第163話 レオンハルトの呼び出しと新しい武器
病室を訪ねた次の日に、私は再び学園長室に呼び出された。
う~ん、こう見えて忙しいんですけど! 主に武器とか、武器とか、武器のこととかね! エレオノーラが準備してくれるという話だけど、私の方でもツテを当たってみている。結果は芳しいものではないんだけど。
「君は台風の目のような存在だな。フリッツの件に引き続き、また騒動に関わっている。聞いたぞ。自分から対戦相手に立候補したんだろう? 本当に何を考えているんだ」
レオンハルト先生はあきれたように言い放った。ここでも私は猪突猛進扱いされている。なぜなのか。
「でも、フリッツの時も宣言した通り、ちゃんとぶちのめしたでしょ? 今回も同じですよ。ヤーコプがもう二度と戦えないようにしてやります。おじい様も、私の行動を評価してくれるはずです。レオンハルト先生も、しっかり見ていてくださいね」
レオンハルト先生はため息をつくと、私を上目遣いで睨んだ。
「ヤーコプはフリッツのような未熟者とは違う。南や中央の貴族を何人も殺しているし、公開処刑ではもう7人もの人間が犠牲になっている。学生同士のけんかとは、わけが違うんだぞ」
そう言われても、私にしたら、フリッツもヤーコプも変わらない。どちらも未熟なのに粋がってるという印象しかない。おじい様を見ていたら、自然にそう思うよね。
「うちのおじい様なら瞬殺ですよ。ヤーコプなんて。うちの家人とは互角かもって話だけど、私の見立てならグスタフでも勝つと思います。腕は互角かもだけど、あいつは自分より強い人がいることを知っている。覚悟が違うんです。ヤーコプは、自分が一番強いと思ってる。そんなのに、私が負けるはずがありません」
レオンハルト先生は頭痛でもするかのように眉間を押さえた。
「君も同じようなもんだと思うが。君も自分が負けるとは思っていないんだろう? ヤーコプとどこが違うんだ?」
失礼な。私はまだ、おじい様に勝てないことを知っている。闇魔と相性がいいのは私だけど、実際に戦うと魔法で圧殺されると思う。悔しいけど、悔しいんだけど!
「私のは冷静に見た結果ですよ。少なくとも、ヤーコプ程度なら、私でも問題なく勝てます。武器のことがあるからちょっと不利だけど、きっと一瞬で勝負がつくと思いますけどね」
レオンハルト先生は溜息を吐いた。でもきっかけは、王族が公開処刑をするなんて言い出したからですよ?
「確かにライムントはやりすぎた。あれが余計なことをしたせいで、ヤーコプが解き放たれる可能性が高まったのだ。それを応援した王太子夫婦も貴族の支持を失っている。近い将来、王太子は外されて、第二王子が立太子されるだろう。もし君がライムントから何か言われたら私の名前を出しても構わない。王族の一人として私が対処することを約束しよう」
気が付いたらそんな事態になっていた!
でもまあ、それも当然だよね。自分を支持する貴族の不利になることをするなんて、本当に何考えてるんだろう。自分は何もしなくても周りが何とかするとでも思っていたのか。
「10人目の戦士は西からクルーゲの当主を呼び出す運びになっていた。本当に強い騎士は北領で闇魔と戦っている。今残っているのは、私のように次代を育成するための人員と、次代を守るための人員だけだ。今いる人員が、中央の最強と言うわけではないからな。まあ、北から戦士を戻したくないという事情もあるが・・・、まさか、まだ学生の君に声が掛かるとはな。国王の期待は過剰だと思う」
レオンハルト先生は思わずぼやく。大人だけど、愚痴を言いたくなる時もあるよね。私は同情して、優しい言葉をかけた。
「学園長も大変ですよね。上が勝手だと、下が苦労するものです。ご苦労様です」
私が慰めると、レオンハルト先生は青筋を立てた。
「君が一番勝手なんだ! 少しはロレーヌの言うことを聞いて自重しろ!」
レオンハルト先生が急に怒り出した。なぜ私が叱られるような感じになるのだろうか。
「君の領に炎のヨルダンが現れたろう。あんな感じで闘技場で襲われる可能性だってあるんだぞ! 炎の闇魔は、自分の身を炎と化すことで一時的に地脈を渡ることができるんだからな」
ヨルダンと闇魔がうちに現れたのはその技術を使ったかららしい。まあ、飛べるスポットは限られてるし、それをさせないために王族の結界があって貴族がそれを管理しているんだけどね。
「闘技場に闇魔が突然現れるかもしれない。正直、今の奴らにどれほどのことができるか、分からないんだからな」
レオンハルト先生が言うには、最近まで闇魔は、炎渡りを使っても光の結界がある地脈やスポットには飛べないはずだった。でもヨルダンは、結界があるはずのビューロウ領に飛ぶことができたのだ。
「今のところ、ヨルダン以外が結界を飛び越えたという報告はない。とはいえ、闇魔にどれほどのことができるかは誰にも分かれないんだ。学者の中には、炎の高位闇魔ならどの地脈にも飛べるようになったと主張する者もいる。強い光の魔力で結界を張っているとはいえ、王城や闘技場に闇魔が現われないとは限らんのだぞ。頼むから、十分に気を付けてくれよ」
◆◆◆◆
レオンハルト先生の説教が終わると、次は応接室に呼び出された。なんか忙しいんだけど。
応接室は学外からのお客様と学生が会うための部屋で、中にはエレオノーラが待っていた。
「ダクマー、学園長との話は終わったのね。お疲れ様」
私をねぎらってくれるのは、エレオノーラだけだよ。
「ありがとう。なんかこれ以上騒動を起こすなって怒られた」
憮然として報告する私を、エレオノーラは笑っていた。
「まあしょうがないわ。あなたが騒動を起こしているのは確かなんだから。学園長が手を尽くしてくれているおかげで、あなたの行動が批判にさらされるのを防いでいるのよ。少しくらい、感謝してもいいんじゃない?」
うっ、そうなのか。私の行動がいろんな人の迷惑をかけていることは知っている。学園長に、悪いことしたかなぁ。
「なんか、レオンハルト先生が言ってたけど、炎の闇魔が飛んでくることも考えられるんだって。炎の闇魔と言えば、ナターナエルだよね? でも、アイツの襲撃イベントって、まだかなり先だよね?」
エレオノーラは思案顔になった。
「確か、ゲームでは2年の秋位のイベントだったはず。1年くらい先だけど、けっこうイベントが前倒しされているからね。でもまだ大丈夫だと思いたい。気を付けるに越したことはないけどね」
そう言われると不安になってくるよなぁ。私が暴れたせいで、イベントが前倒しになったとでもいうのだろうか。私が自分の行いを反省していると、エレオノーラが今回の要件を話してくれた。
「頼んでいた武器の製作が終わったの。あなたのための刀よ。今回の公開処刑には間に合ったようね。これから製作者が持ってきてくれるから、ちょっとだけ待ってくれるかな」
なんと! エレオノーラは私のための武器を作っていてくれたらしい。魔鉄なの? もしかして、魔鉄の武器を作ってくれたの? うひょー! こんなにうれしいことはない!
「エ、エレオノーラ! ホントに私の武器を作ってくれたの? ありがとう!」
私はテンションマックスでエレオノーラに抱き着いた。
「こ、こら! もう、しょうがないんだから。すぐに制作者が来ると思うから、ちょっと大人しく待ちなさい」
◆◆◆◆
私はそわそわしながら来客を待つ。ワクワクしながらドアを見ていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
エレオノーラが言うと、3人の男が入ってきた。中央の大男には見覚えがある。ずいぶんやつれて見えるけど・・・・、誰だっけ?
「ダクマー様、あなたのための武器を作りました。これであの時の無礼が許されるとは思わないですが、どうぞお納めください」
弟子が包みをテーブルに下した。あ、思い出した。入学式の前にエレオノーラと訪ねた鍛冶屋の店主だね! あの後手紙をもらって謝罪してもらって、私も「謝ってもらったからもういいよ」って手紙を返したけど、一応話はそれで終わったよね?
「店主は、あの時のことをとても反省しているの。当主まで話題にしたのはやりすぎだってね。でも私は店主ほどいい武器を作れる人は知らなかったから、あなたの武器を作ってもらったのよ。いけなかった?」
「いや、私は謝ってもらったから気にしてないけど・・・、でも私、お金ないよ?」
そうだ。お金がないことがばれないように、すぐに店を出て言ったんだ。エレオノーラはあたふたする私を見て笑った。
「お金のことは私が何とかするから大丈夫よ。東の貴族を代表して戦ってもらうんだからね。それよりも、その包みを開けて武器を確認してほしいんだけど」
「う、うん」
エレオノーラには借りばかり大きくなるなぁ。
そんなことを考えながら包みを開けた。鍛冶師が入った時から思ってたけど、これって刀だよね? 刀にしてはちょっと長いけど。エレオノーラも前世で同じ剣術を学んでいたから、もしかしたら――。
包みを開けて出てきたのは、一本の刀だった。刃渡りは1メートルほどでわずかに反りが入っている。大剣に比べると細く、片刃のこの刀は、前世の道場に飾ってあったものと同じだ。示巌流の刀なのだ。
「こ、これって・・・」
私は刀をさやから抜いてみる。刀身は白く、何やら黒い文字が描かれている。この文字は、魔法剣に刻まれているもので、文字の種類によってさまざまな効果があるんだよね。
「その刀に刻まれているのは『不壊』と『自己修復』の2つよ。まあ『不壊』って言っても丈夫になるだけなんだけど、すぐに武器を壊しちゃうあなたにはぴったりだと思わない? 刀の銘は『物干し竿』。あなたのための刀よ」
私は魅入られたように刀を見つめていた。おじい様の大剣とは少し形が違う。あの大剣はもっとごつくて大きかった。それに魔鉄製のあの大剣は、黒色だった気がする。
「我がロレーヌ家に残された『神鉄』で作られた刀よ。魔鉄よりも魔力を通すのは難しいかもしれないけど、その分丈夫さと威力は折り紙付きよ」
私は言葉を失った。神鉄とは、ヴァルト族が聖地で世界樹のしずくを何年間も浴びせて出来上がるという鋼だ。数年でわずかしか取れなかったはずだし、これから武器を作るのは相当な技量が必要だ。しかし、新鉄製の武器は鋼より硬く、恐ろしいほど薄くなる。相当量の魔力を込めても耐えられるし、魔法の効果をいくつも上乗せできるとされる。アルプトラオム島が闇魔に奪われた現在、まさに伝説と言っていいほどの金属なのだ。
「エレオノーラ、ありがとう。この刀なら、うん。私が考えていることを実現できるよ」
私の言葉に安堵のため息をついたのは、店主だった。
「よかったぜ。アンタのお眼鏡にかかる刀を作れたみたいだな。残りの2本は、魔鉄で作った試作品だ。こちらも収めてくれ。我ながら、いい仕事ができたと思っていたんだ」
どうやらエレオノーラはかなり早い段階で、店主に刀の製作を依頼してくれたらしい。店主はこの半年もの間、試行錯誤を繰り返して刀の制作に挑戦していた。私に合う前から刀を作ろうとしていたそうだから、その執念には頭が下がる。
「えっと、この2本は多分私が使わないけど、大丈夫かな?」
1本はちょっと短めの刀で、片手でも扱うことができそうだ。そしてもう1本は、私の剣ほどではないがちょっと長めの刀だ。これは、居合抜きに向いている感じがする。
上目づかいで見る私に店主は笑いかけてきた。
「かまわねえよ。お嬢ちゃんが渡す相手なら、きっと闇魔との戦いで使ってくれるんだろ? 武器は敵を斬るためにある。ちゃんと使ってくれるなら、それ以上のことはないさ。それよりも、その刀を使えば、ヤーコプの野郎を叩き切れるんだろう? あの野郎、オレの顧客にも犠牲者がいるからな。絶対に自由になんてしないでくれよ」
店主の言葉に私は笑顔で答えた。
「うん! 正直一撃で決めるしかないと思ってたけど、この刀があるなら大丈夫だよ。これであいつに目にものを見せてやれる。店主も自信を持って試合を見ててね。この刀のすごさを、きっと見せつけてやるからね!」