第168話 戦い終えて病室にて
「ナターナエルの死骸からは、神鉄でできた短刀が発見されたわ。やっぱりこれを媒介にして召喚されたらしいの。炎の小刀は私が預かってるけど、後日王家に献上ることになるわ。倒した貴方からしたら、ちょっと納得できないかもしれないけどね」
病院の一室で、私はエレオノーラからそんな話を聞いていた。
あの戦いの後、全身に火傷をした私は、しばらくの間入院することになった。ヤーコプにもナターナエルにも一撃ももらわなかったのに、ラーレに抱き着いたことで火傷を負ったのだ。
「ラーレが傷一つないのをオティーリエが確認していたんだよね。アンタが無傷で私が入院だなんて、ホント納得できないんだけど!」
私はそばに座るラーレを睨みながら愚痴をこぼした。そんな私を見てラーレは溜息を吐く。
「エレオノーラ様からも言ってやってください! この子、トイレまで私について来ようとするんですよ? ホント、母猫を探す子猫みたい! 私の姿が見えなくなると大声を上げるし。おちおち休むこともできやしない」
文句を言うラーレに、エレオノーラは思わず笑い出した。
「まあ、ダクマーは王国の戦士たちが100年近くできなかった四天王討伐を成し遂げたんだから、多少のわがままはしょうがないと思うわ。王家からも、なるべく要望に応えるように言われているしね。あれだけ目撃者が多かったんだからしょうがないでしょう」
そう、私がナターナエルを斬った姿は大勢に目撃されたんだ。なんか、観戦に来てた人からビューロウの狼が復活したって噂が出回って、一時は病院に人が押しかけそうで大変だったみたい。私じゃなく、病院のスタッフがね!
「え? でもこれって、私戦地に向かわされたりしない? 学徒動員とかされたりしない!?」
私は焦りを隠せない。現状、私は大きな戦力だと証明されたはずだ。いきなり戦地に派遣されても仕方ないのかと思ったんだけど。
「東と北以外の貴族から、あなたを派遣するのはやめてほしいって嘆願されているのよ。過ぎたるは及ばざるがごとしってやつね。あなたが手柄を立てすぎて、東側の発言権が高まるのを防ぎたいようなの。ダクマー、気を付けてね。ここは現実なんだから、手柄を立てすぎるのもよくないわ。英雄が邪魔になって殺されるっていう結末、あなたも知ってるでしょう?」
そういえば現代では名声が大きくなりすぎた英雄が暗殺されちゃうってケースがあった気がする。
え? 私、暗殺されちゃうの? まずくない!?
「まあ、あなたがナターエルを倒したおかげで、北の戦況がかなりよくなったのは事実みたいよ。闇魔も一部消えたそうだし、オーガやゴブリンみたいな魔物の数は一気に減ったしね。西や南の貴族も、手柄を立てるチャンスだといきり立っているわ。だから、私たち学生がすぐ戦地に行かされることはないと思う」
そう言えば聞いたことがある。敵の大将を倒すと、そいつが召喚したゴブリンやオーガは全部消えちゃうって。闇魔の中にも消えちゃう奴がいるそうだし、私も結構役に立ったのかな。
「だから申し訳ないけど、ラーレ先輩はダクマーが余計なことをしでかさないよう抑えていてくださいね。この子、ちょっとしつこくて粘着質だと思うけど、頑張ってくださいね」
ラーレは絶望した顔でエレオノーラを見つめた。そして私に視線を移動させる。私はにんまり笑ってラーレの腕を取った。
「え、ちょ、ちょっと! この子のお守なんて嫌なんだけど! エレオノーラ様、何とかして!」
「そんなこと言わないで、お姉ちゃん!」
じゃれ合う私たちを、エレオノーラがあきれた顔で笑っていた。
◆◆◆◆
「まったく、ラーレ姉さんにあんまり迷惑をかけるなっていっただろう。ラーレ姉さんだって疲れてるんだ。少しは休ませてあげろ」
お見舞いに来た彼女持ち、もといデニスがあきれたようにそう言った。私は噛みつくようにデニスに吠えた!
「ふん! ラーレは私のお姉ちゃんだもん。デニスにだって上げないもん!」
不満を漏らす私に、デニスはあきれたようにため息を吐く。
「だめだな。コイツ、完全に幼児退行している。ラーレ姉さんが殺されかけたことがトラウマになってるようだ。ラーレ姉さん、すみません。私では、引き離すのは無理みたいです」
デニスがなぜかラーレに謝った。なんで!?
ラーレはあきらめたように青い顔で下を向いている。
「もういいわ。エレオノーラ様でも止められなかったし、もうあきらめてる。しばらくしたら普通に戻るでしょう。でもデニスはもう大丈夫なの? 試合会場では戦ったんでしょう?」
そう、ナターエルが現れたとき、デニスも観戦していたんだった。
「私が病み上がりなのはみんな分かってたから、正面から戦うことはなかったですよ。王都の民の避難誘導の手伝いはしたので、住民からはずいぶん感謝されましたしね。でもそれ以上に、私がダクマーの兄だと知ってたくさんの人に声を掛けられるようになったんです。それがちょっと煩わしいかな。ビルギットも大変みたいですし」
くそっ! これだから彼女持ちは! 何気なくのろけ話をしてきやがって!
「それよりも、気になることがあるんです。最近声をかけてきた貴族に、フランメ家のハイデマリー様がいるんですけど、彼女はどうやら、ダクマーじゃなく、ラーレ姉さんに興味があるみたいなんです。彼女の家は火の魔術で有名ですから、あの時使った火の魔術に興味を持ったのかもしれません。フランメ家とうちはかなり仲が悪いんで、十分気を付けてくださいね」
ラーレは驚きに目を見開いた。
「ありがとう。でも、私はあと少しで卒業だし、大丈夫だと思う。なんかあったら、エレオノーラ様にでも相談するわ。気にかけてくれてありがとね」
デニスはちょっと照れたように頭を掻いた。なんだその反応は! お前には彼女がいるだろう! デニスのくせに! デニスのくせにぃ!
「じゃあ、私はそろそろ行きます。ダクマー、姉さんの言うことを聞いて、大人しくしているんだぞ」