第171話 男は戸惑う。その限りない悪意に ???視点
※ ???視点
「なに! ナターナエルが!? 失敗したとでもいうのか?」
「はい。先ほど、ナターナエル様が召喚した魔物が消えてしまいました。炎渡りが失敗したのか、あるいは・・・」
ヨルダンに続いてナターナエルが滅んだことをモーリッツが報告してくれた。炎渡りをできる闇魔は限られている。にもかかわらずナターナエルが失敗したとなると、それに続こうという者はもういないのかもしれない。
ワシはしばし絶句するが、やがてニヤリと笑う。
そうか。王国の貴族は、ここまで強くなったということか!
「くくくく。それはうらやましいな。そうか。ナターナエルが逝ったか。ヨルダンも滅んだとのことだが、何ともうらやましいものよ」
モーリッツが目を閉じた。
どのようなことがあったのかは知らない。だが、この衡から逃れられたというのなら喜ばしいことなのではないだろうか。
「火の2人が倒れたとなると、王国側は強力な水の魔法使いが生まれたということやもしれませぬ。ですがヴァッサー家に星持ちが現われたとも聞きません。となると、火のフランメ家あたりに、強い魔法使いが生まれたということか・・・。たしか、今は学園に星持ちがいるとか。今代で2人目の火の星持ちも生まれたという噂も聞きますし」
フランメ家と聞いて、今はもう会えなくなった男の姿を思い出す。あいつは、本当に面白い男だった。その雄姿を思い出し、思わず頬が緩んでしまう。モーリッツも懐かしげな目で遠くを見ている。
「あのビューロウの狼が復活したとも聞いております。いや、懐かしいですな。ビューロウにフランメとは。否応なく、あの頃のことを思い出します」
思い出すのは皆で見上げたあの夜空のことだった。
狼と呼ばれたあの男は空を見上げて笑っていた。誰よりも強くなってみせると、自信を持って語っていたのだ。
「なあ、モーリッツよ。ワシは帝国と違って王国にはそれほど思うところはないのだ。自由を奪われし我が身だが、王国の貴族どもにはなんとか頑張ってほしいと思っておるよ」
「私もです。あの国には、親しかった友人たちの末裔が何人も暮らしております。何とか我らの軍を、凌いでほしいのですが」
その時、謁見の間に駆け寄ってきた人物があった。
その人物は玉座の間に勢いよく入ると、膝に手をついて粗い息を吐き出した。
「ランドルフ殿! 珍しいな! いつも礼儀にうるさいあなたが、そんなに慌てるなんて」
水の四天王のランドルフは、大きく息を切らしている。傍の兵士から水を受け取ると、一気に飲み干した。
そして一息つくと同時に大声で叫び出した。
「大変です! わが部下のカサンドラと土のカーステンが、グローリー王国の王都に向かいました! おそらく、神具の回収に向かったのだと思います! 王国の協力者にコンタクトを取るつもりかもしれません!」
「なんだと!?」
ワシが怒鳴ると、モーリッツも顔を青くした。
「水のカサンドラと土のカーステン・・・。どちらも、我らとはあまりに違う。本気で、ナターナエルとヨルダンを回収しようということやもしれませぬ」
なんということだ! やっと、安息を見つけたナターナエルたちを、再び蘇らせようとするなんぞ!
「王国内で我らの力を利用しようという動きもあります。状況は、まだまだ油断できないのやもしれませぬ」
おのれ! これからというときに、再びこの地獄に奴らを誘おうとでもいうのか!
憤るワシを嘲笑うかのように幼い笑い声が響いた。
「きゃははははは! ねえ、どんな気持ち? 信頼している仲間が、再び地獄に引きづり落とされるのを見るのってさあ!」
少女は心の底からおかしそうに、私たちを嘲笑した。
「でも、王国も帝国とおんなじなんだよ? 現にランケルの人間が掘り起こしている魔法は、下手したら王国を滅亡させるトリガーになるかもしれない。あそこの星持ちは、ちょっと残念なことになったようだけどね」
この少女はずっと闇のランケル家を見張ってきた。100年前に元、本家のバル家から与えられた屈辱を忘れないらしいから、何とも執念深いことだ。
嬉しそうに笑う少女だったが、だが不意に真面目な顔で指をかむ。
「でもやはり忌々しいのはビューロウね。あの小娘のせいで、せっかく星持ちがランケル家に生まれたのに、あの子をこちら側に引き寄せることができなかったんだから」
少女が恨めしげな目で宙を睨む。しかし直後に何か思いついたのか、緩んだ顔でニヤリと笑った。
「そうね。せっかくだからこの事態を利用しちゃおうか。あいつを復活させるのもただじゃないんだしね。まあ、カサンドラたちが成功したら無駄になるけど、念には念を入れてって言葉もあるんだし」
そう言って少女は右手を宙にかざす。すさまじい魔力が少女に集結する。これは、召喚魔法?
大きな音と共に、少女の前の空間が光り出す。
そして光が収まったその場所には、一人の男が跪いていた。
「貴様は、道化師のレオポルトだと? こいつを召喚したとでもいうのか!」
レオポルドは戦闘力はそこまでではないが、ある特性があり、北の地を恐怖に染めている闇魔だ。今も、北の地で抵抗する住民を苦しめ、追い詰めているはずなのだが・・・。
「レオポルド。あなたに新たな任務を与えるわ。あなたにしかできない、面白い任務なのだけど・・・。できる?」
少女の問いに、レオポルドは嬉しそうに笑った。
◆◆◆◆
レオポルドが去った玉座の間で、少女は私に笑いかけた。
「さあ、これで何とかなるでしょう。あなたたちは何かたくらんでいるだろうけど、これで王国に大きなダメージを与えられるわ。それに、ナターナエルのことも、なんとかなりそうだよね」
臍を噛むワシを見て、少女は嬉しそうに笑った。
「なに? 倒されたら死ねるかと思った? 残念だけどそうじゃないわ。これで終わるわけがないじゃない! あなたたちは、5人揃ってこその存在なのだから!」
狂ったように笑い続ける少女を、我らは苦々しい顔で睨んだ。
「全部よ! 全部滅びるまで終わらない! 私たち以外をすべて滅ぼすまで、この戦いは続くのよ!」
笑い出す少女を睨みつけた。モーリッツやランドルフも、厳しい顔で少女を見つめていた。
夜の謁見の間に、幼い少女の笑い声だけが響いていた。