第183話 水のカサンドラ ※ ラーレ視点
※ ラーレ視点
「ば、バカな! こんなところに潜んでいただと! クリスタの探知魔法にも何の反応もなかったのに! これが、高位闇魔の実力というのか!」
冒険者のおじさんを抱きとめながら、スヴェンが吐き捨てた。
だがそんなスヴェンを気にすることなく、クリスタさんが叫び声をあげた。
「全員、戦闘態勢を取りなさい! 水のカサンドラが現われましたわ! 私がやります! 護衛たちは私たちと冒険者を守りなさい!」
そう言って、左手に持った短杖を突き出した!
黄色い魔法陣が素早く展開される。
速い! 短杖を使っているとはいえ、なんて構築スピードなの!?
「ボデン・ブロウ!」
魔力が一瞬にして終結する。
クリスタの魔法陣から大きな土の塊が生まれたのだ!
「これなら!」
クリスタが杖を振ると、土の塊は円錐のような形になってカサンドラに突き進む!
だがカサンドラは余裕の表情を浮かべたまま動かない。
「驚いて一歩も動けないのか? ふっ! 口だけだな!」
スヴェンがニヤリと笑っていた。
円錐の形をした土の塊が、カサンドラに向かって突き進む! すさまじい土煙と共に、土の塊がカサンドラに直撃したようだった。
だけど、私には見えた。
直撃する寸前、カサンドラの口元がゆがんでいることを!
どおおおおおおおん!
すさまじい土煙があたりを支配した。
「土の弾丸のお味はいかが? 土は水に強い。高位闇魔とはいえ、これなら!」
クリスタが自信に満ちた声を上げた。
「みんな! 逃げるのだ! すぐに援軍を呼ぶ!」
そう叫んだのは同行していたエッボ先生だった。
先生は杖を取り出すと、上空に向けて火の玉を放った!
「フェウェウェーク!」
火の玉は上空に打ちあがる。そして上空ではじけると、爆音とともに大きな花火を作った。
「なっ! エッボ先生! 何をしているのです! 敵に、私の魔術が直撃したのですよ!?」
エッボ先生は鬼のような表情で叫び返した。
「馬鹿者が! この程度の魔法でカサンドラをやれるわけはないだろう! お前たちは速く防御態勢を取れ! 援軍が来るまで時間を稼ぐぞ! もともと、闇魔を見つけたらすぐに魔術師隊に知らせることになっていただろう!」
クリスタは茫然とエッボ先生を見つめていた。そして、何か言い返そうとしたその時、クリスタに向かって水弾が降り注いだ!
「きゃあああ!」
「ぐおおおおお!」
クリスタが、チリ紙のように吹き飛んでいく。護衛たちも水魔法に巻き込まれて勢い良く吹き飛んでいった。
「うおっ!」
「いやあ!」
そして残りの水弾が、オイゲンとフェーベたちを吹き飛ばした。
直撃は避けたようだけど、2人とその護衛は立つことができないようだった。
「くふふふふ。かわいいでありますなぁ。この程度の魔法で、私を倒したつもりになるなんて」
うつぶせに倒れたクリスタが、顔を上げて絶句したようだった。
そこに、傷一つないカサンドラの姿があったからだ。
白い肌に青い髪、顔は強気さを感じさせるもので、その表情はいやらしい笑みを浮かべている。
そして気配で改めて感じる。
この人は闇魔だ。私たちとは違う、自然じゃない生き物なんだ!
エッボ先生が怒鳴り声をあげた。
「スヴェン! 合わせろ! 時間を稼ぐぞ!」
「は、はい! 水のヴァッサーの力、見せつけてやりますよ!」
そして二人は同時に魔法を放った。
「ワッシ・ゲフィレン!」
「スティーム・アン・ラッス!」
スヴェンが水魔法を、そしてエッボ先生が土魔法を放つ。
どちらの魔法も、かなりの高位魔法なんだけれど・・・。
「きゃはは! その程度の魔法で私を倒せるとお思いで?」
2つの魔法はカサンドラに直撃するが、その寸前に魔力障壁が彼女を覆ったのが見えた。魔法の土煙を引き裂きながら、カサンドラが笑っている。2人の渾身の魔法は、しかし彼女の魔力障壁に傷一つつけることができなかったのだ。
「お返しでありますよ!」
カサンドラが右手をかざす。
「な、なにを・・・・!」
言い終わらないうちに2人はあっという間に吹き飛んでいった。
カサンドラは2人を満足そうに見下げると、下卑た笑いを浮かべる。
「まだ殺しませぬ。お前たちにはもっと絶望してもらわないと。これも、お前たちの祖先に裏切者がいたせいです。せいぜい、苦しんでおくんなまし?」
カサンドラがおどけたように笑った。
倒れた人たちはみんなぐったりしているようだった。立ち上がろうとする人もいるが、すぐに崩れ落ちてしまった。
あっという間に、立っているのは私とリンダだけになってしまった。エッボ先生も護衛も、あっという間に吹き飛ばされてしまったのだ。
「ラーレ! 逃げて!」
リンダが私を振り返って叫ぶ。でも、一体どこへ逃げればいいというのか。
「逃げ場なんてないよ。ここで、こいつを倒すしかない」
私が言うけど、リンダは困惑した顔で私を睨んだ。
「でも!あんたに土魔法なんて使えないでしょう? ここは、万に一つをかけて逃げるべきよ! 私が、なんとか足止めして見せるから!」
リンダの言う通りだ。
私は土魔法が使えない。というか、使えるのはおじい様が授けてくれたあの魔法しかないのだ。水は火に強い。だから、おそらくあいつを倒す方法なんてないんだろうけど・・・。
私は素早く手の平に魔法陣を展開した。
黒い背景に赤色の文字。私が展開した魔法陣は、いつものように手のひらの上に黒い炎を出現るさせた。
私にはコレしかない。でも、抵抗しないままやられるなんて、できるわけないじゃない!
「お、おい! 相手は水の闇魔だぞ! 炎なんか通じるわけがないだろう!」
「水は火に強い! そんなのは常識ですわ! 土魔法じゃないと!」
倒れたスヴェンとクリスタから絶望の声が上がった。でも、私にはコレしかできないんだから、しょうがないじゃない!
だけど、私の炎を見たカサンドラの顔は驚愕に目を見開いていた。
「お、お前! な、なんなんでありますか! その炎は! 黒と赤があまりにも濃い! どれだけの魔力を込めているんですの! そんなもの、人間に生み出せるわけはないでしょう!」
なぜかカサンドラは焦っているようだった。
私はこれ幸いに、黒い炎をカサンドラに向かって放った。
「燻り、焼き尽くせ!」
黒い炎がカサンドラに直進する。
「お、お前! 頭おかしいだろう! なんてものを投げるんでありますか!」
カサンドラは必死になって、両手で濃い水の魔力障壁を生み出した。
どおおおおおおおおおおおおん!
黒い炎と魔力障壁が激突した。
カサンドラの属性は水。水の力を纏った魔力障壁は、私の炎を簡単に打ち消すはずだけど・・・。
「あっ・・・」
黒い炎は止まることなくカサンドラの魔力障壁を貫いた!
黒い炎がカサンドラを直撃したのだ。
「な、なんで・・・。なんでぇ!」
炎がカサンドラに燃え盛る。
私の炎は一度火が付けば、そこに魔力がなくなるまで、相手を焼き尽くすのだ!
「うそだ こんな火が、人間に放てるわけはない! うそだぁぁぁ!」
カサンドラが叫び声をあげた。その声は、やがて悲鳴になってあたりに響いた。
「ああ。やっぱ闇魔はすごい魔力だね。煙が、周り全体に広がっちゃうか。まあ、この煙は仲間の魔術師に危害を加えないようにしているから大丈夫だろうけど・・・」
私は立ち尽くした。
水のカサンドラに移った火は消えない。あたりに、彼女が苦しむような叫び声が響いていた。
「な、なんだと!? 水の闇魔を、炎で撃退したというのか・・・」
エッボ先生が茫然とつぶやいた。
黒い炎の勢いはますます強くなっていく。そして煙が、あたり一面に広がっていった。
「い、いやだぁ! 熱い! 熱いよぉ。 こんな死に方は、ありえないだろう」
カサンドラの叫び声が、だんだんと弱弱しくなっていく。
黒い炎が少しずつ小さくなっていく。その燃えカスには炭になった人型が残り、風と共に消えていった。
カサンドラがいた場所には、白く輝く武器だけが残っていた。
「これは、神鉄製の刺突剣? カサンドラが、残した武器ってこと?」
フェーベがつぶやくと、恐る恐る近づいてその刺突剣を拾い上げた。
なんか、周りの視線が痛い。みんな、ドン引きした様子で私を見ている。
「こ、これが炎の巫女の力とでもいうのか。何と凄まじい・・。ハイデマリー様が、強硬に主張する理由が分かったぞ。ラーレ君・・・・、いや、ラーレ様には、水の高位闇魔が、まったく相手にならんかった。この炎、南には絶対に必要なものなのではないのか」
エッボ先生が不吉なことをつぶやいている。おじい様の秘術は、学園の教員を絶句させるくらい強力なものだったらしい。
そのとき、私の魔力探知に触れるものがあった。どうやら、煙に接触した人がいるみたいだ。
え? やばくない?
「あ・・・。すみません。なんか、私の煙に触れた人がいるみたいです。この先に、気絶した人がいるみたいなんですけど」
私は北東のほうを指さす。無関係の人を巻き込んでしまったようだ。これは、始末書だけではきかないかもなぁ。
私は落ち込みながら、エッボ先生にそう報告するのだった。