第16話 色のない魔法使い
あれから数日後、おじい様から私たち孫を対象とした授業をすることが発表された。
魔力の基礎について講義するそうだけど、その際にそれぞれの資質がばれてしまうことがあると言っていた。事前に言うなんて、その辺はフェアだよね。
「ホルストは逃げたみたいだね。自分の素質が知られるのがそんなに嫌なのかな」
実はラーレも逃げたそうにしていたけど、叔父や叔母から参加しろと厳命されたらししい。これ以上、おじい様の機嫌を損ねないようにとの措置らしいけど、本人は顔を青くしている。
ちなみに私の兄妹は全員参加だ。デニスは両親から参加しなくてもいいみたいなことを言われたらしいけど、かえって張り切って参加を決めたらしい。アメリーも同じでおじい様の授業に興味があるようだった。
私たちはおじい様の道場の一室に集まった。しばらくすると、おじい様が静かに部屋に入ってきた。
「さて。ホルストからは参加しないとのことだったが、他は全員揃ったようじゃな。では始めるぞ」
そういうと、どこからか用意した黒板にチョークでイラストを描いていく。おじい様が書いたのは、ダイヤのような形の立体――いわゆる八面体だった。
「魔力の資質は、このように四角形と上下で表されることが多い。ワシらの体の中にこのような器官があってな。真ん中の四角形は四属性を示し、上下は光と闇を示しておる」
あれ? 私はおじい様の描いた図に引っかかるものを感じた。この形、どっかで見たことあるなぁ。
そしてはっとする。あの悪夢の資質検査だ!
「ダクマーは気づいたようじゃな。そう、この形は魔力の資質検査と同じものだ。資質は、右手が火、左手が土、前が風、後ろが水を表しておるのじゃ。そして上が光、下が闇じゃな」
そうか。あの水晶はそれぞれの資質を表していたのか。
「たいていの人間は、四大属性すべてに資質があると言われておる。ワシは、四属性すべてがレベル3を示した。デニスも同じじゃったな」
おじい様の言葉にデニスが頷いた。やはり、デニスはすべてがレベル3の素質を持っていたらしい。
レベル3を持ってる人って、いわゆるエリートと呼ばれているから、デニスが高く評価されているのも頷けるというものだ。
「ワシらのような資質の魔法使いは、四属性ほとんどの魔法が使える。初級魔法から中級魔法までな。訓練次第では、上級魔法も扱えるようになる。もちろん、知識と修行の両方が必要なのは大前提じゃがな」
デニスは照れたように頭を掻いた。
くっ、これだから資質の高い奴は!
うらやましくなんてないんだからね!
「じゃが、四属性すべてに適性があることはいいことばかりではない。ひとつだけ、四属性すべてに素質があると不利になる属性があるのじゃ。そう、無属性魔法だな」
無属性魔法と聞いて私はドキリとする。
「魔力を発現するとき、この立体の真ん中の四角形4方の頂点のどこかから魔力を展開することになるの。だが、四属性すべての資質が高いと、どの出口から出ても濃い色に染まってしまう。つまり、ワシやデニスには、無属性魔法は上手く使えないということだな」
属性の色が濃ければ濃いほど有利と言うことではないんだね。まあ、属性の資質が強すぎて魔力過多とかになると魔法が使えなくなるらしいから、何事もほどほどがいいということかな。
「魔力の色は濃くはならんが薄くすることはできる。素質が低ければ低いほど、無属性魔法は扱いやすくなる。まあ、魔法文字も魔法陣も使えない無属性魔法はまだ研究中と言う感じだがな。だが学園には、無属性魔法を研究している教師もおる。興味があったら尋ねてみるといい」
あ、そうなの? そんな人がいるのなら、訪ねないわけにはいかないね! あと数年もしたら私も学園に行くことになるから、その時思い切って聞いてみよう。
でも、やっぱり私には属性魔法は使えないんだね。今まで魔法文字や魔法陣を頑張って覚えてきたんだけど、それは全部無駄な努力だったってことか。
私は俯いて床を見つめた。
そんな私を気づかわし気に見たのはラーレだった。アメリーも、なんだか青ざめた様子で私を見つめていた。
「無属性魔法には他にない特性がある。俗にいう浸透と言うやつだ。体の中や物質、あるいは空間そのものに魔力を籠めることができるようになる。有名どころで言えば、剣に魔力を込めて切れ味を上げたり、石に魔力を込めて硬度を上げたりな。人体にも効果があるぞ。例えば、ビューロウに伝わる身体強化には、この無属性魔法が欠かせないんじゃ」
私は驚いておじい様を見上げた。
え? 私の魔力って役立たずなわけじゃないの!? 聞く限り、用途はこれまで考えていた以上に幅広いみたいだし。
「属性魔法で身体強化を行う場合、体の外側からでしか強化することはできぬ。無理に体の中に魔力を通そうとすると、どの属性でも激痛が走り、体を傷つけてしまうからなからな」
そうだよね。身体強化って言うと、パワードスーツみたいに魔力を纏って強化するのが一般的だ。体を中から強化するなんて聞いたことがない。
「だが、色を薄めた無属性魔法なら、体の内部まで魔力を通すことができる。そしてうまく体の中を強化することができれば、色の濃い魔術師と同等以上の身体能力を得ることができるんじゃ。これが我が家に伝わる秘儀の一つだな」
まじか!? 現代では魔力の色が濃いほど優秀な魔法使いだとされるけど、色のない魔法にそんな使い方があるとは!
「この際だから言ってしまうが、ダクマーにはすべての資質が欠けておる。四大属性も上下二属性もない。魔法文字や魔法陣を使った魔法は何一つ発動させることはできぬ」
ば、ばらされた!?
いや、私が“加護なし”なのは公然の秘密みたいなものだけど、それでもさあ!
私が顔を青くする。そしてそれとなく周りを見渡すと、顔を真っ青にしたアメリーと目が合った。アメリーは見る見るうちに、泣きそうになった。
この爺! アメリーが泣きそうになったじゃないか!
多分、私に無理に魔法の練習をさせようとしたことを後悔しているのだろう。彼女は、私がまさかそんな状態だったとは思わなかったみたいだ。
「さて。一見すると属性の資質が全くないことは不利なように見えるが、そう言うわけではない。一属性でも素質があれば、魔力はその色の影響を受けてしまう。どの属性にも染まらない魔力を出したつもりでも、ほのかに資質のある色が薄く浮き出てしまうのだ。だが、すべての属性の適性がなければ、魔力がその色にも染まらずに透明になるという」
透明な、魔力・・・。
うん。そうなんだ。私の魔力は目で見えないくらい透明だ。おじい様に言われて自覚したけど、視覚的に把握することができないくらい背景に同化してしまっているのだ。
「魔力が透明だと、浸透の力も強くなる。ワシらが体の中に魔力を通そうとすると、どんなに色を抜いても激痛が走る。だが、透明な魔力だとそれはない。体の中に魔力を通すことに、これほど向いている魔力はないということだ」
おじい様と目が合う。おじい様は真剣な顔で私に言い聞かせた。
「その昔、透明な魔力を使って身体強化を極めた戦士がいたらしい。その戦士は、魔術師が束になっても捕らえられないくらい素早い動きで相手を翻弄し、凄まじい戦果を挙げたとされておる。その者には、どんな魔法使いも攻撃を当てるどころか、触れることすらできなかったという」
過去に私と同じような体質で、戦果を挙げた人がいたのか。
ごくり、とのどが鳴る音がする。だれかが、息を飲んだのだろう。
おじい様はゆっくりと目を閉じて、そして言葉を続ける。
「属性魔法を使えず、だが誰にもまねできない動きで敵を倒す。比類なきその男のことを、人は“色のない魔法使い”と呼んで恐れたという」