第182話 火の探索魔術 ※ ラーレ視点
※ ラーレ視点
なぜ自分がここにいるのだろうか。
確か教室で、担任のエッボ先生から呼び出されたんだ。あの闘技場での戦い以降、生徒たちから注目されるようになって、今回の事件では、ついには闇魔の探索に狩りだされることになった。
「姫。私たちがついています。ビューロウと違って、あなたに傷一つ付けさせませんよ」
「私もご一緒させていただきます。この刺突剣を使った戦いと火の魔法にはいささか心得があります。姫は安心して、大船に乗ったつもりで参加してください」
同じクラスのオイゲンとフェーベが私を励ました。私の護衛たちは、なんか戸惑った目で私と彼らを見比べていた。
学園のワーネンの音を聞いたのはじめてだった。領地で聞いた時と同様に、不安を感じさせる音だった。
王都の周囲で、冒険者が闇魔を見つけたらしい。かなりの高位闇魔が何体もいて、発見した冒険者のほどんどが命を落とした。だが、その中の最も若い者が命がけで知らせてくれたのだ。
「学生どもが、遊び半分なら容赦せんぞ! ベティーナは仲間を殺されたにもかかわらず全力で撤退して相手のことを知らせてくれたんだ。彼女のパーティはいい奴ばかりだったのに! 闇魔め! 必ず目にものを見せてくれるわ!」
先に到着していた冒険者が私たちに絡んできた。親しい仲間が殺されて憤るのは分かるが、私たちに八つ当たりみたいなことはやめてほしい。
もめ事は避けてほしいなぁ。
そう考えていた私だけど、他の生徒はそうではなかったようだった。私たちの他に上位クラスのメンバーもいて、その人たちは憤りを隠さなかった。
「はっ! 冒険者風情が何を言う! お前たちが頼りないから私たちが呼ばれたんだろう! お前らはさっさと、闇魔のところに私たちを案内すればいいんだ! 魔力の少ない平民には、それくらいのことしかできないだろうさ!」
上位クラスのスヴェンが喧嘩を買うようなことを言った。彼は、水の魔法家のヴァッサー家の分家の出身で、ここに集結した生徒たちの代表格だった。分家とはいえ身分が高く、伯爵の位を持っていたりする。優秀なんだけど、こうやって平民を下に見るのでトラブルが絶えないらしい。
「学生が大口を叩きおって! 敵は高位闇魔という話もあるのだぞ! 学生ごときが援軍に来たとしてなんになるというのだ! せいぜい、逃げかえることしかできんだろう! お前たちなどあてになるものか!」
冒険者のおじさんの言う通り、見つけたのは高位の闇魔もいたという話がある。水の四天王のランドルフの右腕、カサンドラ。隠ぺいと探索に長けた高位闇魔が現われたという情報もあるのだ。
「スヴェン君。いい加減にしないか! 彼は高名な冒険者なのだぞ! 我々の闇魔探索に力を貸してくれたのだ。平民とはいえ、きちんとした専門家だ。あまり失礼な口を聞くのは感心せんな」
そう言って窘めたのは、私たちの担任のエッボ先生だった。フランメ家に古くから仕える貴族で、やはり火魔法に強い適正がある。他の魔術の適性もかなり強いとのことだ。まあ私にとっては追試の時なんかに、さりげなく出題される問題を教えてくれたりして、けっこう印象がいいんだよね。
そんな先生だけど、万が一カサンドラが現われたらと思うと不安で仕方がない。友人のリンダも同じように思ったようで、そっと不安を漏らした。
「カサンドラが来たというのなら私たちで何とかなるの? 確かそいつ、アンタの領に現れたヨルダンと同じくらい強いって話よね? 私たち学生に何とかなる相手じゃないと思うけど」
そんな私たちに、オイゲンが安心させるように胸を張った。
「この地で動いているのは我々だけではありません。王都の騎士団や魔術隊も、捜索に加わっているのです。カサンドラを見つけたら、我々は王都の魔術隊に知らせるだけでいい。見つけたら、私たちがしっかり時間を稼ぐので大丈夫ですよ。それに位置を知らせる魔法は、我々南の魔術師なら当然のように身に着けていますからな」
私が不安を感じながらも頷いた。不安そうな顔を隠せない私たちに対し、オイゲンの言葉に激しく同意する生徒が現われた。
「そうですわ。水のカサンドラに対抗すべく、この隊には私も同行させていただいておりますの。水に強い土の魔導士なら、この状況で時間を稼ぐことくらいできるはずですからね」
自信満々に答えるその女生徒は、上位クラスのクリスタさんだ。彼女は露出度の高いローブを着ていて、正直目のやり場に困る。話では、あこがれの人に近づくためにそんな服装をしているらしいけど、派手な服装からは信じられないくらい真面目なんだよね。
「ではこの辺りでいいでしょう。行きますわよ! フィーデン!」
クリスタさんが探索用の風魔法を上空に向かって放った。この人、一番得意なのは土魔法みたいだけど、こうやって風魔法も使えるんだよね。器用というかなんというか・・・。
クリスタさんは戻ってきた風魔法を分析すると、そのまま手の平を見つめていた。
「うん。この周辺には闇魔はいないようですわね。先へ進みましょう。スヴェン! じゃれてないで行くわよ!」
そう言うとすたすたと前に進んでいく。
「お、おい! クリスタ! 勝手に進むな!」
どんどん先に進むクリスタさんを、スヴェンは慌てて追いかける。そんな彼の背中を、冒険者のおじさんがあきれたように見つめていた。
◆◆◆◆
300歩ほど歩いたところでのことだった。
「ここも違う、か。やっぱりこの辺りにはいないのではなくて?」
探索魔法を使ったクリスタさんが疲れたような声を上げた。まあ他の部隊も探索しているようだし、簡単に見つけられるもんじゃないよね。
どこか疲れたように言うクリスタさんを見て、スヴェンがあきれたような声を上げた。
「はっ! お前、見落としたんじゃないのか? 風魔法はお前の専門じゃないんだろう?」
その言葉にクリスタさんは顔を赤くした。腐っても上位クラス、それも戦闘を任せられるほど強いんだから、そんな言い方したら怒っちゃうよ!
「わ、私の魔法が頼りないとでも言いたいのですの!? 確かに風魔法は私の専門じゃないけど、これまでだってこの魔法で魔物を見つけてきたんですから! そんなに言うなら、スヴェンがやってみたらいいんです!」
そう言ってクリスタさんはそっぽを向いた。
「お、おい! 悪かったよ! だが専門外の魔法ならミスることだってあるだろうが。オレはあくまで慎重にやってほしいってだけでなあ。おい!聞いているのか!?」
スヴェンが慌てて言いつくろうが、クリスタさんは明後日の方向を向いたままだ。スヴェンはどうしようもなくなって頭を掻き、溜息を吐くと私たちに声をかけた。
「おい! 中位クラスの連中で探索魔法を使える奴はいないか? いるんならちょっと試してくれ! オレは風魔法は苦手でな」
その言葉にあきれたのが冒険者のおじさんだ。
「なんだお前。偉そうに言って探索魔法は使えんのか。貴族のくせにそんなこともできんのか?」
スヴェンは顔をしかめながら言い訳をした。
「使えないことはない。だがクリスタと比べて精度が足りないんだよ! 万が一見落としたら問題だろうが!」
スヴェンがぎゃあぎゃあと喚いている。上位クラスの他の2人も風魔法は苦手なようで、困ったような表情になっている。
「それにクリスタの魔法だって限りがある。コイツの魔力が枯渇しちまったらいざというとき逃げられなくなるだろうが! おい! 中位クラスの奴! どうなんだ! 風魔法が得意な奴はいないのか!」
私たちは顔を見合わせた。
「オレは無理だ! 風に関する資質は低いからな」
「私も。水なら多少は使えるけど、風の資質はない。ちょっと探索するのは難しそうよ」
オイゲンもフェーベも風魔法は得意ではないようだ。リンダもそっと首を振った。
私は当然のことながら風魔法は使えない。こうなったらクリスタさんかエッボ先生に頑張ってもらうしか・・・。でもエッボ先生はあくまでいざというときのための戦力であって、こういう時は私たちがやらなきゃなんだよね。スヴェンじゃないけど、エッボ先生の魔法は闇魔とかち合ったとき用に取っておいてほしいし。
「あ。でも探索って言えば」
私は思わずつぶやいた。一応、私の火魔法で結界を張れば探索も可能なはずだ。一瞬だけならある程度の距離は探知できるし。
「なんだ? なんか手があるのか? じゃあお前がやれよ」
「スヴェン! そんな言い方! でも、やれるならお願いしたいわ。私の魔力にも限りがあるし」
うっ、スヴェンはともかく、クリスタさんにそう言われたら何かしてあげたいような気分になるんだよね。
◆◆◆◆
私たちは警戒しながら歩いた。そして500歩ほど歩いたとき、スヴェンが立ち止まってこっちを見た、
「この辺りでいいだろう。次の探索魔法は任せたぞ」
「じゃあラーレさん。悪いけど、お願いできるかな」
うう。二人に頼まれたらやらないわけにはいかない。
中位クラスと上位クラスの差は結構大きい。こう言われたらやらざるを得ない気分になるんだよね。
「姫、難しいならここは断っては?」
「そうよ。アンタがやることはない。エッボ先生もいるんだし、ここは任せちゃったら?」
フェーベとリンダが心配そうに言うけど、ここまで来たらやらないわけにはなぁ。
「私の魔法だとせいぜいで300歩くらいしか分からないんだけど。見つけたとしても敵にばれちゃうと思うし」
私はそう断りを入れるが、スヴェンは喉を鳴らす。
「はっ! いいからやれよ! どうせ、探索魔法でも闇魔に気づかれちまうんだ。そんなに変わんねえよ」
スヴェンの言葉に、私は覚悟を決めた。ここは、私がやるしかなさそうだった。
「ね、ねえラーレ。アンタ、火魔法以外は使えないはずじゃなかったっけ? 本当に探知なんかできるの?」
「姫が風魔法を使えるとは初耳です。拝見できて光栄の限りです」
リンダは慌てたように、オイゲンは誇らしげに言った。でも、私は風魔法を使えるわけじゃないんだよね。
「いや、風魔法じゃなくてね。まあいいか。行きます」
そう言って、右手から火の魔力を解き放った。
赤い波動が一瞬であたりに充満し、そしてあたりに広がっていく。
「なっ! こ、これは火魔法だと!? なんて濃さだ! こんなもの初めて見たぞ!」
「ひ、火の魔力! いやでも熱くない! こんなに多いのに熱を全然感じないぞ!」
エッボ先生とスヴェンが驚いたように話した。クリスタもオイゲンたちもぎょっとしたような顔になっている。
まあ、おじい様仕込みの結界なら探索魔法の代わりになるはずだよね。一瞬だけなら広範囲にまき散らすこともできるし。
でもその時だった。前方に、私の魔力が何かを察知した。これは、水の魔力! 魔力ある存在が、この先にいるっていうの?
「気を付けて! この先になんかいる! 水の魔力を持つ何かが、この先200歩のところに潜んでいる!」
みんなが緊張した顔で私の差す方向を見上げていた。
誰かがごくりと戻を鳴らした。
「!? なに!? 何かが近づいてくる!」
フェーベが叫んだ。
そして沈黙を打ち破るように、前の茂みから何かが高速で向かってきたのだ!
「くっ! これは水魔法!? ってことは、やっぱり!」
スヴェンが叫びながら防御魔法を展開した。
「うおおおおおお!」
同時にオイゲンが盾を構えて前に立った。エラやミリたち護衛も、私たちをかばうように前に動き出しだ。
水の球が私たちのところに雨のように降り注いだ!
「くっ! 強い!」
オイゲンが何とか盾で防ぐが、じわりじわりと下がってしまう。オイゲンはクルーゲ流の技をかなり習得しているはずなのに、こんなに簡単に押されるなんて!
「やあ!」
ミラとミリが剣を振って水の球を叩き落としている。ダクマーが教えた身体強化で、闇魔の水の球を見事に撃ち落としたのだ。
「うわっ!なにをする!」
スヴェンは何かに押されたようにしりもちをついたようだった。
驚いてそちらを見ると、血まみれなった冒険者のおじさんが、スヴェンを守るように立ちふさがっていた。
「お、おい・・・。平民が・・、なんで私をかばって・・・」
どうやら冒険者のおじさんは、スヴェンを突き飛ばして水弾から守ったらしい。
てか、スヴェンは魔法で水の弾をガードしようとしてたよね? 水弾は、スヴェンの魔力障壁をあっさり貫いたってこと?
「ぐっ! 全員、戦闘態勢を取れ! 闇魔が現われたぞ!」
冒険者のおじさんは、傷口を抑えながらそれでも全員に警告した。
そしてあたりを見渡した次の瞬間、どこかからか若い女がはしゃぐような声が聞こえてきたのだ!
「きゃははははは! 平民のくせに、貴族を守るとは面白い! だが、命は取らせてもらうよ! 安心しな! お前が守った貴族はわたしがおいしくいただかせてもらうからさぁ!」
その声の方向を全員が睨みつけた。
「くそ・・・・! こんなところに居やがったのかよ!」
そこにいたのは青い髪と水色の目をした妙齢の女性――。女性だけど引き締まった体をしている。
「あいつ、伝わっている通りの外見なのね。100年前からずっと私たちを苦しめている闇魔ーー」
リンダがごくりと喉を鳴らした。
相手は有名な闇魔だった。何人もの貴族があいつに挑み、その命を散らしたと聞いている。
水の闇魔のカサンドラが、私たちを襲ってきたのだ!