第184話 火の星持ちハイデマリー
遠くのほうで黒煙が上がったのが見えた。私は思わずホルストに声をかけた。
「ねえ! あの煙って、ラーレだよね? あんなに煙が現われるってやばくない? 苦戦してるのかな! 助けにいったほうがいいのかな!?」
慌てる私とは対照的に、ホルストが落ち着いて答えた。
「あれだけ煙が上がるってことはおそらく燃えるものがあるってことか。しかし愚姉のあの魔法は、普通のものに引火しない。ということは、魔物か闇魔に当たった? あれだけの量の煙が出るってことは、もしかしたら上位闇魔に遭遇したのかもしれない」
顎に手を当ててぶつぶつつぶやいている。
もう! そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!
「ラーレさんは無事なのか!? カサンドラが現われたらやばいんじゃないか? 確か彼女って火魔法しか使えないんだろう?」
ギルベルトが焦りだした。
そうだよね! ラーレのこと、やっぱり心配だよね!
あわあわする私とは対照的に、ハイデマリーがあきれたように声を上げた。
「落ち着きなさい。3年生にも教員がついているわ。彼女たちに付いたエッボは優秀よ。同じ南の出身だから分かる。彼なら的確に行動してくれると思うわ」
ハイデマリーはそう言うけど、私とギルベルトは焦りを隠せない。冷静に指摘する彼女に文句を言おうとしたその時、ハイデマリーが前方を指さした。
「私たちの相手はこっちね。これをなんとかしないと、ちょっとまずいかもよ」
森から大量の魔物が走り寄ってくるのが見えた。あれは、オークにオーガ!? それに、リザードマンまでいる! コボルトもいて、その種類は多種多様だ。
ちょっとこれ、まずくない?
ガスパー先生が驚きの声を上げた。
「くっ! 数が多い! ハイデマリー! 行けるか!?」
「ふっ。炎の星持ちの力、見せてあげるわ」
そう言って、ハイデマリーは右腕を魔物のほうに向けた。そして、彼女の右腕の前に、いくつもの魔法陣が浮かんでいた。
「うふふふ。かなりの数ねぇ。みんな、これから殺されるとは夢にも思ってないみたい。いい景色よ。まさに絶景ね」
ちょっと怖いことを言いながら魔法陣を展開しているんだけど!
「グローヴ・フレイ!」
ハイデマリーの右手から大きな火球が生まれた。そして、魔法陣から炎が生み出され、魔物の群れ目掛けて飛び出していった!
あれ、知ってる! アメリーが前に使っていた火の範囲魔法だね!
どおおおおおおおん!!
火球は魔物の群れに着弾すると、あたり一面に炎をまき散らした!
すごい! アメリーの時よりも威力があるように見えるよ!
ハイデマリーがドヤ顔でこっちを見てきたのにはむかついたけどね!
「ちっ! 凄まじいんだが、火に強い魔物もいるんだな。それに、さすがに全体に炎をまき散らすことはできなかったみたいだ」
2年生のアンスガー先輩が焦ったように言い放った。それに反応したのが、ヴァンダ先輩だった。
「あっしなら、火の範囲を広げられやす! ハイデマリー様はあっしの魔法に続いて火を放ってください!」
そう言うと、前方に黒い魔法陣を作り出す。そして右手をかざすと、大声で魔法を詠唱した。
「いけ! アンファング!」
ヴァンダ先輩が発現させた魔法は、魔物に向かって進むと、破裂して魔物に黒い靄を纏わりつかせた。
えっと、範囲はすごい。あの一撃で、目に見えた魔物すべてに魔法が当たったみたいだ。でも、魔法が当たっても相手にダメージはないようだけど? みんなぴんぴんしているみたいだし。
「ハイデマリー様! 今っす!」
ヴァンダ先輩の魔法につられるかのように、ハイデマリーが赤い魔法陣を発現させた。そしてさっきより巨大な火球を解き放った!
「もう一発! グローヴ・フレイ」
再び出現した火球は、同じように魔物の群れの中で破裂した!
あれ! なんかさっきよりもかなり範囲が広がってない!? 火に強いはずのリザードマンがバタバタ倒れているように見えるんだけど!
ハイデマリーが感心したようにヴァンダ先輩を見つめている。
「あなた、さすが闇の星持ちね。今の魔法、私の火の魔法の範囲を広げただけじゃなく、魔物の魔力障壁を弱める効果もあったのね。正直、ここまで効果があったのは初めてよ」
ハイデマリーが偉そうにしてヴァンダ先輩をほめた。
いやヴァンダ先輩は私たちの1学年先輩だよ! そんなぞんざいな口、聞いていいと思てるの!? 爵位がハイデマリーの方が高いからしょうがないかもしれないけどさぁ。
でもいくらハイデマリーの魔法が強力とはいえ、すべての魔物を倒せたわけじゃない。味方の死骸を乗り越えながら、突撃してくる魔物も多いんだ!
「魔物たちが来るぞ! 護衛たちは前へ! アンスガーくんも、しっかり守り給え!」
「くっ! 子爵無勢がいつもうるさいんだよ! こっちの仕事に文句ばっかり言いやがって!」
ホルストの命令に、アンスガー先輩が敵対心をあらわに吐き捨てた。いや、ホルストが言ってることはもっともだよ!? でも爵位が高い人にとっては余計なことじゃない?
魔物の群れと護衛たちがぶつかる。護衛たちは優秀で、魔物の攻撃に耐えきれるかと思ったけど・・・。
「くっ! マリウス様! 敵が思った以上に強いです! おそらく、近くに闇魔が潜んでいることと思います!」
そう、マリウスの護衛の人が言っていたように全体的に押されている。個別にみると、コルドゥラは敵を斬り続けているし、ヤンも頑張って敵の攻撃を防いでいる。でも他の護衛は、魔物の魔力障壁に苦戦を強いられているんだ。
「くそっ! 数が多い! このままでは魔術師隊に接近されるやもしれんぞ!」
騎乗したフェリクス先輩が魔物を突き殺しなが叫んだ。メレンドルフの嫡男だけあって、かなりの勢いで敵を殺している。護衛の人も、馬のような生き物の上から槍を振るって活躍しているんだけど・・・。
「アンスガー君! 君はメイン盾なんだからもっと前に! このままでは接敵されてしまうぞ!」
「うるさい! 魔術師無勢が専門家に口を出すな! お前はいつもうるさいんだよ!」
ホルストの忠告に、アンスガー先輩がイラついたように乱暴に言葉を返している。
くっ! このままじゃあ突破されちゃう!
私が前に出るべきか? でも私には魔法使いを守るっていう役目があるんだけど! でもこのままじゃあ!
「ホルスト様! これを!」
ホルストの護衛のヤンが両手剣を頬り投げる。あれは、魔鉄製の武器? ホルストは自力で魔鉄製の大剣を手に入れたとでもいうの!?
「くっ! こんな状況だとしょうがないか! 僕が守るから、君たちはしっかり援護したまえ!」
魔鉄製の大剣を受け取ったホルストは、魔物の群れの前に立ちふさがった。
「お、おい! 魔鉄製の武器があるからって、魔物を防げるわけがないだろう! お前、ちょっと下がれ!」
「ビューロウ! ここは一度下がるんだ! 全体的に下がれば、なんとか持ちこたえられるはずだ! ガスパー叔父上! お願いできますか!?」
フェリクス先輩がそう言うのと、ホルストが大剣をふるうのは同時だった。ホルストの大剣は、複数の魔物を巻き込んで吹き飛ばしていく。
「くらえ! アトラクト!」
ホルストが放ったのは、いつか使った敵を引き寄せるための闇魔法だ! 本来ならこんな数の魔物がいるのに使ったら自殺行為なんだけど・・・。
「はっはぁ! あたるかよ!」
ホルストは魔物の攻撃を避けながら大剣をふるっていく!
魔物の攻撃を華麗に避け、そして大剣で確実にダメージを与えていく。ホルストのくせに、見事と言う他ない戦いぶりだった。
「こ、これがビューロウの本当の実力か! ダクマーが言うだけのことはある! ふっ! これならば!」
フェリクス先輩がホルストを狙った魔物に槍を突きつけたつけた!
ホルストに気を取られていたせいで魔物は無防備だった。2人は連携して次々と魔物を倒していく。
「ば、ばかな! ビューロウがここまで接近戦ができるとは!?」
驚くアンスガー先輩に、ホルストが忠告した。
「アンスガー君! まだだ! まだ敵の闇魔は現れていない! 奴が来ないと分かるまで油断するんじゃないぞ!」
ホルストの言葉に気づく。
そうだ! 私たち、闇魔と戦いにこっちに来たんだった!
「!! あぶない!」
ホルストがアンスガー先輩をかばうように前に立つ! そして、彼に飛来する何かに向かて大剣をふるって撃ち落とした!
ホルストが撃ち落としたのは土礫だった。
「やるな。確実に一匹、仕留めたと思ったのだが」
そして魔物の群れの奥のほうから一人の老人が歩いてきた。禿頭の小柄なおじいさん。なんか無駄にえらそうで、その目は私たちを見下しているように見えた。
そのおじいさんは暗い笑みを浮かべながら私たちに笑いかけてきたのだ。
「一応、挨拶しておこうかな。ワシは、シュテファーニエ様に仕える優秀な闇魔の一人、土のカーステンさ。短い付き合いになると思うけどよろしくたのむわい」