第175話 ハイデマリーとの会談
ある日、ラーレはフランメ家に呼び出された。放課後に次期当主と目されているハイデマリーが話したいらしい。私はラーレに連れられて談話室を訪れていた。
「しっかし、ハイデマリーが何の用だろうね。今さらフランメ家と話すことなんてなくない?」
私がラーレにぼやくと、ラーレも不思議そうな顔をしていた。
「いやマリーが話しかけてくることは前からあったのよ。でもデニスが言った通り、あの公開処刑のあとから本格的に私を取り込もうとしてきたのを感じるの。いつも隅っこにいる私なんて全く相手にしてなかったはずなんだけどね」
え? マリーって、ハイデマリーのことなの? あいつがラーレとよく話すなんて初めて聞いたんだけど!
詳しく話を聞こうとしたそのとき、談話室のドアをノックする音が聞こえた。私たちは緊張する。フランメ家は侯爵の位を持っており、私たちからすると各上だ。いつも公爵家のエレオノーラと付き合いがあるからとはいえ、決して無視できる存在ではないのだ。
「ど、どうぞ」
ラーレが返事をすると、「失礼いたします」と丁寧に挨拶する声が聞こえた。ハイデマリーとオイゲン、そして2人の女子生徒が入室してきたのだ。こいつら、フランメ家の関係者だね。
ハイデマリーはラーレを見て笑顔になるが、隣に私がいるのが分かると一気に顔を曇らせた。
「あら、ラーレ様とお話ししたかったのに、野蛮なビューロウの娘もいるのね。もういいから、ちょっと遠慮してくださる?」
いきなり出て行けとはご挨拶だよね! でもラーレは顔を引きつらせながらも気丈に答えた。
「マリー、ダクマーは私の妹みたいなものなの。彼女に聞かせられないという話なら、ビューロウ家の一員として私も聞くわけにはいかないわ。私もビューロウ家の貴族だからね」
ハイデマリーは忌々し気な目で私を睨むと、「しょうがないですわね」とつぶやくと、ラーレに向き直った。
「ラーレお姉さま。いえ、あえてルートお姉さまと呼ばせていただきます。ルートお姉様、どうか当家にお越しください。エルネスタ様の血を引く貴方様を、当家は炎の巫女として受け入れたいと考えております。これは当家全体の意志でございます。我が家の当主から直々に挨拶させていただきますので、どうか我が家にお越しいただけないでしょうか」
ハイデマリー様は丁寧に頭を下げた。オイゲンたちもそれに続いている。え? 炎の巫女ってどういうこと? あの魔法を取り込まれるのかと思ったが、まさかラーレを巫女とやらにしたいだなんて・・・。それにルートって何? そもそも炎の巫女って何なのさ!?
「え、あの、ちょっと訳が分からないんだけど。炎の巫女ってたしか、フランメ家や南の象徴みたいな存在よね? いくら私がエルネスタおばあ様の血を引いているからと言って、ちょっと信じられない話だよ」
ラーレも寝耳に水で、面食らった様子だ。正直、冗談でもあり得ない話だと思う。だがハイデマリーはそんな私たちを見ても真剣な顔を崩さない。
「いえ、これは正式な依頼なのです。先のナターナエルとの戦いで、ルートお姉様が炎に深く愛されていることが分かりました。ナターナエルの炎に傷一つつかなかったのがその証です。炎の巫女には全面的に従うのが、我が家の教訓なのです。面倒な政治などの話は私共でやりますから、どうか!」
しつこく言い募ってきたハイデマリーを見て、私は不機嫌になる。
「ラーレはラーレだよ! ルートなんかじゃない! だいたい、なんで名前まで変えようとするのさ!」
反論する私を、ハイデマリー様は憎悪でも籠っているかのような目で睨んできた!
え、ちょっと怖いんだけど!
「黙れ! ビューロウの小娘が! 貴様ごときが侯爵家の話し合いに口を出すな! まったく、ビューロウはどんな教育をしているのか」
ぴしゃりと言い放つハイデマリー。ラーレと私だと全く態度が違う。ラーレには優しい声なのに、私にはいつも以上に冷たい態度で接してくる。私、なんかした?
「ごめん。そもそもルートってなんなの? 私は祖母からもらったラーレと言う名がある。決してルートと言う名前ではないのよ」
ラーレも否定する。もっと言ってやって!
ハイデマリーはラーレの手首の魔道具を指さした。
「ラーレ様は、火の魔力過多でいらっしゃいますね。その手首の魔道具を見るに、ずいぶんと苦労されたのでしょう。これは我が家の秘儀にもかかわることですが、名前には力があります。我が家で儀式を行って定めた名で呼ばれるようになると、炎を制御しやすくなるのです。なので、我が家の当主が定めたルートと言う名で呼ぶことで、火の暴走を防ぐ効果があるのです」
確かにラーレは魔力過多で、火の魔法が暴走しないよう、ずっと気を付けてきた。でも、昔と違って首輪なしでも魔力を制御できるようになったし、今更名前をもらっても仕方ないと思うんだけど。
「口惜しいことに、ルート様はビューロウの後継とは認められていない様子。私たちフランメ家は、ルート様にふさわしい地位を用意いたします。どうか、炎の巫女としてわれらをお導きください」
ハイデマリーが頭を下げると、オイゲンたちもそれに続く。この人たち、本気なの? てか、炎の巫女ってなんなのさ! そんなに力のある存在なの!?