たちが雑談を躱していると、何やら玄関のほうが騒がしくなった。え? なに? なんかあったの?
「お帰り下さい! こちらはビューロウ家の子息が暮らす家です。侯爵家の方とは言え、入室をされるのはご遠慮ください!」
カリーナの慌てた声が聞こえてくる。コルドゥラが私の顔をみて頷くと、素早く駆け出していく。
トラブル!? トラブルなの!?
玄関から、コルドゥラが侵入者を問い詰める声が聞こえてきた。
「ここがビューロウ家のご息女がいる部屋と知ってのことか! 無礼な!」
緊張感が伝わってくる。エラとミリが緊張した面持ちでかばうように私たちの前に立った。
「本当に、ビューロウの小娘は無礼なことだねぇ。侯爵家に逆らうなんて、どんな教育を受けているんだか」
侯爵家!?フランメ家が来たとでもいうの? 私はラーレと顔を見合わせる。貴族が相手なら、私たちが出ていかなければ対処できないかもしれない!
頷き合って玄関に向かう。ラーレの護衛のエラとミリも慌ててついてきてくれた。
◆◆◆◆
玄関では、コルドゥラがカリーナをかばいながら刀に手をかけていた。正面には5人ほどの武装した男たちと、高級そうなドレスを着て、赤く大きな長杖を持った40代くらいの女性が腕を組んで立っていた。男たちは多分女性の護衛だと思うが、50代くらいの人も何人かいるのが分かる。
「何してるんだ!」
私は叫ぶ。男たちはみな日に焼けた肌をして、カットラスを構えている。装備からすると、おそらく南の戦士たちだ。男たちの表情は、どこか私たちを馬鹿にしているように見えた。
私の後ろからラーレが追いついてきて叫ぶ。
「あなたたち! どういうつもり! ここはビューロウ家の家と知っての狼藉か!」
めずらしく、ラーレが厳しく誰何した。男たちはラーレを見て驚いた様子だった。年配の男たちが「まさか」「あの声は」なんて言い合ってるのが聞こえてくる。
「落ち着きな。今はさっさと巫女を確保するんだよ!」
偉そうにしているあの女は、もしかして! 赤い髪に赤い目をした40代くらいの女だ。彼女は余裕の表情で私を一瞥すると、乱暴な口調で声をかけてきた。
「ビューロウの子狼だね。ナターナエルを斬ったというからどんな強豪がでてくるかと思ったら、かわいらしいお嬢さんじゃないか。でも、今日はあんたに用はない。侯爵家の当主がわざわざ出向いたんだ。大人しく巫女を渡しな」
侯爵家って、あの女はフランメ家の当主、ガブリエーレ・フランメか! あれ? でもこの人、おじい様のちょっと下くらいの年代くらいじゃなかったっけ? 美魔女なの? それとも若作りしてるの?
ガブリエーレは余裕の表情で。流し目でこちらを見る。静かにラーレを見ていたが、懐かしそうに目を細めた。
「姿形はあまり似ていないけど、声はそっくりだね。ルート、大人しく私の元に来な。あんたはビューロウ家ではあまりいい評価はされていないそうじゃないか。 私たちは違う。子爵家では考えられないくらい、あんたを優遇してやるよ」
ふざけるな! ビューロウ家をなめているのか!
ラーレは私たちの家族だ! お前たちなんかに渡すわけないじゃない!
「ここは王都だ! 侯爵家だからって、こんな無礼が許されると思うなよ!」
私は刀を構えた。そんな私を見ても、ガブリエーレは余裕の表情だ。合図を送ると男たちが武器を構えて近づいてくる。
「フランメ家の優秀な戦士たちだ。あんたがあの英雄どのとはいえ、これだけの数を相手に勝てるとは思わないことだね」
ガブリエーレの後ろから、さらに5人ほどの武装した男たちが入ってくる。この狭い玄関で大勢で押し寄せてくるなんて面倒な!
その時玄関の外から叫び声をあげながら、黒い塊が飛んできた! え? 人なの!? 人が吹き飛ばされたの!?
フランメ家の護衛が慌ててガブリエーレの四方を守る。吹き飛ばされてきたのは、フランメ家の護衛!? 誰か助けに来たとでもいうの!?
「おいおい。ここはビューロウ家の子女が暮らす寮のはずだ。男が、ましてや南の戦士が来ていい場所ではないだろう」
そう言って一人の男がゆっくりと部屋に入ってくる。大剣を軽々と手に持って近づいてくるあの男は!
「グスタフ!」
おじい様直属の剣豪、グスタフだ! 何でここにいるか分からないけど、グスタフが助けに来てくれたのか!
「学園の東側の寮に押し入るとはな。侯爵家とはいえ、こんな狼藉が許されると思うなよ」
ガブリエーレは眉を顰めた。
「ふむ。我々の行動は、王太子殿下の許可を得てるからね。今ならあんたたちの狼藉には目をつぶってあげようじゃないか。おとなしくルートを返しな」
私は頭に血が上った。
「何言ってるんだ! ルートじゃなくてラーレだろ! 家の長女を勝手に変な名前で呼ぶな! お前の方こそ、今なら見逃してやるから、さっさと消えろ!」