第189話 レオンハルト先生に報告する
私たちは学園長室まで報告に向かった。部屋にはハイデマリーやヴァンダ先輩たちが揃っている。彼らは一度報告して、そのあとに私たちの帰還と共に再び呼び出されたそうで、なんか疲れたような顔をしている。ちょっと申し訳なくなるよね。
「ダクマー君たちも着いたようだな。ご苦労。間者から証言を得ることはできなかったが、君たちのおかげで、王都に侵入した闇魔を滅ぼすことができたようだ」
レオンハルト先生はそう褒めてくれるけど、怪しい男たちはあっという間に消されちゃったらしいし、風の闇魔も逃がしちゃったんだよね。
風の闇魔は前に近隣領で見た時も仕留めることができなかったし、いつも逃げられているような気がする。
「学園長。申し訳ありませぬ。我々が風の闇魔を逃がしてしまったようで」
私たちを代表してエッボ先生が頭を下げた。でも本命の闇魔は殲滅したんだから胸を張ってもいいと思うよ? あいつら高位闇魔らしいから、かなりの強さがあったみたいだし。
「君たちが逃がした風の闇魔だが、きっちり仕留めたという報告があった。闇魔から、神鉄製の足輪が発見されたとのことだ。やはり武具持ちの闇魔だったみたいだが、王の影が見事に仕留めたらしい」
え? まじで? あの逃げた闇魔は相当強かったはずなのに、簡単に仕留めてみせたなんて!
その時私の頭を過ったのは王城の控室で助けてくれた2人組のことだった。天井から音もなく侵入者を撃退してくれたんだよね。彼らなら、闇魔を仕留めるのも難しくないのかもしれない。
「でも、結局奴らの狙いが何なのかは分かんなかったですね。国王陛下を狙ったわけでもないみたいですし」
ハイデマリーが頬に手を当てながら疑問を口にした。
そうなんだよね。高位の闇魔は王国の結界内では大きく力をそがれてしまう。長くいればそれだけ大量の魔力を消費してしまうのだ。そんな危険を押して、ここまで押し入ってきた理由は何なのだろうか。
「奴らの狙いは、おそらく神鉄製の武器ではないかと踏んでいる。宝物庫の位置を探っていたのかもしれんというのが、国王陛下の予測なのだ」
へ? 神鉄製の武具って、ヨルダンやナターナエルが落としたあれだよね? そんなの、なんで闇魔が狙うのさ! ハイデマリーやフェリクス先輩も、怪訝な顔をしている。
だけどラーレやヴァンダ先輩はハッとしたような顔になった。リンダ先輩も何か心当たりがあるような顔をしていた。
レオンハルト先生は溜息を吐く。
「なぜ君たち図書館組に心当たりがあるのかはあえて聞かんが、まあそう言うことだ。闇魔たちは、ナターナエルたちの復活をもくろんだのかもしれんのだ」
え? ナターナエルが復活!?
どういうこと? 私、確かにあいつのこと斬ったよね? いやとどめを刺したのはラーレだけど、アイツの息の根は確実に止まったはずだ! 神鉄の武器もドロップしたことだしね!
「これは機密なのだが、闇魔がドロップした武具を媒介に召喚魔法を使うと、闇魔が復活することがあるそうだ。ビューロウの祖先が倒したモーリッツも、神鉄の武具を回収できず、すぐに復活させてしまったらしいからな」
な、なんですと!? あんなに苦労したのに、闇魔が復活しちゃう可能性があるっていうの?
「復活を防ぐには、対応する武具を王家の結界内に長時間保管して浄化する必要がある。反対に言えば、闇魔は武具を浄化する前に回収する必要があるんだ。奴らも必死なのさ。時間を掛ければ復活の確率は下がってしまうのだからな」
どぎまぎした私とは打って変わり、ハイデマリーは納得したような顔になった。
「カサンドラもカーステンも、隠ぺいと探索に優れた闇魔だと聞いたことがあるわ。そうか、あいつら。献上された武具を探してたってことなのね。もしかしたら、私たちが探索した場所の近くに、宝物庫に続く抜け道があったのかもしれない」
リンダ先輩も頷いた。
「私が捕まえかけたあの男たち、宝物庫から武具を運び出すためにいたのかもしれませんね。宝物庫には光の結界が張られているそうだから、闇魔は侵入するのが難しい。でも、人間なら・・・」
レオンハルト先生が咳払いをした。ハイデマリーとリンダ先輩はハッとして、素早く背筋をピンと伸ばした。
「予想はほどほどにするように。だが、ただの人間に、宝物庫に侵入することはできないので安心してほしい。そしてこのことは他言無用だ。君たちの中にそんなに口の軽い人間はいないと信じてるよ」
そう言ってレオンハルト先生は私のほうを見つめた。
いやなんで私を見るの? 私だって、この情報を漏らしたらまずいってことくらい分かってるよ!
「とにかく、今日はご苦労だったな。特に3年生はこれから卒業なのに面倒を掛けた。おかげで最小限の被害で事態を治めることができた。犠牲がゼロ、というわけにはいかなかったがな」
レオンハルト先生は私たちに退室を促すように手を振った。
そういえば、最初に闇魔を見つけた冒険者はほどんどが亡くなってしまったんだよね。今回、あの2体の闇魔を倒せたのも、冒険者がいち早く闇魔を見つけて報告してくれたかららしいし。
私はしんみりした気持ちのまま、学園長室を後にするのだった。
◆◆◆◆
「おいダクマー! ケガをしてるじゃないか! お前、大丈夫なのか?」
学園長室を出たところで、ホルストが心配そうに声をかけてきた。
「いや大丈夫だよ。血は出たけどかすり傷だし。応急手当だってしてあるからね」
ホルストはそっと溜息をつくと、すぐに私の傍に寄ってきた。そして、包帯の上から手をかざし、あっという間に魔法陣を発動した。どうやらコイツ、私の傷を治してくれるみたいだ。
「ったく。万が一化膿したらどうするんだ! ヘリング家の既知とはいえ、この程度の傷で呼び出していい者じゃないんだからな」
あきれたように言うと、ホルストは私とラーレの顔を交互に見渡した。
「で、愚姉はなんでこんなに不機嫌なんだ? 口げんかするのはしょっちゅうだが、引きずるなんて珍しいじゃないか」
ホルストのくせに鋭く指摘してきた。
「い、いや。私がラーレをかばったせいで怪我しちゃって。でもラーレがねらわれたんだからしょうがなくない」
ホルストは再び溜息を吐いた。なんか呆れているように見えるんだけど・・・。
「ダクマー。不器用な君に護り手の真似事なんてできるわけがないだろう。大方、余計なタイミングでかばって怪我したとかだろう。君も愚姉も敵の攻撃を回避するタイプなんだから、無駄に庇っちゃだめだ」
ホルストはまるで見ていたかのように私を叱った。
いや、そうなんだけど。そうなんだけど!
コイツに言われるのはなんか腹が立つ!
「だいたい護り手っていうのは簡単な仕事じゃない。ただ守るだけじゃなくて後衛が攻撃する隙も作っていかないといけないんだ。フレンドリーファイアにも気を付けなきゃいけないしな」
うう。たしかにちょっとうかつだったかもしれない。ラーレも、私が邪魔で反撃できなかったって言ってたし。
わあわあ言い合う私たちを見て笑ったのがフェリクス先輩だった。
「やはりお前、本質は、魔法使いじゃなくて護り手だったんだな。なんか違和感があると思ってたが、今日で確信したぜ」
ホルストがぎょっとしたように目を見開いた。そういえばコイツ、学園では魔法使いだと誤解されるような行動をしていたんだよね? でもさすがに今日の戦いを見たら、気づく人は気づくよねぇ。
「アンスガーも勉強になったんじゃないか。これだけ動ける奴は、教師陣でもゲラルトくらいしかいないだろう。クルーゲの当主もすごいらしいが、それに匹敵する守り方だったと思うぞ」
アンスガー先輩は下を向いている。悔しそうに、唇をかみしめているのが分かった。
アンスガー先輩はキッとホルストを睨むと、そのまま足音を響かせて立ち去っていく。なんか、けっこう腹を立てているように見えるんだけど。あの人、西の貴族らしいからプライドが高いんだよね。同じ西のディーターさんとはずいぶん違っていて、ちょっと戸惑ってしまう。
「さて。今回の敵は厄介だったが収穫も多かった。特にホルストが頼りになる守り手だって分かったしな。悪いが、これからはこき使わせてもらうぞ」
ホルストは焦ったように身をのけぞらせるが、やがてあきらめたように肩を落とした。
「お手柔らかに頼みます。僕たちももうすぐ最上級生ですから、役割も多くなるはずですからね」
そういえばそうか。ラーレたちはもうすぐ卒業なんだから、こうやって集まる機会も少なくなるかもしれない。3年生は、おそらくこの仕事が最後になると思うし。
私はしんみりしながら、ラーレとの別れに思いを馳せるのだった。