第191話 ラーレの卒業式
壇上で、上位クラスの代表が挨拶をする。レオンハルトの挨拶があって、よくわからないOBの言葉もあった。在校生すべてを集めた卒業式は滞りなく行われた。
式が無事に終わると、私たちはラーレの傍に集まった。
図書館仲間とのお別れは済ませたらしく、最後に私たちに声をかけてくれたのだ。私たちの周りには、ギルベルトとエレオノーラ、そしてマリウスとオティーリエがいる。なぜか、近くには兄デニスも集まっている。
「ラーレ先輩! もう卒業なんですね。さみしくなります」
ギルベルトが涙を流しながらラーレに声をかけている。正直ドン引きだ。式の前におじい様が作ったという魔法を教えたけど、全然つられなかったみたいだ。喜んではいたようだけどね。
「え、ええ。卒業後はおじい様の指示に従うと思うわ。エレオノーラ様、そしてデニス。申し訳ないけど、ダクマーのことをくれぐれもよろしくね。この子、危なっかしいから」
エレオノーラとデニスは苦笑しながら答えた。
「わかっておりますわ。闇魔の四天王を倒したダクマーは、東の貴族にとっても宝と言えます。しっかりフォローしたいと思いますので、ラーレ先輩も気を付けてくださいね」
「ダクマーのことは私の方でも気をかけるつもりですよ。まあ、姉さんほどのことはできそうにないですけどね。来年はアメリーも入学しますから、ご安心ください」
なぜ私が世話を焼かれることが前提になっているのか。納得しない気持ちで頬を膨らませるが、誰も相手にしてくれない。
「ラーレ先輩も、今や東の貴族の重要人物の一人ですから、十分に気を付けてくださいね。最近は南の貴族がうるさいですから。帰郷の時は私とギルベルトがご一緒します」
「あ、帰りは私もご一緒します。護衛も少ないですが、それでも数合わせにはなるはずですから」
エレオノーラばかりか、デニスもそんなことを言う。今回はホルストも付いていくみたいなことを言ってたから、けっこう豪勢なメンバーになるよね。
私? 帰らないよ。だって補修があるからね。この冬休みは補修で日程が詰まっているのだ。
「じゃあ、私はちょっと他の卒業生に挨拶に行くから」
「私も西の貴族としてあいさつしなきゃいけない人がいる。オティーリエもこの機会に挨拶しておくんだ」
「ええー、めんどくさいけど、行かなきゃダメみたいね。ダクマー、ラーレ先輩、またね!」
そう言うと、エレオノーラとマリウス、そしてオティーリエはは一礼して去っていく。
「次に会うのは北かもね。皆さん、戦地でお会いしましょう!」
そう言ってラーレも深々と頭を下げたのだった。
◆◆◆◆
去っていく3人を見送りながら、私はラーレに声をかけた。
「戦地で、か。でもおじい様ならラーレを戦地になんて向かわせないんじゃない?」
でもラーレは不安そうな表情で答えた。
「領内で私を戦地にと言う声が大きいらしいのよ。両親がかなり戦果を挙げてるらしいんだけど、それだけじゃ不十分だっていう声があるみたいなの。もしかしたら、このまま戦場に行かされるかもしれない」
不安がるラーレだが、それを否定したのはデニスだった。
「おそらく、ラーレ姉さんが戦地に向かうことはないと思います。祖父がそれを許さないはずですから。むしろ・・・、いや、これは私の予想なので、まだ言えません。ですが、卒業後にすぐ戦いに参加することはないはずです」
なぜかデニスには確信があるようだった。ちょっと沈黙が流れそうになったが、意を決したように声をかける人物がいた。ギルベルトだ。
「あの! ラ、ラーレ先輩・・・。オレ、オレ!」
なんか緊張したのか、ギルベルトの一人称が変わっている。
「なに? ギルベルト君にはいつもお世話になってるから、私にできることなら言ってほしいな」
ギルベルトは言葉を詰まらせながら発言しようとした。
「オレ、いや私、先輩のことが・・・」
え? 告白すんの? あのラーレに?
確かに2人っきりになるチャンスなんてなさそうだけど、ここには私やデニスがいるんだよ!? まあデニスは彼女もちだから見守ってくれると思ってるかもしれないけどさぁ!
だがその時、横合いからラーレを呼ぶ声がした。
「姫! こちらにおられましたか。探しましたよ」
話しかけてきた相手は同じ3年生らしい。なんかクラスのまとめ役みたいな雰囲気がある。それにしても姫って! 本当に呼ばれてたんだね。そう言えば前の闇魔との戦いでこの人のことを見た気がする。
「な、何なんですか、急に!」
ギルベルトが憮然とした様子だった。まあ一世一代の告白を邪魔されたから無理はない。
「すまないな。だがこちらも今日しか話せないんだ。少しだけ時間をくれないか」
なんだコイツ。私たちみたいなのにすごく丁寧だ。これがクラスの中心人物の余裕なのか! おのれ! 無駄にさわやかだ!
「申し訳ありませんわ。ルートお姉さま。当家の当主が参っております。お姉さまに挨拶したいとのことです。少しだけ、ご足労いただけないでしょうか」
真打登場! フランメ家のハイデマリーが現れた!
ラーレは混乱している!
「なんで南の貴族が私たちに話しかけんのさ!」
私が文句を言うと、いつものようにハイデマリーがキッと睨んできた。
「ビューロウの小娘が! 先日も言っただろう! お前ごときが侯爵家の話に横やりを入れるんじゃない!」
ハイデマリーがぴしゃりと言い放つ。でも意外なところから私を援護する声が聞こえた。
「姉は私たちビューロウ家の一員です。むしろ横やりを入れているのはあなたでしょう。なにか用があるなら、当家の当主に話を通してください。最も、無礼な南の貴族を祖父が相手にするとは思いませんがね。たしか、祖父の手紙も相手にしていないご様子です。それなのに、姉に話しかけようとは、いくら侯爵家とは言え無礼が過ぎるのでは?」
そういえば、デニスはハイデマリーさんと同じクラスだったよね! 私の知能だと丸め込まれるかもしれないけど、デニスなら余裕で反論できるはずだ! もっと言ってやって!
「ビューロウの子狼どもがわらわらと! 南の侯爵家に逆らうのか!」
デニスはニヤリと笑うとすぐに反論した。
「姉も私たち兄妹も、ロレーヌ家の庇護下にあります。あなたこそ、ロレーヌ家と事を構える覚悟はおありですか?」
ハイデマリーな苦々しい表情でデニスを睨んでいる。
「くっ、東の貴族はそろいもそろって無礼だな」
「無礼と言うならそちらでしょう。そもそも姉を炎の巫女とやらに迎えるならもっと時間があったはずだ。3年間、この学園に通っているんですからね。我々が祖母エルネスタの血を引いていることは分かっていたはず。それなのに、姉に力があると分かった途端に取り込もうとするとは・・・。フランメ侯爵家には節操はないのですか? 恥を知るのはそちらの方だ」
デニスが冷静に反論した。さすが成績がいいだけはある。私だと、こんなに理論整然と反論することができないよ!
「騒がしいと思ったら、あなたですか、ハイデマリー様。ビューロウ家に因縁をつけるのはおやめくださいと言いましたのに」
エレオノーラが帰ってきた! これで勝てる!
「くっ! ロレーヌ家がこんなところまで出張ってくるなんて」
さすがのハイデマリーも、爵位が上のロレーヌ家令嬢には手が出せない様子だった。
「お姉さまの晴れの日を汚すわけにはいかないか。ルートお姉さま、次はぜひ、我が当主がご挨拶させていただきますから」
そういうと、ハイデマリーたちは悔しそうに去っていった。私はその背中を思いっきり睨みつけた。
「おとといきやがれ!」
私が吐き捨てると、ラーレはあきれた表情をする。
「またダクマーが訳の分からないことを言ってる・・・。エレオノーラ様、かばっていただいてありがとうございます。デニスもありがとね」
ラーレがお辞儀をすると、エレオノーラが笑顔で答える。デニスも照れた様子だ。コイツ、彼女持ちのくせにラーレにはいつもこんな反応なんだよね。
「いえ、東の貴族の代表として当然のことをしたまでです。でも不安ですね。あの調子なら、帰郷する際に手を出してくるかもしれません。私やギルベルトがいるとはいえ、襲い掛かられたらちょっと面倒ですわね」
ラーレは答えた。
「一応、祖父が手の者を迎えによこす予定になっております。すみません。エレオノーラ様までお手を煩わせてしまって」
ラーレは一礼した。私は帰りについていけないから、ちょっと不安なんだよなぁ。