第167話 ラーレとナターナエル
ラーレは炎にまかれている。炎の勢いはすさまじく、近づくこともできないし、最後をみとることもできそうにない。
今日は、私たちが誇りを取り戻す日になるはずだった。でも私が未熟だったせいで、ラーレはあっけなく炎にまかれてしまった。
「よくも! よくも!!」
振り返ってナターナエルを見た。どこかさみし気に笑うやつを睨む。私は素早く立ち上がると、体に魔力を循環させて刀を構えて突撃する。ナターナエルは余裕の表情で手を私に向けた。
「くはははは! 愚かな! ここで死になさい!」
3発の炎弾が私を襲う。私は刀を振るって1発、2発と炎弾をはじく。
だが3発目には反応できない!
直撃するかと思った炎弾は、しかし黒煙に防がれて横にそれていった。ラーレが残した黒い炎は、こんな状態になっても私を守ってくれているのか。
「ばかな!」
ナターナエルは驚愕に目を見開く。使い手が倒れたはずなのに、ラーレの炎の魔法は私を守ってくれていた。同じ炎の使い手として、信じられない気持ちがあるのかもしれない。
「きえええええええええ!」
私は刀を上段から振り下ろす。コイツだけは許さない。絶対に仕留めて見せる!
示巌流の一撃は、相手を確実に殺すためにある!
「秘剣! 羆崩し!」
これまでにないくらい強い抵抗があった。
だが私の一撃は、魔力障壁ごとナターナエルを斜めに斬り裂いた。
「馬鹿な・・・! この技は!」
四天王と呼ばれる闇魔の強さは、その魔力障壁の強固さにある。一度障壁を展開すれば魔法も物理攻撃もほとんど通さない。だが、神鉄の刀は、力づくでナターナエルの魔力障壁を斬り裂いた!
「まさか・・・・、ビューロウの狼があの方の技を持って蘇ったとでもいうのか!」
ナターナエルが動揺しているのが分かった。真っ二つにはできなかったものの、致命傷には変わらない。とどめ!
だがナターナエルの闘志は消えていない! 私を睨むと、両手を広げて構えた。
「ただでは滅ばぬぞ! ビューロウの末は私が連れていく!」
ナターナエルはその身に炎を纏って私に近づいてくる。だが負けない!
「秘剣!鷹落とし!」
私は大きく一歩下がりながらナターナエルを斬り上げた。
しかし左脇から肩まで斬り裂かれたのに、あいつの勢いは止まらない。
炎を纏ったあいつに抱き着かれたら、きっと助からない! 私が避けるよりも、あいつが抱き着くのが速そうだ。だけど私は、どこかあきらめたように近づいてくるナターナエルを見つめた。
「相打ち狙いか。でも、ラーレも死んじゃったならしょうがないよね」
なんかあいつも必死で、でも生きているのがつらそうな顔をしている。こいつも、なんか悲しいことがあって苦しんでいるのかと、なんとなく思った。
ナターナエルの手が私に触れそうになったその時、私の後ろから発射された黒い炎がナターナエルを吹き飛ばす。
あれは! あの炎は!
私が勢いよく振り返ると、炎の中から人影が現れた。焼き尽くされたはずのラーレが、こっちに向かってゆっくりと歩いてきた。服はぼろぼろで、至る所から煙が立ち上っていた。でも、生きている!
「ダクマー、怪我はない?」
そう言って私の無事を確かめるラーレを驚いた目で見つめる。すさまじい熱の炎を浴びたはずなのに、彼女は傷一つついていない様子だった。まるで炎が彼女を傷つけるのを避けているように見えた。
「ラ、ラーレこそ、大丈夫・・・なの?」
ラーレはあたりを見渡す。炎が彼女を避けているのに驚いている様子だった。
「あいつ、炎の四天王のくせに制御間違ったのかな。この炎、私を傷つけることはないみたいよ」
茫然としてそうつぶやくラーレに、私は抱き着いた。炎の中にいたラーレは、熱くて燃えるようだったけど、私は気にしなかった。ラーレが無事だったことに安堵し、私は大声で泣き続けた。
※ ナターナエル視点
2人の少女が抱き合って泣いているのが見えた。それを見て、自分の最後の攻撃が失敗したことを理解する。命を懸けた一撃が防がれたのに、悔しさはない。それどころか、これでよかったのだという想いが私を満たしていた。
すっと前に、彼女と同じように泣いていた男がいたことを思い出す。
その男は折れた剣を見ながら膝をつき、私に泣きながら何度も謝っていた。
「ごめんなぁ。オレに力がないばっかりに、お前にこんなことさせちまうなんて。もう戦わなくてもいい場所にいたはずなのに、ごめんなぁ」
なぜ彼が自分に謝っているのかは思い出せない。でも、お前が謝ることじゃないと、慰めるような気持ちがわいてきたのは確かだった。
「ごめんなぁ。オレじゃあ、お前を助けられないかもしれない。でもオレがだめだったとしても、オレの子孫が必ずお前を解放する。だから、もうしばらくだけ待っていてくれ。辛抱ばかりさせて、本当にごめんなあ」
泣き続ける彼の姿を思い出す。そして少女たちを見る。ああそうか。彼は約束を守ってくれたのだな。私は消えてしまうが、それでも彼女たちが、他の奴らもきっと救ってくれるに違いない。
それは、100年ぶりの安らぎになる。消えゆく私の顔には、安らかな笑みが浮かんでいたと思う。