第162話 ジークへの報告とオティーリエへの誓い
「くっ、デニスのくせに彼女を作るなんて、生意気だ!」
私は憤慨していた。こちとら、前世から数えて30年以上彼氏なしだ! こんなに品行方正な私に恋人の一人もできないなんて間違ってる!
「ええっと、次はジークさんの病室だっけ。上の階の個室ね。こっちに行けばいいみたい。さあダクマー、いくわよ」
エレオノーラは私の嘆きをスルーして移動を始める。ちょっと! 無視しないでよ!
「私にだって、イケメンの彼氏ができてもいいと思わない? ねえ、エレオノーラってば!」
「もう! いい加減にしなさい! 彼氏作るために行動してない人が、恋人なんてできるはずがないでしょう!? ほら! さっさと行くわよ。私なんて、ライムント様の婚約者候補に選ばれたせいで、異性とのお付き合いなんてできなかったんだから!」
そう言って、私の腕をつかんで強引に移動させた。
でもエレオノーラも私とおんなじなら気持ちはわかるでしょう! なんでそんなに冷静なの!?
私は憮然としながら、ジークの病室の前に立った。
「ジークとオティーリエがいちゃついてたらどうしよう」
「馬鹿なこと言ってないで、さっさと入るわよ」
ノックしてドアを開く。病室にはジークが上半身を起こしていて、別途脇に座るオティーリエと話していた。
ん? やっぱり甘い雰囲気出してない?
「あ、ダクマーか。見舞いに来てくれたんだな。ありがとう」
ジークが頭を下げた。なんか、私に嫌味を言っていたころとは人が変わったように感じる。こいつもかー!
「ええ。はいこれ。ジークも元気そうで何よりだわ」
私はお土産のフルーツをオティーリエに渡しながら、嫌味を込めて言った。ジークは嫌味に気づかず、笑顔で返事をした。
「悔しいけど、オレと戦ったヤーコプが勝ち続けていることで、なんか俺の評価も上がっているんだよ。あと一歩でヤーコプを追い詰めた男ってな。俺のブルノン家自体の評価も上がっているらしい。『武の三大貴族』まではいかなくとも、それに準ずる実力があるってな。南のお偉いさんが、わざわざ見舞いに来てくれたくらいさ」
ジークは無理して明るく振舞っているように感じた。
「でもやっぱり、ヤーコプを倒し損ねたのはくやしい?」
私はストレートに聞いてみた。ジークの笑顔が固まる。そして表情を消すと、勢いよくベッドを叩いた。
「悔しいに決まってるだろ! あいつはあの闘技場でさらに人を殺してる。オレが止めてれば、死ななくて済んだ人もいるはずなんだ。オレにもっと力があったら」
ジークは下を向いて悔しがった。涙を流しながら、自分の力のなさを嘆いていた。
「今週末、中央の騎士があいつに挑む。それが終わったら、次は私がやる」
ジークはハッとして、私を見上げた。
「あいつは私の兄を斬ってるからね。そのお返しはしなくちゃいけない。ビューロウ家として黙っているわけにはいかないのよ。あ、もちろんジークのかたき討ちの意味はあるよ」
私が取ってつけたように言うと、ジークは笑った。
「ははっ、俺のことはついでって感じだな。でもやれんのか? まあダクマーなら、やれるんだろうけど」
私は力強く答えた。
「当然! まあ、8人目の挑戦者にヤーコプがやられちゃう可能性もあるけどね。でも私に回ってきたら、やるよ。あいつのすべてを否定してやる」
私が決意を込めて言うと、ジークは笑った。
「ついに真打登場って感じだな。家の名誉が掛かるなら、もう引けないよな。ダクマー、オレがいえることじゃないが、必ず勝てよ」
ジークは笑っていたが、傍にいたオティーリエの顔は青ざめていた――。
◆◆◆◆
私たちはオティーリエに病院の一室に呼び出された。
オティーリエは青い顔をしている。しばらく俯いていたが、やがて決意をしたように上目遣いで私を見た。
「ダクマーは、怖くないの?」
オティーリエの声は震えていたが、真剣に聞いていることが分かった。
「ヤーコプを見たでしょう? あいつ、人を殺している。そんなのに向き合うなんて、怖くないの? 武器を持って戦うなら、殺されるかもしれないし、殺すかもしれない。それなのに、怖いとは思わないの!? やっぱり貴族だから? 元日本人なのに、武門の貴族だから戦うってわけなの?」
叫ぶように聞いてくる。彼女が真剣なら、私も真面目に答えなければならない。
「正直、武門だからとか、貴族だからとかってのはあんまりわかんないんだ。でもこの世界に転生して、兄とは最近あんまり会話してなかったけど、それでも家族でいつも支えてもらっている。だから、家族を傷つけられたら、戦わなきゃいけないと思うんだ」
オティーリエは納得していない様子だった。
「でも、復讐なんて、誰かに任せておけばいいじゃない! あなたが戦う必要なんてないよ! 私は怖い。せっかく知り合った元日本人が、こんなことで死んじゃうなんて、嫌だよ」
ああ、オティーリエはこの世界の一員と言うより、元日本人と言う意識が強いのかもしれない。小さい頃は裕福な平民として育ったらしいし、やっぱり貴族とは違うよね。でも、私たちはもう日本人じゃない。この世界の、貴族の一人なんだ。
「日本なら、警察がいて、裁判があって、ヤーコプみたいなのはすぐにつかまっちゃうかもね。ライムントみたいなのも、SNSとかであっという間に批判されちゃうと思う。でも、もうここは日本じゃない。誰も助けてはくれない。私たちに降りかかった火の粉は、私たちの手で払わなきゃいけないんだ」
オティーリエは涙を流している。私は彼女を慰めるように、その涙をぬぐった。
「私やエレオノーラは貴族として生まれた。生まれながらに領民や家族とか、いろんな人に支えられてきた。だから私たちがちゃんと行動しなきゃいけないんだと思う。自分勝手にふるまってばかりだと誰も付いてこないってことを、正義があるんだってことを、貴族の私たちが証明しなきゃいけない。理不尽なことをされたら、自分たちで何とかしないといけないんだ」
私がそう言うと、オティーリエは大声で泣き出した。
「大丈夫。私は負けない。絶対にオティーリエのところに帰ってくるよ。そしたら、この3人で女子会やりましょう。私たちが日本で心を育んできたことも、確かな事実なんだ。それを否定することなんて誰にもできない。だから同じ故郷を持つ3人で、朝まで騒いじゃいましょう」
オティーリエは私を抱きしめてくる。私は彼女を抱きしめ返す。エレオノーラも、優しく私たちを見つめている。彼女のためにも、私は決して負けないことを誓った。