第188話 気まずい時間 ※ 後半 リンダ視点
私とラーレは気まずい空気のまま学園への帰路に着いた。
微妙な空気になった私たちに、リンダ先輩が明るい声で話しかけてきた。
「それにしてもダクマーさんはすごいわね。確かあなたは南のほうで闇魔を探していたはずでしょう? こんなところまであっという間に来るなんて。フェリクス様の助けがあったとはいえ、簡単にできることじゃないんだから」
ラーレは一瞬怒ったように私を見た後、溜息を吐いた。
「本当に、フェリクス様にまで迷惑を掛けちゃって。私は一人でも戦えるの、本当に分かってるの?」
ラーレの怒りは収まらない。本気で私のしたことに腹を立てているみたいだ。
うう。怪我をしたのは悪かったけど、そんなに怒らなくてもいいじゃないか。本気でラーレのことが心配だったんだから。
「私はアンタに守られるばかりの存在じゃない。まったく、いつまでも半人前扱いして」
しつこく言い募るラーレに、さすがに反発心が沸いてきた。
「だって、ラーレはこの前死にかけたばっかりじゃない! 心配なんだよ! 家族が消えてしまいそうな気がして。前だって、ちゃんとお別れを言えないまま別れることになったんだから」
私がそう言うと、ラーレはさすがに黙り込んだ。
「そっか。あんたは・・・・。でも、私だって一人で戦える! アンタに全部おんぶ抱っこするわけじゃない! 私じゃなくてデニスなら、アンタはこんなに心配することはなかったはずでしょう!」
私は図星を突かれて言いよどんだ。
確かにそうだ。もしこれがデニスなら私はそれほど心配しなかったと思う。もちろん不安はあるけど、アイツが戦うのを安心して見守ったかもしれない。
「私が頼りないのは分かるけど、いい加減、少しは信用してほしいもんだわ。これじゃあ、おちおち一人で過ごすこともできない!」
そう言って足早に移動するラーレを、私は見ていることしかできなかった。
※ リンダ視点
「あの2人、もめていますね。いつも口げんかしているけど、こんな風に深刻になることなんてないと思ってたのに・・・」
私が愚痴ると、エッボ先生が腕を組んだ。
「ダクマー君は確かに強い。強力な闇魔を簡単に倒せるのは、彼女が色のない魔法を使いこなしているからこそだろう。だが、ラーレ様を守るのに十分な力があるとは思えんな」
思わずエッボ先生の顔を振り返った。いつも優し気な笑みを浮かべている先生なのに、その顔は憮然としているようだった。
「闇魔の四天王を倒したダクマー君は見事だった。だが、そのせいで敵を作ったのも確かなことだ。第一王子夫婦とライムント様は、彼女の活躍の陰でかなり評判を落とした。逆恨みなのだが、ダクマー君を敵視しているという話もある」
私はぎょっとして目を見開いた。
「ビューロウは子爵家にすぎん。ロレーヌがかばうとはいえ、2人を守ることができるのだろうか。戦場に行くラーレ様を、どれだけ守れるのだろうか」
思案顔になるエッボ先生に不信感が募った。まさか、この先生がラーレに何かしようとでもいうのだろうか。
「先生? 私、先生のことは素敵な教師だと思っています。でも、ラーレに何かしようというなら容赦はしませんよ」
私は忠告する。ラーレに手を出すつもりなら、恩師とはいえ容赦するつもりはない。
マルク家は闇魔法を使った尋問を秘術としているため、他の貴族から避けられることが多かった。学園に入学した当初は3年間をきっと一人で過ごすことになると思っていた。でもラーレは、そんな私の友達になってくれた。一緒に泣いたり笑ったりしてくれたおかげで、私は3年間を楽しく過ごすことができたんだ。
「知らないかもしれないので言っておきます。私たち図書館組の結束は強い。仲間に危機が訪れたなら、容赦するつもりはありません」
図書館組とは、とどのつまりはぐれ者の集まりに過ぎない。私はこんなだし、イレーネも北出身なのに土魔法が苦手な変わり者だ。ラーレは魔力過多でほとんど魔法が使えなかった。
決して優秀な生徒というわけじゃない。それだけに、結束は強い。ラーレに何かしようとするのなら、全身全霊を持って抵抗してみせる!
決意を込めてエッボ先生を睨む。しかし先生はため息混じりに私を窘めた。
「心配するな。ビューロウ家がラーレ様を大事に扱っているかぎりは手を出さぬよ。バルトルド殿は優秀な方だ。きっとラーレ様を無下には扱わんだろう」
その言葉を聞いてほっとする。エッボ先生も、無暗に何か仕掛けようというわけではないようだった。
「しかし、ラーレ様が無下に扱われるようなことがあれば、その限りではない。エルネスタ様に恩がある者は南の貴族には多い。あの方が南に来れば、確実にそれなりの地位につけるはずだからな」
エッボ先生の言葉を聞いて不安は深まった。まるでエッボ先生は、ラーレがぞんざいに扱われるのを待ち望んでいるみたいだった。
いやな予感を振り払うように、私は逃げ去った闇魔のことを口にした。
「それにしても闇魔たちの目的は分からずじまいでしたね。それにあの風の闇魔、逃げちゃいましたし。私たちの情報、取られちゃったかもしれません」
こっちのことも不安なのよね。ハノーヴァ家が関わっていることは間違いないと思うけど、証人はあっさり消されちゃったし。あんな不確かな情報だけでは、侯爵位にあるはーノヴァ家を追い詰めることなんてできない。
「そちらのほうもあまり心配せんでもいい。王の影が、動いておるようだからの」
え? 王の影? そんなの、全線見かけなかったけど!?
「東の空にハゲタカが見えた。あれは、王の影が飼っておる魔獣よ。あの魔獣はリッフェンに食らいついて情報を守ろうとする。傷ついた闇魔ごと、葬ってしまうつもりだろうて。影の中にはかなりの強者がいるはずだからな」
王の影、か。聞いたことがある。今代の王の陰にはすさまじい使い手がいるって。闇魔を何体も倒した天才と呼ばれる少年が、今も王都を守っているって。
「でもあんまり安心できませんよね。その刃がいつ私たちに向けられるか分かったもんじゃないですから」
私がそう言うと、エッボ先生は苦笑しながら東の空を見つめたのだった。