第185話 バリアチェンジのカーステン
「カ、カーステンだと!? 土の高位闇魔が、なんでこんなところに! カサンドラだけじゃなかったのか!」
ギルベルトが焦ったように言った。
土のカーステンはけっこう有名な相手だ。防御に長けた高位闇魔で、こいつに何人もの貴族が嬲り殺されたと聞いている。まさか、こんなところに現れるなんて!
「ワシの目的は別だが、まあいい。星持ちを2人も倒せるとはついておるわい。貴様らがどんな悲鳴を上げるか。くっくっく。楽しみじゃて」
カーステンが下卑た笑い声をあげる。
「はっ! ついているのはこちらさ! ここでお前を葬れるんだからな!」
ギルベルトが魔法を展開した。
緑のいくつもの魔法陣が展開されたのが分かった。
「グレン・イーゲル!」
風の魔法陣から緑の球が生まれる。そして球から細い針のようなものがすさまじいスピードでカーステンを襲った!
あれは、風の上位魔法!? まだ学生なのに、上位魔法を発動するだなんて! ギルベルト、やるね!
風は土に強い! この魔力量なら、高位闇魔とはいえ無事にはすまないはずだ! おじい様の魔法より色が濃いんだから、効かないわけはないはずだよね!
「ほっほっほ。愚かな。ワシに、その程度の魔法が通じるとは思うでないぞ」
カーステンが笑いながら右手を前に掲げた。
その腕から合わられたのは、赤い魔力障壁!?
え? カーステンは土の闇魔なんじゃないの?
カーステンの赤い魔力障壁とギルベルトの魔法が激突した。結果なんて考えるまでもない! 相手は火でこちらは風! 相性的に、かなうわけがないのだ!
私の予想通り、カーステンの障壁には傷一つ付けられない。火の魔力障壁が、風の上位魔法を簡単に防いでしまったのだ。
「くそっ! 土の闇魔じゃなかったのかよ! 火の魔力障壁なんて、聞いてねえぞ!」
ギルベルトが吐き捨てた。
「火ならば水だな! オレの一撃を食らわせてやるさ!」
フェリクス先輩が騎獣を走らせた。その体には、青い光を纏わせている。あれは、水の魔力を身体強化に使っているというの!?
フェリクス先輩がカーステンに近づくと、すれ違いざまにすさまじい魔力の籠った槍を突きつけた!
「くらえ! 水神槍!」
フェリクス先輩が纏っていた水の魔力が集結する! あれは、メレンドルフの秘術か! 身体強化に使っていた魔力を、一瞬で変換して槍に込めたとでもいうの!?
しかしその鋭い一撃を、カーステンは両手をかざして受け止めた。
フェリクス先輩の強力な一撃は、カーステンの魔力障壁に簡単に防がれてしまう。
「くっくっく。お前も強いな。ここで倒せるのは本当に僥倖というものよ」
走り抜けていったフェリクス先輩がぎょっとして振り返った。
そして確認する。カーステンが黄色い魔力障壁をかざして佇んでいるのを!
「ばかな! さっきまで水の魔力障壁を展開していたはずだ! 一瞬にして、属性を入れ替えたとでもいうのか!」
カーステンは心底楽しそうに笑い出した。
「はっはっは! 弱点属性で戦うのが自分たちだけだとでも思ったのか!? 四属性に資質があるのはお前の仲間だけではないのだよ! ここで一気に葬ってくれるわ!」
くっ! カーステンは土属性とばかり思っていたけど、ある程度なら4属性を使いこなせるみたいだ。
でも、私なら属性なんて関係がない! 魔力障壁ごと、斬り裂いてやる!
「おっと。神鉄の武器もちとは。万が一ということもあるな。お前に近づかせるわけにはいかんよ」
カーステンが私の足元に向かって魔法を放った。
私は慌てて下がる。私を狙ってきたのなら切り払えるけど、足元を狙われたら避けるしかないじゃない!
「はっはっはっは! そら! そら! 近づくことなどできまいて!」
私は避け続けるけど、護衛はそう言うわけにもいかない。カーステンの魔法に、護衛の多くが巻き込まれていく。
「くそっ! けが人が多くて援護は難しいか!」
マリウスが傷ついた護衛たちを素早く癒していく。だけど癒すのに精いっぱいで、戦闘に参加するのはできそうになかった。
ホルストやコルドゥラも、カーステンの攻撃を防ぐので精いっぱいになっている。
「くっ! このままじゃぁ!」
私は臍を噛む。接近さえすればあの程度の魔力障壁なんて簡単に斬り飛ばせるのに、そのチャンスを見出せそうにないのだ!
そんな私にため息が聞こえる。あのハイデマリーが、呆れたような目でこっちを見ているのだ。
「あなた、敵が離れたら何にもできないのね。英雄様が本当に情けないことですこと」
あきれたように言うけど、何にもできないのはアンタも同じじゃない! 私は言い返そうとするが、それよりも早くハイデマリーが言葉を続けた。
「私が道を作る。あなたは、あのカーステンを確実に仕留めなさい」
そう言うと、カーステンに向かって右腕をかざした。
ハイデマリーは赤い魔法陣を展開する。その魔法陣は見たことないくらい複雑で、奇妙な形をしていた。
「行くわよ。ブレンデント」
魔法陣から、何か黒い塊が飛び出していく。
ハイデマリーが放ったのは、黒い炭のようなものだった。魔法の炭は、霧のようになって飛散する。そしてカーステンに纏わりつくと、一瞬にして広がっていった。
「これは目くらましの魔法!? 相手の視界を防ぐとでもいうの!?」
私は驚きの声を上げた。相手にダメージを与えるのではなく、きっちりと足止めをするための魔法だ。派手好きに見えたハイデマリーが、こんな魔法も使えるだなんて!
「くっ! やるな! だが、この程度の炭なんぞ、簡単に吹き飛ばせるわ!」
カーステンが緑の魔法陣を展開した。
「吹き飛べ! ボウ!」
カーステンの魔法陣から突風が吹きおこる! あの魔法で、ハイデマリーの炭を吹き飛ばそうというのか!
だがハイデマリーは高らかに笑った。
「うふふふふ! 無駄よ! 自然な風ならともかく、魔法の風に、私の魔法が打ち破れるとは思わないことよ!」
緑の突風は、炭に当たるとあっさりと打ち消された! あの炭は、相手の魔法を撃ち消す効果があるとでもいうの!?
「ほら! ぼさっとしない! あなたにはあなたの役目があるでしょう!」
そうだ! 私にもすべきことがある! 属性を切り替えたって、私の無属性魔法を防ぐことはできないんだ!
「きえええええええ!」
私は自分を鼓舞するように叫んだ。
そして、刀を上段に構えると、一瞬でカーステンの傍に踏み出した!
「くっ! 炭が私の魔法を撃ち消すとでもいうのか! おのれ!」
カーステンが風で魔力障壁を作り出す。
でも、この程度の魔力障壁なんて斬り裂けないはずはない!
「秘剣! 羆崩し!」
私は全力で刀を振り下ろした!
ずしゃああああああああああああ!
私の物干し竿は、カーステンの肩を一撃で斬り裂いた!
カーステンは信じられないものを見るかのように私を見る。私は、荒い息を吐きながらカーステンを睨み返した。
「バカな・・・。魔力に色がない、だと・・・。お前は、あの男と同じだとでもいうのか・・・」
そう言い残すと、カーステンはすぐに粒子となり、その場に消えていった。そしてカーステンがいた場所には、白く輝く杖だけが残されていた。
「あいかわらずすげえな。あのカーステンが一撃かよ」
ギルベルトが汗を拭っている。
褒めてくれたのは嬉しいけど、ここでダラダラしているわけにはいかない! ラーレが襲われているかもしれないのだ!
「ビューロウ! 乗れ! 最速でお前の従姉のところに連れて行ってやる!」
私は一も二もなく頷くと、フェリクス先輩の後ろに飛び乗った。
「すみません! お願いします! ラーレのところに行かないと!」
風のように突き進む騎獣に乗りながら、私はラーレの無事を祈ったのであった。