第181話 学園に響くワーネンの音
卒業式を間近に控えたある日のことだった。
教室で授業を受けていると、いきなりサイレンのような音が響き渡った。あまりの音量に、教室中が騒がしくなる。
「これってワーネンの音ですよね? 私、初めてです! 何か異常事態でもあったのでしょうか?」
ドロテーさんの声を聴いて私は思い出した。
この音は、確かに小さいころに聞いたワーネンの音だ。非常事態を知らせるサイレンみたいな魔道具で、あの時は武具持ちの闇魔が近隣領に現れて大変だったんだ。その音が響き渡るなんて、王都で何かが起こったということなの!?
「みんな! 静かにしろ! 先生はちょっと様子を見てくる。クリストフ! クラスをまとめておけ! 決して勝手なことをするんじゃないぞ!」
そう言ってガスパー先生は私を一瞥すると、急いで教室を出ていった。
◆◆◆◆
ガスパー先生が去っていった教室ではひそひそ声が至る所で発生していた。
「ダクマーさん。私、ワーネンの音って初めて聞きました。何かちょっと怖いです」
私の後ろの席からドロテーさんが話しかけてきた。
「ワーネンの声を聴いたのはこれで2回目ね。1回目は武具持ちの闇魔が他領に侵入してきて大変だったんだ。それに匹敵する事態が起きたってことかな」
マーヤさんもその時のことを思い出したのか、青い顔で答えてくれた。
「あのときは、かなりの数のオークが侵入してきたって話ですよね? ビューロウの星持ちのおかげで何とか撃退で来たって話ですが、今回はどうなんでしょう? おそらく、王都の守備隊や冒険者が対処すると思いますけど・・・」
そういや、あの時ってアメリーが大活躍だったんだよね? まあ、王都には精強な守備隊がいるし、冒険者も大勢待機している。前と違って、私たちの出番はないはずだけど・・・。
そんな話をしていると、教室にガスパー先生が戻ってきた。そして教壇に立つと、私たちに静かにするよう言い聞かせてきた。
「みんな落ち着いて聞いてくれ。王都に数体の闇魔が侵入してきたらしい。敵の中には高位闇魔の姿も確認されている。魔物の数も相当数いるようだ」
生徒たちにどよめきが広がった。生徒同士が話す声がいろんな場所から聞こえてくるけど・・・。
ガスパー先生が片手を上げると、一瞬でどよめきが収まった。
「王都の守備隊や王城の兵士が鎮圧に向かっている。だが敵は多方面に展開していて、この学園に向かっている一団もあるみたいだ。もしかしたら、君たちにも出撃が命じられるかもしれない」
ガスパー先生がなぜか私のほうを見た。気のせいだと思いたいが、恐らくそう言うことなのだろう。そして何事もなかったかのように話を続けた。
「とりあえず、今日はこのまま解散とする。家や寮までは護衛が着くことになる。我々教員陣にも、いろいろやることがあるからな。みんなは今日は帰宅して準備をしておくように。逃げるにしろ戦うにしろ、準備は必要だからな」
ガスパー先生の言葉に、生徒たちは動揺しながらも帰宅準備を進めるのだった。
私も帰宅準備を開始する。早く帰れてラッキーなはずだけど、楽しんでいる様子の生徒はいない。みんなどこか、不安そうな顔をしている。
そん中で、ガスパー先生が私のところに近づいてきた。
「ダクマー。すまん。ちょっと話がある」
やっぱり来たかー、というのが感想だった。一応これでも闇魔の四天王を倒しているから、この危機に呼び出されないわけはないよね。
私とガスパー先生は教室の隅の方へと移動した。残っている生徒は興味深そうにこっちを見ているけど、ガスパー先生は気にせず、しかし声を顰めながら話してくれた。
「この戦いに対処するために学生からも戦力を募ることになった。3年と、1,2年に分かれて隊を作る。合同軍は星持ちの3人と君を中心とした編成が組まれることになったんだ」
2年の星持ちって言うとヴァンダ先輩か。1年はマリウスと、あと一人。もう一人の星持ちって誰だっけ?
「2年はヴァンダ君を中心に、フェリクス君、そして君の従兄弟のホルスト君が決まった。あとはクルーゲ流を学んだアンスガーが来る予定だ」
あ、ヴァンダ先輩やフェリクス先輩たちに加えてホルストも参戦するのか。ホルストって、学園ではまだ魔法使いってみなされてるよね? それなのに呼ばれるなんて、一体どうするつもりなのだろうか。
「そして1年はマリウス君を筆頭に、君とハイデマリー君が参戦する。探索用にギルベルト君もくるみたいだ。悪いが、これからすぐに集まってほしい」
◆◆◆◆
体育館にいくと、そこには他の人がすでに集まっていた。2年生の生徒たちに、マリウスたち上位クラスの面々だ。驚いたことに、コルドゥラたち護衛もこの場に集結していた。
「今回は、護衛たちも参加するんだね。それじゃあ、私たちの出番はあんまりないのかな?」
私はそうつぶやいたけど、フェリクス先輩が否定した。
「それはないだろうな。護衛がいるとはいえ、オレ達はおそらく闇魔と戦うことになる。王都の守備隊や冒険者では、闇魔に対抗することができないだろうからな。優秀な護衛とはいえ、闇魔と戦えるのは貴族の役目だ」
まあそうか。私がナターナエルを倒したのは100年ぶりって話だし、魔力の少ない平民が戦うのは難しいのかもしれない。
「しかし解せんな。北にいるはずの闇魔がこの地に現れるなんてな」
フェリクス先輩が腕を組みながらつぶやくと、マリウスも同意した。
「ええ。おかしいんです。王族の地脈制御装置があるこの地では、高位闇魔ほど、動きが制限されるはずだ。補給なしでここまで来れるはずがない。来たとしたら、相当の犠牲者が出ているはずなんですが・・・」
背筋に悪寒が走った。
闇魔がこの地で活動するには2つの方法しかない。地脈やスポットから定期的に魔力を吸収するか、もしくは人間から魔力を奪うか。前者の場合、スポットを見つけ続けるのは難しい。地脈から魔力を吸収するのは、制御装置があるから難しいはずだ。制御装置のまわりに闇魔が侵入すれば王都が分かるらしいからね。でも、その地脈を担当の貴族が協力すれば誰にも気づかれずに闇魔に魔力を提供できる方法があるらしい。でも、それを行うということは相応の技術を持つ貴族に裏切り者が出たということなんだ。
後者の場合はかなり残酷な話になる。闇魔に魔力を奪われた相手はほとんどの場合死んでしまうし、高位の闇魔なら必要な魔力は大きくなる。犠牲者は平民一人二人では全然足りないのだ。もしかしたら、魔力量の多い貴族がかなり犠牲になったのかもしれない。どちらにしても、大変なことになっているのは間違いないのだ。
「裏切者、か。確かに落ち目の貴族には、闇魔と繋がるケースもあるかもしれない。闇魔に敵対する当主を倒してもらって、お家を乗っ取るとかね。でも、あの邪悪な生き物にそんなの通用するかしら?」
ハイデマリーが考え込みながらつぶやいた。
いやでも、情報がどこから漏れたかとかは気になるよね。エレオノーラたちがうちの領に来たって情報がどこかから漏れてたみたいだし。
「まあとにかく、俺達はこの地をしっかり守ろう。3年はもう王城に向かったらしいぞ。王都の北に集まっている魔物どもを殲滅するらしい」
ここにいない3年生はすでに出発していたらしい。3年生って卒業間近なのにこんな事態に巻き込まれるなんて大変だよね。そう言えば、3年生は誰が参加するのかな?
「ちなみに3年生って、誰が向かってるんです? 私、3年生の知り合いってほどんどいないんですよね」
マリウスは驚いたような顔をして私の疑問に答えてくれた。
「聞いていないのか。3年生は上級クラスと中級クラスから合計8人が参加しているらしい。中位クラスには君の従姉のラーレさんもいる。彼女はこれまで目立った活躍をしていないが、この前の君の試合を鑑みて、参加することが決まったみたいなんだ」