第173話 ライムントに絡まれる
一日の授業が終わり、部屋に帰るころには私はへとへとになっていた。カリーナが作ってくれた夕食を、死んだような目で口に運ぶ。ラーレも心なしか、元気がないように見える。
「もう、お二人ともしっかりしてください! 今週は始まったばかりなんですよ。初日からそんな感じでどうするんです!」
カリーナが私を叱咤するけど、急にみんなの反応が変わって戸惑ってるんだよー。ラーレも疲れた様子で返事をする。
「今までクラスで存在感はなかったし、しつこく話しかけてくる人もいたけど、普通だったはずなのに。なんかしんないけど、フランメ家の連中なんか、私のことを姫とか呼び出して、やたらかまってくるのよ。正直、対応が変わりすぎて怖い。何だよ、姫って」
姫? ラーレが姫!? ここにきて影姫復活なの?
あんまりな事態に、私は思わずお茶を吹き出した。
「ちょっ、やめてよ! 汚いわよ!」
ラーレがお茶を大げさに避けながら文句を言う。でも姫って!
「影姫なんて大々的に言い出すなんて、フランメの奴ら、どういうつもりなの? 炎の秘儀を使ったから? 火の家として取り込むつもりなのかな。でもあの魔法って、おじい様から授かったものなんだよね?」
確かに貴族の子女を姫と読んで特別扱いする家もある。だけど私たちは今までそんな扱いされたことはないし、多分これからもないだろう。おじい様って、けっこうスパルタだしね。
「詳しくは分からないけど、この間の戦闘と、私たちがおばあさまの孫ってことが関係あるみたい。ほら、私たちのおばあ様って、フランメ家の本家から嫁いできたって話じゃない?」
おばあさまは私が小さいときに亡くなったんだよね。おじい様は月命日になるとお墓がある方向にお祈りを捧げていて、私たちもそれに付き合わされていた。おじい様って、おばあ様のこと、大切に思っているんだなぁって印象だ。でも今はフランメ家とうちは超絶仲が悪かったりする。なんか、おじい様が手紙を送っても送り返されたりしているみたいなんだ。
「今はフランメ家とビューロウ家は断交してるよね? それなのに、ラーレにコンタクトを取ろうっての? それ、変だよ!」
ラーレも疑問を感じている様子だった。
「うん。今まではマリーと同じクラスのオイゲンくらいしか話しかけてこなかったんだけど、今は南全体が私にかまってくるんだよね。なんか、フランメ家のご当主に会ってほしいとか言ってるけど、怖いし会いたくない。こっちは当主の許可がないと会えないって躱してるんだけど、全然引いてくれないのよ。なんか迫害されているんだろうとか言われてるけど、私はビューロウ家の秘術を授かってる身だし、それを指摘すると一応引いてはくれるんだけどね」
貴族家にとって、秘術は門外不出の特別なものだ。どんなにしつこく聞かれても答えるわけにはいかない。まあ私は秘伝書の内容を剣術の授業で教えたりしているけど、それだって当主であるおじい様の許可があるからできることだ。私たちの判断で勝手に教えていいもんじゃない。
「あの魔法、闇魔とか魔物に効果絶大だからね。フランメ家の人たちも、効果を目撃して気づいたんだと思う。火の大家のフランメ家としては、絶対に確保したい魔法なのかも。ちょっとラーレ、これはまずいんじゃない? マリーって誰かは知らないけど、親しいからって油断できないよね。気を付けてね」
ラーレはめんどくさそうな表情をすると、私を睨んだ。
「アンタもね。四天王を倒した英雄を取り込もうと思ってる貴族家は多いはずだからね。変な縁談とか組まされないよう、せいぜい気をつけなさいよ。かっこいい人に声を掛けられたからって、ついていっちゃだめだからね」
ラーレは私を何だと思ってるんだ! 知らない人に付いていったりするわけないじゃない!
◆◆◆◆
「ふっ、ビューロウ家の娘よ。光栄に思うがいい。お前を側室として迎えてやっても構わないぞ。王家による縁談だ。心から感謝して受けるがいい」
次の日、学園の廊下でライムントに声を掛けられた。
いくらなんでも、これはない。私は青筋を立てて反論した。
「お断りします。ロレーヌ家をないがしろにする方と親交を持つ気はありません。どうか、他の方に言ってあげてください。では」
私はスルーして次の教室に向かおうとしたが、取り巻きの一人が行く手を塞いだ。新しい取り巻きのようだが、マルティンのように強いようには見えない。初めて見る顔で、おそらく中央の貴族の一人で南の貴族もいなくなっているようだ。
私は男を睨む。私のことを知らなかったのか、私の殺気に押され、「ひぃ」と悲鳴を上げて飛びのいた。
「失礼。次の授業がありますので」
私は一礼してその場を去ろうとするが、ライムントが顔を赤くして私に叫んだ。
「まて! 王族の私に逆らうとは無礼な! 高々貴族の子女のお前が私に歯向かうのか! 這いつくばって謝罪しろ! 貴様も、ロレーヌも、何様のつもりだ!」
やっぱり親子だからか、第一王子と反応が似ている気がする。醜く叫び続けるライムントを冷たい目で見ながら、私は答えた。
「学園長から、他の王族に何か言われたときは報告するよう言われております。何か御用があるようでしたら、学園長に言ってください」
ライムントは正直、もう終わった人間だ。貴族も平民もないがしろにし続けた男なんて、誰も相手にしないだろう。でも、そのことに本人は気づいていない。忠告してくれる人を本人が遠ざけ続けたからね。
私だって忠告してくれる人を避け続けたら、ああなってしまうかもしれない。ライムントをしっかり反面教師にしないとな。そう思って、私は次の授業に向かっていった。