第170話 帰り道
王城から帰る馬車の中で、私とラーレは向かい合って座っていた。エレオノーラはなんか用事があるとかで、王城で別れたんだよね。
「いやぁ、謁見って聞いたからどうなることかと思ったけど、なんとかなったね。今日は美味しいご飯が食べられそうだわ」
気楽な私とは打って変わり、ラーレは悩ましげに下を向いている。
「私はアンタが元気よく返事をしたときに『終わった』って思ったわ。ったく、無駄に元気な声を上げるんだから。寿命が縮まったの、どうしてくれるのよ!」
いやごめん。まだ学生なのにあんなところに行くとは思わなかったし。
でも国王陛下は上機嫌で良かったよ。おじい様のお兄さんのこと知ってたみたいだけど、なんか関係あるのかな。
「まあ、今回のことで第一王子の評判は下がったけど、国王陛下の評判は上々だったからね。何しろ自らが指名した学生が、見事に期待に応えたんだから。四天王撃破なんて、100年ぶりなのよ? 高位の闇魔は主に北の帝国と戦ってたって話だけど、それでも私たちのご先祖様以外、誰にも成し遂げられなかった戦果なんだからね」
ん? いやあれ? 私が撃破したって言うけど、本当にそうなのか? 確かに私の刀が致命傷を与えてたのは事実だけど、あいつにとどめを刺したのは私じゃないよね?
「ナターナエルを倒したのはラーレだよね? 私、黒い炎がナターナエルに当たったの、見てたよ。本当はこの勲章をもらうのは私じゃなくて・・・」
私が気づいて青い顔で言うと、ラーレが慌てて首を振った。
「ち、違うわよ! アンタがあいつの魔力障壁を壊したから、私の一撃が当たったのよ! 魔力障壁を打ち破ったアンタが評価されるのは当然のことなんだからね!」
いやラーレはそう言うけど、最後のあの瞬間にナターナエルの魔力障壁は復活してたと思う。あの黒い炎が、障壁を貫通してたように見えたけど・・・。
「火に対して火は互角だからね。簡単にダメ―ジを与えられるものじゃない。弱点の水じゃないんだから、あの四天王にダメージが通るとは思わないのよね」
この世界では4属性の強弱関係は相当なものだ。火は風に強く水に弱い。土と火は強くもなく弱くもない関係らしい。でも高位の闇魔になると弱点を突いてもダメージを与えられなかったりする。おじい様が水の最上位の魔法を使ったのに、火の高位闇魔のヨルダンに傷一つ付けられなかったからね。
「まあ、多分さ。私の無属性魔法は魔力そのものに強い効果を発揮するんだと思うよ。だから、四天王ほどの魔力障壁でも打ち破ることができた。でも、防御力はそこまででもないから、おじい様ほどの魔法使いだと分が悪いんだよね」
私が近づく前に魔法を連発されたら、それこそどうしようもない。物干し竿があるとはいえ、攻撃を当てる前に撃退されたら負けてしまうのだ。
「私の課題は、やっぱり敵にいかに近づくかだよね。剣の間合いに入りさえすればどんな障壁でも打ち破れる。今回の戦いでそれが分かったんだよね」
私が自信を持ってそう言うと、ラーレが溜息を吐いた。
「学生同士の模擬戦じゃあ、それ絶対に使っちゃだめだからね! 確実に死人が出るわ。てか、その剣、大丈夫なの? なんか、ナターナエルが不吉なこと言ってたけど?」
うっ。そうなんだよね。なんかあいつ、「自分たちのようになりたくなかったら使うな」とか言ってた気がする。使った感じ、よく切れる刀という印象しかないんだけど。
「神鉄で作られたのが問題なのかな。えっと、献上した武具ってどうなるんだろね?」
ラーレはめんどくさそうな顔だが、それでもちゃんと答えてくれた。
「王城のどこかで保管されてるらしいわ。なんでも、闇魔の落とした武器は一定期間封印しないと使えないらしいのよ。よくわかんないけど、すぐに使おうとすると、大変なことが起こるらしいわ」
私は目を瞬かせた。え? どういうこと?
「昔は、闇魔がドロップした武具は倒した戦士が使ってたそうなの。神鉄の武具って、高性能でしょう? だから、そのまま装備して戦場に戻った人もいたらしいのよ」
さすが図書館組み! いろいろ知識、持ってるよね!
「でもある時、ドロップした武器を使っていた戦士が倒されて、闇魔に奪い返されてしまったのよ。そうしてしばらくすると、現れたのよ。その武具をドロップして滅んだはずの闇魔が、再び戦場にね」
冷や汗が流れた。闇魔は使ってた武具があれば、復活できるとでもいうのだろうか。
「私たちの先祖がモーリッツを倒したときもそうだったらしいわ。ご先祖様はモーリッツ撃破したけど、武具は回収できなかった。その数か月後に、モーリッツが出撃したのを大勢の人が確認したと聞いている」
ま、まじで? 闇魔の四天王を倒しても、武具を回収しないと簡単に復活しちゃうっていうの?
「他の武具持ちを倒したときに、武具を海の底に沈めたこともあったそうよ。それでも闇魔は復活した。ドロップした武具を調べた人が言うには、神鉄に魂がこびりついているらしいってさ」
え? それどうしようもなくない? 魂を滅ぼす方法なんて、確立していないよね? 死霊は光魔法に弱いみたいだけど、それだって滅ぼすまではいかなかったはずだ。
「で、ここで活躍してるのが王家なわけよ。ドロップした武具を光魔法で封印すると、闇魔の影響を打ち消すことができる。時間は年単位でかかるそうだけどね。アンタが倒した武具も、陛下が受け取ったでしょう? あれは、王城でしっかり浄化しようって話なのよ」
そ、そうなのか。単に珍しくて貴重な武具だから献上したってわけじゃないんだね。
「神鉄製の武器ってやばいのよ。今でもクルーゲやメレンドルフの当主は使ってるみたいだけど、細心の注意を払ってるって話だしね。神鉄の武具を媒介に召喚魔法を行うと、闇魔が現われるって話もある。エレオノーラ様はあなたに合った武器だからってその剣を渡したみたいだけど、十分に気を付けなきゃ、だめだからね」