第190話 ラーレとの仲直り
その日は夕食時間になってもラーレは私の部屋に来なかった。
あの一件、ラーレは相当腹を立てているようなんだよね。
「どうしよう。相当怒っているみたいだよ。やっぱり、ちゃんと謝ったほうがいいのかな」
不安になる私を、コルドゥラがあきれたように見ていた。
「そりゃあ怒りますよ。無駄にラーレ様の前に立って庇い立てするなんて。ラーレ様に回避技術があることはダクマー様が一番よく分かっているはずでしょう? それなのに怪我をしてまで庇うなんて、自分を認めてないって思われても仕方ないですよ」
うっ。そうなんだけど、だって心配だったんだからしょうがないじゃない!
「ダクマー様が強いことは分かっています。100年余り誰も倒せなかったナターナエルを仕留めて見せたんですから。でも、闇魔の魔力障壁を打ち破れても、できないことができるようになったわけじゃない。そのことは、ちゃんと理解しておられますか?」
私は俯いた。
そうなんだよね。私は遠距離魔法が使えるようになったわけでも、すんごい防御力を手に入れたわけでもない。ただの、魔力障壁を斬り裂ける剣士に過ぎないのだ。
「あの一件、本来ならあなたの出番はなかったはずなのです。ラーレ様たちだけで何とかなったと思いますから。私のことも振り切って行ってしまったこと、ご理解いただけますか?」
うっ、言われてみればそうなんだよね。あの時、私はフェリクス先輩の騎獣で現場に駆け付けたけど、コルドゥラを置いてけぼりにしてしまっていた。さすがのコルドゥラも、あのスピードに追い付くことはできなかったようなのだ。
「私が頼りにならないのは、まあそうなんですけどね。未だに一撃も与えられていないですし。行動に対してある程度のフォローはできていると思いたいですが、護衛としては失格なのかもしれません」
コルドゥラはそっと下を向いた。いや、コルドゥラはよくやってくれていると思ってるよ! 護衛としても腕が立つし、私のフォローも相変わらず完璧だ。修行だって、最近は魔力を使わないと対応できなくなっている。
コルドゥラは気を取り直したように前を向くと、私の目を正面から見つめてきた。
「とにかく、ダクマー様はもうちょっと周りの人間のことを見てあげてほしいのです。みんなあなたのことを嫌っているわけではない。それなのに、自分の力しか信じないのではそのうち呆れられてしまいますよ」
私は再び下を向いた。
思い当たることはある。今回、カーステンと戦ったけど、逃げ回る相手を最初は捕らえることができなかった。あのハイデマリーの援護がなかったら戦いはもっと長期化していたはずだ。私の力だけでは、闇魔を倒すことなんてできないんだ。
「とにかく、今はラーレ様のことです。私も行きますから、みんなで謝りに行きましょう。何が悪かったか、今ならわかりますよね?」
私は静かに頷いた。
うん。私はもっと周りの人間を信用するべきなんだ。ラーレだって、エレオノーラだってそうなんだ。ギルベルトやマリウスみたいにはっきり役割が違うんじゃないからあれだけど、私にできないことをいっぱいできたりするんだ。
その時、不意に部屋をノックする音が聞こえた。入ってきたのは私のメイドのカリーナだった。
カリーナはちょっと意外そうにした後、私に向き直った。
「これからラーレ様の部屋に食事を届けようと思いますが、ダクマー様もどうでしょうか。おいしいものを食べながらだと、ちょっと冷静に話をできるんじゃないかと思うんですけど」
◆◆◆◆
私たちは3人でラーレの部屋を訪ねた。
カリーナがノックをすると、ミリが嬉しそうにドアを開けてくれた。カリーナが食事を持ってきてくれたことにすぐに気が付いたのだろう。
ラーレも慌てて奥から出てくる音がした。そして玄関の前に私がいることに気づくと、顔をこわばらせた。
「ダクマー・・・」
固まってつぶやくラーレに、私は勢いよく頭を下げた。
「ラーレ。ごめんなさい。今回のことは全面的に私が悪かった。ラーレがちゃんと回避技術を身に着けてるの、私知ってたのに。自分の不安に負けちゃって、つい心配になってあんなことしちゃったんだ」
しばらく、玄関には微妙な空気が流れた。
ラーレは溜息を吐いた。
「取り合えす上がんなさい。こんなところでカリーナ様を待たせるなんて、そんな失礼なことできないから」
◆◆◆◆
ラーレの部屋に入った。
なんかなんかいつもよりかなりこざっぱりしていて、もうすぐ彼女がここを出ていくことを否応なしに実感した。
「部屋の片づけ、もうやってるんだね」
ラーレは夕食を食べながら答えてくれた。
「まあ、卒業式の後ですぐにここを明け渡すことになるからね。エラとミリも、もう準備は終わっているのよ」
そうなのか。本格的にラーレがここからいなくなることを実感するなぁ。
彼女のこれからも心配なんだけど、私も不安がある。あと2年、本当にラーレなしで大丈夫かなぁ。
「ちなみにオフレコだけど、この部屋は来年からアメリーが使うことになるわ。アメリーはアンタと違って整理整頓できてるから、変に汚すことはないはずだからね」
あてこするように言うラーレに、私は俯いた。いつもなら言い返すところだけど、今日はそんな気持ちになれない。こんなお小言を聞けるのも、あと数日しかないんだなぁ。
「とにかく私がいなくなってもちゃんとするんだよ。今回みたいに勝手に動いたり、自分一人で何でもできるとは思わないこと。ちゃんとカリーナ様やコルドゥラの言うこと聞かないとだめだからね。デニスやホルストだけじゃなく、エレオノーラ様やギルベルト君の言うことに耳を傾けること。しっかり周りの人の苦言に応えないと、どっかの王族みたいになっちゃうんだからね」
うう。確かに周りの声を無視し続けたらライムントみたいになってしまうかもしれない。確かにそれはちょっと避けたいよね。
しばらく、ラーレたちが食事をする音だけが響いた。私は何か言いたかったけど、何にも言えなくて黙って食事風景を眺めていた。