第169話 謁見とその後のやり取り
「ちょっと! なんで私たちが王城に呼ばれるのよ! 謁見なんか無理なんだけど」
「闇魔の四天王を倒した功労者が呼ばれないわけないでしょう! 私まで行く羽目になったんだから、ちょっとは我慢しなさい!」
退院してすぐ、私とラーレは王城に呼ばれた。なんでも、闇魔に多大な打撃を与えた私に勲章が授与されるみたいだ。ヨルダンだけでも表彰ものなのに、ナターナエルを倒すなんて、相当な評価になったらしい。
慌ただしい私たちを、エレオノーラが冷めた目で眺めていた。
「ほら。ダクマーも文句ばっかり言ってないでシャンとしなさい。この機会に、国王陛下にナターナエルの短剣をお渡しすればいいから」
えっと、かた膝を立てて頭を低くする感じでいいんだよね? 散々ラーレと練習したから、大丈夫だと思うんだけど。
「わかんないよ! 偉い人にあいさつした経験なんてないんだから!」
正確には学園長のレオンハルト先生とか王子のライムントとかいるんだけど、学園生活の中だから礼儀作法を厳しく言われることは少ない。でも、謁見って言ったらめちゃくちゃ厳かにやるもんでしょ?
「いきなりやれと言ってできるダクマーじゃないわよね。私が隣についていけるように許可をもらったから、あなたとラーレ先輩は私の真似をすればいいから。それならできるでしょう?」
エレオノーラがそう言ってくれた。私とラーレは目を輝かせる。やっぱり、持つべきものは親友だよね!
「ありがとう!」
感動して手を合わせる私に、エレオノーラはため息を吐いた。
◆◆◆◆
「エレオノーラ・ロレーヌ様、ラーレ・ビューロウ様、ダクマー・ビューロウ様のおなりです」
受付らしき人の宣言に従って、私たちはエレオノーラを先頭に玉座に向かった。そしてエレオノーラが玉座に続く階段の前で止まると、片膝をついて頭を下げた。私たちもそれに続く。
「うむ。ロレーヌ家令嬢と、ビューロウ家の令嬢、ご苦労だった。この度のナターナエル討伐、見事であった。その功を称えて、ここに勲章を授与する」
白髭をはやした老人――国王カールマンが私たちの前で言葉を下さる。
「はい! ありがとうございます!」
私は元気よく返事をした。前にいるエレオノーラの体が揺れた。隣のラーレもぎょっとした顔で私を見た。え? あ、返事しなくてもいいんだった! やらかした!
国王はちょっとだけ驚いた顔をしたが、すぐに大声で笑いだした。
「まさにビューロウの血筋だな。ディートヘルムと同じ反応じゃ。いや愉快! あ奴も強く、何体もの闇魔を倒してくれたものよ。バルトルドも見事だ。約束通り、ビューロウ家を復活させてくれたのだな」
え? ディートヘルムって、確かおじい様のお兄さんだよね? おじい様がなんか関係あるの? 私が戸惑っている間に、ロレーヌ家の従者が国王陛下の従者に短剣を献上した。従者から短剣を手渡されると、国王は短剣を抜いてその刃を確認した。
「うむ。この白い輝きは確かに神鉄でできたものじゃ。これは王家で保管するので、安心するがよい」
私たちは深く頭を下げると、そのまま下がっていく。ふと周りを見ると、第一王子が憎々し気な目で私たちを睨んでいた。
◆◆◆◆
「まったく。君は本当に礼儀に弱いな。あの場では頭を下げるだけでよかったんだ。父上が機嫌よさそうに笑ったからよかったものの、本来なら問題になるところだぞ」
控室で私を叱ったのは、様子を見に来たレオン先生だった。
うう、やらかしたのは分かってるよ! レオン先生が来るまで、エレオノーラとラーレに散々怒られたばかりなんだから!
「先生も、わざわざ様子を見に来てくれてありがとうございます。いつも気にかけてもらってて感謝してます。まあ私たちはダクマーの凶行を止められませんでしたけど。お手を煩わせてしまい、本当に申し訳ないです」
ラーレが頭を下げた。そんな下手に出ちゃうと、私もいたたまれない気持ちになってくる。
「いや・・・・、教員たちで話し合ったんだが、3学期から選択授業はすべて、私のところで受けることになった。君を取り込もうとする貴族は多い。必修授業を担当するガスパー先生は頼りになるが、それ以外の先生方の中には地方とのつながりが強い人もいる。誰とは言わないがな。勧誘や婚姻を結ばれないように、私の前で授業を受けることになったんだ。私が対応できない授業は教員たちとマンツーマンの授業を行うことになる」
うわ! なんか申し訳ない。
「ということは、他の授業と被らないように、時間割を調整するんですね」
エレオノーラは納得したようだけど、私は戸惑ったままだ。
「私のために授業を行うなんて、ちょっと申し訳ないんだけど」
レオン先生は、疲れたようにため息を吐いた。
「ナターナエルの炎渡りは本当に危険だった。奴が生きたままだと、何人の貴族が犠牲になったことか。今回も、闘技場の地脈を守っていた騎士たちは全滅している。こちらの地脈が大きければ大きいほど、炎渡りに必要な魔力は大きくなるはずだが、奴らはそれを克服する魔道具を開発したとのことだ。それだけに、君の功績は大きい。学園側が君に配慮するのは、当然のことなんだぞ。それに・・・」
レオン先生は言葉を続けようとしたが、その時ドアをノックする声が聞こえた。エレオノーラが「はい」と返事をすると、従者がドア越しに声をかけていた。何を話しているかまでは分からなかったけどね。
「なに? 面会の予定なんか、他になかったよね?」
私がラーレに尋ねると、彼女も困ったように首を傾げた。そんな私たちにお構いなしに、ドアから強引に人が入ってくる。あれは、第一王子夫婦? 約束とか特になかったよね? 慌てて礼をする私たちを、彼らは見下したように見つめてきた。
「ふん。こんな小娘に倒されるとは、ナターナエルも肩透かしだな。おちたものだ」
え? こいつ、入ってくるなり何言ってるの? 第一王子の顔立ちはライムントそっくりで、とても整っているように思う。けど、きれいな顔もその言葉で台無しだ。
「これは殿下。わざわざお越しくださるとは光栄です。ですが、殿下とは特にお約束していなかったと思いますが」
エレオノーラが丁寧ながら棘のある様子で声を掛けた。
「混じり物の小娘が、問われてもいないのにこちらに答えるのは礼儀知らずではなくて。これだからロレーヌは。あなたごときがライムントに嫁ごうなんて、本当に身の程知らずなんだから」
第一王子妃の言葉にカチンとくる。エレオノーラ側はこの婚姻を避けようとしていたはずだし、本人もライムントを嫌っている。それに、予約も入れずに勝手に押し寄せるなんて、礼儀知らずはどっちだよ!
「兄上、どういうつもりかは知りませんが、先ぶれもなくダクマーに会いに来るのはお辞めください。エレオノーラ様にも無礼な真似はお控えください。もうライムントの婚約者候補ではないのですよ」
レオン先生が苦情を言う。私たちは文句を言いづらいけど、同じ王家のレオンハルト先生なら問題はないはずだ。いけ! レオンハルト先生! あいつらを帰らせるんだ!
「ふん! 相変わらず辛気臭い顔をしておるわ。本当に王家の血を引いているか、疑わしい。私に逆らったらどうなるか、未だにわかっておらんのだな」
「何を言っているかは分かりませんね。これ以上、王家の名を汚すような真似はお控えください。さあ、お前たちもさっさと帰るんだ」
暗に公開処刑の失敗を口にしながら、レオン先生が第一王子夫婦とその護衛を追い返そうとした。だが、その言葉に第一王子が激高した。
「だまれ! 側室の息子のくせに無礼な! ここで成敗してくれるわ!」
そう言うと、第一王子の騎士の一人が前に出た。え? やるつもりなの?
レオン先生は顔を歪めて私たちの前に出る。両手を広げ、私たちの盾になるつもりのようだ。
くっ、レオンハルト先生を斬ろうってんなら、私が相手になる!
しかしその時、天井から剣が振ってきて、第一王子の護衛の足は止まった。一歩踏み込んでいれば、串刺しになっていたはずだ。
天井から、2人の男が降ってきた! ひとりは老人で、もう一人はラーレの少し上くらいの青年だった。
この登場の仕方は忍者? 忍者なの!?
「くっ、王家の影か! 無礼な!」
「無礼なのはあなたたちです。ここは王宮で、国王陛下の領域であります。そこで剣を抜こうなどとは、第一王子の護衛とはいえ、反逆罪に掛けられてもおかしくはないのですよ」
老人が厳しく問い詰めた。
すごいな。何かいそうな気配がしていたけど、どこにいるかまでは分からなかった。あの剣が私たちに落ちてきたらと思うとぞっとする。この2人、かなりできる!
「この件は、国王陛下に報告させていただきます。今日のところはお帰り下さい」
第一王子夫婦と護衛は悔しそうだ。
「ふん! 平凡顔の外れ王子と王家の犬が生意気な! 後悔するぞ!」
捨て台詞を吐いて、侵入者たちは帰っていく。その後ろ姿を見送ると、レオン先生は申し訳なさそうな顔で私たちに謝罪した。
「すまないな。あの人たちは君を取り込もうとこの部屋に押しかけてきたのだと思う。正直、私がいる時で良かった。平凡顔でも、君たちの盾になることくらいはできるからね。でも王領に属する者があんな連中ばかりとは思わんでくれよ」
あ、国王陛下や第一王子と顔が似てないこと、ちょっと気にしてたのね。正直、レオンハルト先生と、無駄に整っている第一王子は全然似ていない。でも私は平凡な顔だけど誠実なレオンハルト先生のほうがいい男だと思うけどね。