第159話 マルティンvsヤーコプ
その日はあいにくの曇り空で、闘技場は少し暗い雰囲気になっていた。
あの日と同じように、ライムントが上機嫌で開始の挨拶をする。私は彼の言葉に耳を貸すことなく、静かに試合を見守った。
2人が試合会場に顔を出す。ヤーコプは相変わらずのにやけ面で、マルティンも相変わらずのすまし顔だ。金色の鎧に刺突剣。動きは洗練されている。
でも多分、彼じゃあヤーコプにはかなわない。
「はじめ」
審判が顔をしかめながら開始を宣言した。
審判は前とは変わって真面目な人みたいに見える。こんな試合の審判なんてやりたくないだろうに、それでもちゃんと仕事をするんだから、大人って大変だなと思う。ちなみに副審は中央の貴族で固められていて、万が一の事態に備えるようだ。
「ライムントの奴、ニヤついてるね。あいつの両親もうれしそうな顔をして。今どういう事態になっているか、わかってるのかね」
ギルベルトが冷めた目で王族側の観客席を見た。王族の思うような結果にはならないと思う。西以外の貴族の心は王家から離れたし、私の見立てでは、マルティンが生きて戻ってくる可能性は限りなく低い。
「ヘイル・スターク!」
マルティンが魔法を放った。あれは、光魔法による身体強化か! 光魔法による強化って、外部だけじゃなくて内部も少し強化できるんだよね? 他の属性の外部強化よりも格段に性能がいいんだ。マルティンの自信はこれか!
「とおう!」
マルティンが鋭い突きを放つ。正直、かなりのスピードだ。並みの剣士なら反応すらもできないんだろうけど・・・。
ヤーコプは、余裕の表情で後ろに飛ぶと、その一撃はあっさりと回避した。
マルティンの攻撃は続く。
突き、斬り、払いと華麗なコンビネーションを見せるが、昔のコルドゥラと一緒できれいすぎる! あれじゃあ、私だって簡単に避けられるよ!
「クヒヒヒヒ、この程度ですか? これじゃあ、最初に倒したあの小僧の方が、いくらかましですねぇ」
ヤーコプの嘲笑に、マルティンは怒りで顔を赤くした。
「ふざけるなよ!」
マルティンは魔力が籠った剣でヤーコプを吹き飛ばす。だがヤーコプは、余裕の表情で着地した。おそらく、自分から後ろに飛んだのだろう。
マルティンは光魔法で体を強化したまま、右手で炎の魔法を展開する。あれは、2属性を同時に扱っている!?
「2属性同時展開とはちょっと驚いたわね。でも、だからどうしたという感じだけど」
エレオノーラの言葉に私も同意する。おじい様のように威力を上乗せするわけじゃない。単に別々の魔法を展開しているだけだ。
案の定、ヤーコプはあっさりと躱した。風の魔力を纏って一瞬だけ素早く動いてるんだ。あの程度のスピードなら、簡単に躱せるようだった。
「私、前に2属性同時展開を見たことがあるけど、その人とは全然違うね。その人は2つの属性の相乗効果ですごく強くなってたよ。あんなの、別々に魔法を使ってるだけじゃん。魔法使い2人がコンビネーションで戦ってるのと何が違うの?」
私の言葉に周りにいた東の貴族が絶句した。あ、これ言っちゃダメな奴だった。ギルベルトが、「さすがバルトルド様・・・」とつぶやいている。いや固有名詞出してないのに、なんでわかるの?
マルティンは次々と炎弾を放つが、ヤーコプは横に飛んで回避した。
「隙あり!」
マルティンは素早く接近して連続攻撃を放つが、ヤーコプはそれも簡単に躱していく。
光魔法による強化はかなりのもので、マルティンは一見すると押しているように見える。だけど、マルティンの攻撃はヤーコプにかすりもしない。風の魔力による一瞬の強化で、すべての攻撃を躱しているのだ。
「くっ! これなら!」
マルティンの大ぶりな一撃を、しかしヤーコプは後ろに大きく飛んで躱していく。
この攻防で、マルティンとヤーコプにはかなりの距離ができていた。だが、次の瞬間、ヤーコプは一気に間合いを詰めた。
「くっ!」
マルティンは刺突剣で何とかその一撃を受け止めた。光の身体強化を使って、なんとかといったところか。でも刺突剣に、大きな衝撃がかかったのが分かる。
「くはははは」
ヤーコプはつばぜり合いになったところを一気に突き飛ばす。マルティンは倒れこそしなかったものの後ろに突き飛ばされ、姿勢を低くして何とか倒れるのを防いだ。
「これはどうですか」
ヤーコプは大剣を横薙ぎに振るう。マルティンは刺突剣でガードするが、武器がその衝撃に耐えきれず、折れてしまう。
「ストップだ! ヤーコプ!」
審判がすぐに止めに入った。前回の試合と違って、中央の騎士が2人の間に割って入る。ヤーコプは首輪をおさえるが、その顔はニヤついている。マルティンは肩で息をしながら審判から次の刺突剣を受け取った。
「なんか趨勢は読めた気がするわね。ねえ、ダクマー。ビューロウ家の当主ならヤーコプとのこの一戦、どう戦うと思う?」
私は考え込む。すぐに結論は出た。
「うん、わかんない!」
周りの貴族の顔色が悪くなった。
え? また私、やらかした?
「バルトルド様でも厳しい相手なのか」
ギルベルトは真剣な顔でなやんでいるみたいだけど、そうじゃないんだよ。
「あ、ごめん。おじい様とヤーコプが戦えば必ずおじい様が勝つけど、どんな試合展開になるかは予想できないんだ。接近戦で圧殺するのか、それとも距離を取って魔法で蹂躙するのか、ちょっと分からないね。だいたい、こんな狭くて隠れる場所もない中でおじい様とやり合おうというのが間違ってるよ」
エレオノーラが真顔になった。ギルベルトが「そっちかよ」と漏らした。
「多分おじい様は、味方の編成を見て一番鼓舞できる方法を選択すると思うよ。まあ、ヤーコプ程度なら敵じゃないと思うね」
闇魔と相性がいいのは私だけど、一般的な戦士や魔術師ならおじい様に圧倒的な分がある。周りの貴族も、エレオノーラやギルベルトの反応を見てそれが真実だと考えたのだろう。「ビューロウ家は魔窟か?」なんて声も聞こえてくる。失礼しちゃうわね。
「いっとくけど、こういった試合でヤーコプに勝てるのは、うちの貴族でもおじい様と私くらいだよ! ラーレは個人戦だと運要素が強すぎてちょっと参加させられない。3対3とかなら確実に勝てるけどね」
慌てたのがラーレだ。
「な、なにいってるのよ! 私なんかが勝てるわけないじゃない。この子はもう、いつも適当なことしか言わないんだから」
否定するラーレだけど、エレオノーラもギルベルトも納得の表情だ。
「ラーレ先輩にはあの魔法があるからなぁ」なんてギルベルトは言っている。うん、あれえげつないからね。
私たちがそんな会話をしている間にも、戦いは続いている。
「くっ」
ピキィィンと、再びマルティンの剣が折れた。慌てて審判が止めに入る。
マルティンは光魔法で武器を強化してるみたいだけど、一瞬だけならヤーコプの風の強化の方が優れている。あの大剣による一撃で、簡単に武器を破壊しているようなのだ。
「う~ん、剣を折って心を折ろうかと思ったのですが、こう何度も止められると萎えますね。次で決めますか」
ヤーコプが所定の位置に戻ると、剣を構えて舌なめずりした。
「マルティン! 貴様言っていたではないか! ヤーコプなんて簡単に始末できると! お前も中央の貴族なら、光魔法に強い適正があるのなら、さっさとやつを殺すのだ!」
ライムントが怒りに顔を赤くしている。戦況が読めていないのか。マルティンにヤーコプを倒す手があるとは思えない。
私は思わず叫んだ。
「もう降参しなさい! 勝負はついた! マルティンに勝ち目はないわ!」
私は思わず声を上げるが、当然のことながらその声はライムントにもマルティンにも届かない。そんな私の代わりにエレオノーラが声を上げる。あれは、マイクのような魔道具を使っているのか!
「ライムント様! 試合を止めてください! マルティンに勝ち目はないわ!」
エレオノーラの忠言に、しかしライムントは不快気な表情をした。
「貴様! 婚約者から外れた癖に、私に意見するのか!」
ライムントが唾を飛ばして叫び返した。隣にいる王太子夫婦も不快そうに私を見ている。
「ライムント様、マルティン様は将来有望な若者です。ここで亡くさないためにも、今回は負けを認めるべきです」
「ふざけるな! マルティンは必ず勝つ! 中央の貴族の強さをお前たちに証明するのだ!」
マルティンは、絶望したかのような顔で、王族たちを見上げる。そして、何か決意したかのように剣を縦に構え、何やらぶつぶつつぶやいている。
そしてライムントのほうを見上げると、大きな声で宣言した。
「ライムント様! おそらく次が最後の一撃になります。貴方様の行く道に、光、あらんことを!」
そう言うと、決意を秘めた顔でヤーコプに向き合った。対するヤーコプは下品な笑いを浮かべている。
「かわいそうに。上司にも見捨てられましたね。あの令嬢が言う通り、ここでやめれば命だけは助かったでしょうに」
マルティンの顔は変わらない。
「だまれ。王族が間違えるはずはない。私はまだここで死ぬとは限らない。死ぬとしても、それは必ず王家にとって意味のあることなのだ。私の奥義を見せてやる。お前はここで焼け死ぬがいい」
そう言うと刺突剣に魔法をかけた。
刺突剣に炎が宿り燃え盛る。あれは、魔法剣か!
「うん、2属性の同時展開はああ使うべきなんだ。武器の耐久もあるけど、あれなら闇魔の障壁だって打ち破れるかもしれない。でも」
私はつぶやく。ヤーコプの瞳に嘲笑が宿った。
「くらえ!」
マルティンが突撃して突きを繰り出す。ヤーコプは体をそらして回避する。そして――。
「これで終わりです!」
大剣を力の限り振りぬいた。
斬撃は、マルティンの胴を深く薙いでいた。
「くっ、はぁ・・・・・」
マルティンは胴を抑えて膝をつく。そしてゆっくりとうつぶせに倒れ込んでいく。
あれは、あの傷は・・・。
「マルティン! ふざけるな! お前は中央の誇りを見せるのではなかったのか! 立て! 立つんだ!」
審判がマルティンの傍に駆け寄った。傷を確認し、顔に手を当てると、静かに首を振る。
「くははははは! 貴族とはいえしょせん人間だ! 斬られたら死ぬんですよ! 王族と言うのは、そんなことも分からないのか! くはははははは!」
ライムントはなにやらわめき続けている。会場に、ヤーコプの哄笑が響いていた。