第158話 ライムントのたくらみ
ここはデニスの病室だ。デニスは気を失ったままだ。マリウスが回復魔法をかけてくれたおかげで助かったらしい。療養は必要だけど、後遺症もないようだ。まだ目覚めていないけど、命が助かってホントよかったよ。
「試合開始の1時間前に、急にルールの改正が行われたらしいわ。どこからか、ジークさんの作戦が漏れてたのかもしれない。こんなことまでしてジークさんを消したいなんて、ホントどうしようもない人ね」
エレオノーラが悲痛な顔で言葉を落とした。
ジークも何とか命をつなぎとめた。オティーリエが泣きながら回復魔法をかけ続けたおかげだ。最後の回復はマリウスが行ったんだけど、それでも彼女の頑張りがなかったら危なかったそうだ。こちらもまだ意識を取り戻していない。オティーリエがつきっきりで看病しているらしい。
「こんなこと、許されるの?」
私は無表情になって言う。エレオノーラも感情のない声で答えた。
「許されるわけ、ないじゃない。少なくともライムント様はビューロウ家の子息を傷つけたせいで東の貴族全員を敵に回したわ。南も怒り心頭よ。戦って負けたのならまだしも、ジークは知恵と勇気を振り絞って勝利をもぎ取ったんだからね。これからマルティンがヤーコプと戦うそうだけど、たとえ勝ってもライムント様を支持する貴族は南にはいなくなるでしょうね」
というか、この試合は契約魔法でルールが決まっていたはずだ。ベール家の秘術が使われているのに、そのルール自体を変えることなんてできるのだろうか。そのことを聞くと、エレオノーラは溜息を吐いた。
「これはオフレコだけど、ベール家の秘術には1回だけ、契約書のルールをいじる方法があるらしいの。どうしても契約を変える必要があるときに使うものみたいだけど、王太子たちはこれを強行させたそうよ。今回の契約魔法を設定したのはベール家当主の弟らしいけど、無理な契約変更の影響で今も寝込んでいるらしいわ」
そんなことをしたら南だけでなく中央からの支持も示も失っちゃうんじゃないの? 確かベール家って、過去に宰相なんかを輩出した名家だよね? そんな人たちに無理強いなんてしたら大変だよね。それとも、ベール家も喜んで王太子に協力したとでもいうのだろうか。
「ベール家はフーゴの実家よ。フーゴの実家はあの人と同じように真面目な人が多い。今回は気の弱い当主の弟さんに強要したようだけど、ベール家自体は断固抗議するそうよ。ライムント様はフーゴへの意趣返しのためにこれをやったそうだけどね」
そういえば、フーゴさんはライムントの元側近で、デニスとほぼ同時期に解任されたんだよね。自分から解任したのに意趣返し? 何があったか知らないけど、ほんとあいつ、どうしようもないね。
エレオノーラは正式に婚約者候補の座から降りられるそうだ。ずっと本人が望んでいたことだけど、ちょっと複雑そうな顔をしていた。まさかこれほどの犠牲が出るとは、本人も思わなかったんだろう。
私が試合会場の結界を破壊したことは不問になった。何しろ王族のやらかしが大きすぎた。ロレーヌ公爵が抗議してくれて、私自身が罪に問われることはないらしい。
「試合は明後日ね。マルティンとヤーコプがやり合うらしいわ。マルティンは自信があるみたいだけど、どうでしょうね。あなたがヤーコプを簡単に殴ってたように見えたから、さらに自信を深めたみたいだけど。ダクマーは見に行くの?」
「うん。結果はちゃんと見届けたい」
私は決意する。ジークを、そしてデニスを傷つけたヤーコプを必ず倒すことを。正直、武器で人を斬るのはこわい。でも、今の私は貴族だから、貴族として育ったからやらなきゃいけないんだ。そして王太子の野望を必ず砕いてみせる。
「私は認めない。剣と魔法が上手いだけのヤーコプも、ただ権力を振り回すだけの王太子もね」
正直、子爵家の娘の私が王家にできることはないかもしれない。子爵家の分際で大それたことを考えているのかもしれない。
でも私は忘れない。
こんな無謀なことをして私の兄を傷つけたあいつらを。
義理も人情もない。ただ自分の欲望だけに従うあいつらを、私は許せそうになかった。