第179話 オリヴァーとの模擬戦
ガスパー先生にオリヴァーのことを相談したら、あれよあれよといううちに、私とオリヴァーの模擬戦が決まった。まずはオリヴァーの実力を見るという話らしいが、どうしてこうなった?
さっそく道場に向かった。そして、道場を見て驚いた。だって、ガスパー先生だけじゃなく、ゲラルト先生や他の先生たちも勢ぞろいしていたのだ。炎を担当する南出身の教師もいるし、あのレオンハルト学園長の姿まである。
「え? どゆこと? 3学期って卒業を控えているから教師陣は忙しいんじゃないの? なんでみんな集まってるの?」
私の疑問に答えたのは、土魔法を教えているセクシーな女教師、ルイーゼ先生だ。
「だって、帝国の土魔法を見せてもらえるんでしょう? 今までは秘術だったから聞けなかったけど、それを公開してくれるなら来ないわけにはいかないわ。私なんて、テストの採点ほっぽり出してきちゃったんだから」
いや採点ほっぽり出してきちゃダメでしょう? 私が助けを求めるようにガスパー先生を見ると、なんかいい笑顔で頷かれた。
「みんな土魔法にも帝国式斧術にも興味津々なんだよ。もちろん、君の無属性魔法にもね。2人の戦いは、これからの戦いを変えるかもしれない。今日見学を許されたのは教師陣だけだが、ゆくゆくは生徒たちにも君たちの技術を教えてほしい。もちろん、教えられるところまででいいからな」
ガスパー先生の言葉に続いたのはレオンハルト先生だった。
「まああれだ。君は剣術の授業の時に身体強化を教えているそうだし、ビューロウ家の当主からも許可はもらっている。オリヴァーは平民だから、彼自身が当主と言ってもいいはずだ。まずはこの模擬戦で君たちの力を見せてほしい。私たちが納得したら、君たちの技を後進に伝えようという話になったんだ」
あの爺! 勝手なこと言ってくれちゃって!
「一度は閉鎖された斧術だが、今は事情が変わった。平民の生徒も増えたし、オリヴァーの姿を見て学びたいという者もいるかもしれない。そのためには 私たちが有用だと認める必要があるのだ」
私は対戦相手のオリヴァーを見た。オリヴァーは困ったような顔をしながら頭を掻いていた。
「私はできるなら私の技術をみんなに伝えたい。私はひとりものだから、このままじゃあ帝国式の武術が途絶えてしまいます。そのために先生たちに力を示す必要があるなら模擬戦でもなんでもやってみたいと思う。ダクマー先生の力も肌で感じたいですし。だめでしたか?」
くっ、おじい様の許可があるなら断りづらいんですけど! オリヴァーは公開処刑を見に来ていなかったらしく、無属性魔法でどんなことをできるか知らないらしい。
私はあきらめたようにため息を吐くと、木刀を構えた。
「しょうがない。ビューロウの狼の力、見せてあげようじゃない! オリヴァー、覚悟は良い?」
木製の戦斧を構えてオリヴァーが獰猛に笑った。
「望むところだ! 私の力、解くとご覧いただきたい!」
ちなみに観戦者は、エレオノーラとラーレをはじめ、ギルベルトやマリウスまでいる。オティーリエも強制参加にさせられたみたいだ。みんな私の関係者だからしょうがないけど、ちょっと納得いかない。私は見世物じゃないんですけど!
「でははじめ!」
審判を買って出てくれたゲラルト先生が模擬戦の始まりを告げた。
「どらあああああああああ!」
オリヴァーが叫び声をあげた。次の瞬間には黄色い魔力が全身を包んだのが分かる。あれば土魔法!? 前は身体強化の魔法を使っていたけど、今回は手動で魔力を操るみたいだった。
土の魔力による身体強化は確実にオリヴァーの力を高めているし、魔力量も問題ないように見える。子爵級? いや伯爵と言っていいくらいだ。
「行きます!」
オリバーは戦斧を振るって突進してきた! 私は木刀で防御するが、その威力に驚く。腕力と魔力が十分にある、いい一撃だった。
「やるね! でもそれだけじゃあ、私には通じないよ!」
渾身の一撃を木刀で簡単に受け止めた私に、オリヴァーは目を見開いた。
「まるで岩を叩いたかのようだ。私の一撃が全く通じないとは!」
オリヴァーの腕力と身体強化は確かにすごい。でも、体の内部までしっかり強化した私には、それだけじゃあ通用しない!
「次はこちらの番だね! いくよ!」
私は木刀を素早く振るった。オリヴァーは体をそらして何とか躱すが、その速さに驚きを隠せない。
「くっ! 体格や筋力はこちらの方が上なのに、私より確実に速い!」
普通は筋力があるほうが素早く動けるものなんだけどね。でも、魔力を使って体の内外を強化することで、筋力量の少ない私でもオリヴァーを圧倒できるんだ!
「ダクマー様、さすがです! あなたほどの相手に、秘術を使わないのは失礼かもしれませんね」
そう言うと同時に、左手を前に出した。そして濃い黄色と薄い青色の魔力を展開したのだ。
「デュール・ケッテ!」
魔力を展開すると、オリヴァーの左腕から幾多の鎖が発射された!
そのあまりの速さに、私は避けることはできなかった。あっという間に、私の右腕に幾多の鎖が絡みついた。
「これは、土魔法の鎖!? 私を拘束したつもりか!」
私は無属性魔法を鎖に向かって放った。私の魔力は、オリヴァーの鎖を破壊する。だが、一度壊れたはずの鎖は瞬く間に修復される。なんで!?
「無駄です! 私の鎖は、魔力で簡単に壊すことはできません! 壊れてもすぐに治すことができるのですから!」
オリヴァーがにやりと笑った。鎖に目を凝らすと、オリヴァーから鎖に大量の魔力が流れているのが見えた。
くっ、やる! オリヴァーの秘術は強い鎖を作り出すだけじゃない! 壊れても水魔法で瞬時に修復することができるのか! 確かにこれって秘儀だよね! しかも、土と水の複合魔法だし!
私の無属性魔法は確かに相手の魔力を破壊できるけど、永続的にダメージを与えることはできない。一瞬強い力を発揮できるけど、持続力がないのだ。
「そうか。薄い水の魔力で、鎖のダメージを癒しているのね。魔力が薄くとも、鎖の隅々にまで行き渡らせれば鎖が壊されても瞬く間に修復できる。強力な土と薄い水を組み合わせることでこんなことができるなんて」
ルイーゼ先生がつぶやいた。さすが魔法の専門家! あっさりとオリヴァーの魔法を見破ったみたいだ。
正直、オリヴァーに右腕を拘束されたのは痛い。持っている木刀ごと拘束されたので、攻撃に移ることはできないのだ。おまけにオリヴァーの右手には武器がある。圧倒的に不利な状況に、思わず冷や汗が流れた。
「ダクマー様! 今回は私の勝ちです!」
オリヴァーは左の鎖を引いて私を引き寄せ、右手の斧で私攻撃してきた!
つんのめりそうになった私を見て、オリヴァーの顔が勝利にゆるんだ。
でも甘い!
「まだまだ!」
私は左手で脇差を抜いてオリヴァーの一撃を止めた。
「なっ! 左手一本で私の一撃を止めるなんて!」
オリヴァーは強い。利き腕を武器ごと封じられた私に勝ち目がないように見えたかもしれない。でも私には体の内外を強化できる無属性魔法がある!
「たとえ左手一本でも、負けることはない!」
私がニヤリと笑うと、オリヴァーの表情に焦りが見えた。
笑いながら戦闘を続けようとする私たちを、審判のゲラルト先生が慌てて止めた。
「そこまでだ! 二人の力はよくわかった。それぞれの弱点もな。もういいだろう」
ちっ、いいところなのに! 私が不満そうな顔をすると、ゲラルト先生が汗を拭いながら答えてくれた。
「ダクマー。これ以上やったら、魔力障壁があるとはいえ、どちらかが怪我をするのは避けられない。それに、これまでの戦いでお互いの強化点は見えただろう?」
くっ! 物足りないけどゲラルト先生の言う通りだ。
「そうですね。私は油断からか、簡単に腕を拘束されてしまいました。オリヴァーは、悪いけど身体強化がまだまだですね。でも、せっかく水魔法を薄めているんだから、内部強化を使えるようになったら、もっと強くなるはずです」
私の言葉に、オリヴァーが荒い息を吐きながら頷くのが見えた。
「正直、身体強化にここまでの差があるとは思いませんでした。私の一撃は、左手一本で簡単に止められてしまった。やはり、今のままでは闇魔を倒すことはできないのですね」
課題が見えたオリヴァーは、悔しげだがどこか納得したような、すっきりした顔をしていた。
「私も。うかつに近づくと、簡単に利き腕を拘束されてしまうのが分かったよ。魔力で簡単に破壊できるかと思ったけどすぐに修復されちゃったし。他の人との模擬戦だと、無属性魔法で簡単に拘束をほどくことができたから油断してたのかもしれない。もっとちゃんと相手を見ないとね」
そう反省する私に、オリヴァーはもう一度、頭を下げた。
「ダクマー様の身体強化がいかに優れているか、よく分かりました。そしてお願いします。私に、身体強化を教えていただけないでしょうか。私は一刻も早く強くなって、北の仲間たちを救いに行きたいのです」
私はもう一度オリヴァーを見た。
彼には立派な体格と膂力、そして詳細な魔力制御の腕がある。これに、体の内外を強化する魔力が加わったら・・・。
ちょっと楽しみかもしれない。
「うん。オリヴァーは鎖の魔法を使うとき、薄くした水の魔法を展開したよね? あれを利用すれば、体の内部強化も実現できると思うよ。引き分けた癖に、って思うかもしれないけど、私から見たらオリヴァーの身体強化にはまだ改善点があると思う。それを教えるから、しっかり鍛えてね! でも、次に勝つのは私だからね!」