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転生少女は色のない魔法で無双する  作者: 小谷草
第3章 色のない魔法使いと闇魔の炎渡り
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第150話 血判状と闇魔の謎

 ところ変わってエレオノーラが取った談話室でのこと。


 私たちはいつものメンバーで集まっていた。今日は珍しく、ラーレも参加している。


「というわけなのよ。詳しくは言えないけど、オティーリエはライムント様から離れることを言ってたわ。自分はマリウスやヘリング家に逆らうつもりはないってさ。これを見れば分かってくれるはずだって」


 そうして渡したのは一枚の用紙だった。なんか小難しい文言が並んでいて、最後にはオティーリエのサインと拇印が押印されていた。


「まじかよ! これ、ベール家が作った血判状じゃねえか! 初めて見たぜ! こんなものを用意するってことは、あの子、本気でヘリング家にとって代わるつもりはないんだな」


 マリウスは茫然と血判状を受け取った。


 この血判状ってのはベール家の秘術で、約束した人間を強制的に従わせる効果があるみたいだ。それに血判を押すと、書いてある条文に違反したとき、血判の押印者にすんごい痛みを与えることができるようになるそうだ。ベール家の秘術が使われてるから、簡単に手に入るようなものじゃないんだけどね。


「オティーリエが血判を押すところは私が確認しました。契約者は、オティーリエで間違いないわ。その代わり、彼女と彼女の母親を保護してほしいってことだけど、彼女の母を守るのに協力してくれないかな。私は東だからちょっと距離があるのよね」


 マリウスはショックを受けたような顔のまま頷く。


「ああ。それは構わない。祖父に言えば、彼女の母は悪いような扱いはされないはずだ。しかし驚いたよ。彼女から、こんな血判まで取ってくるとはね。これでうちの後継問題は決まったようなもんだよ」


 そう言って、だが訝しげな目で私たちを見た。


「しかしよくこれをもらってこられたな。彼女、相当抵抗したんじゃないか? これを渡すってことは相手に生殺与奪を握られるってことだし。まあダクマーさんがいたらそう言うこともあるかもしれないがね」


 マリウスは私がフリッツと戦った時のことを思い出したのか、訝しげな目で私を見てきた。


 私は慌てて首を振った。


「ち、ちがうよ? 私が脅したわけじゃないからね! ちゃんと膝を突き合わせて話をして、そう言うことになっただけだから! 彼女自身も、王族の横暴さを見てついていけないと思ったみたいだから!」

「マリウス。後継を争った相手だから疑うのは分かるけど、彼女は本気だと思う。そうじゃなきゃ、生殺与奪の権利を与えるような血判状なんて作ったりしないわ。フーゴに確認してもらってもいいんだから」


 フーゴってのは、エレオノーラたちと同じクラスにいるベール家の長男のことだ。デニスの親友で、エレオノーラたちとも普通に話せるくらい仲がいいらしい。彼なら、血判状が本物かどうか、判別できるそうだけど。


「いや疑っているわけじゃないんだ。もちろん念のために血判状の確認はするけど、どうやって彼女を説得したのかと思ってね。私が話したときは、なれなれしさしか感じなかったんだが・・・」


 あ、なんとなくわかる。平民だったオティーリエは日本の親戚と会う感覚でマリウスと接しようとしたんじゃないかな。でもこっちの世界では、後継とそうでない者には大きな差がある。親戚とはいえはっきりとした身分差があるのだ。まして、オティーリエは妾の子に過ぎないからね。


「この血判状を見たら本気なのは伝わるよ。私のほうでも、彼女と彼女の母を保護するように動いてみるよ。これでもヘリング家の後継だからね。ちゃんとまもってみせますとも」


 マリウスはおどけたように言った。その姿を見て慌てたのがエレオノーラだった。


「あの、マリウス? 余計なことだったかしら? ごめんなさい! 良かれと思ってやったことなんだけど、かえってマリウスに迷惑をかけてしまったのかもしれないわね」


 そう言って頭を下げるエレオノーラを見て、今度はマリウスが慌てて手を振った。


「い、いや違うんだ! この血判状を取ってきてくれたことは助かる! これのおかげで、我が家は余計な争いを起こさずに済むからね」


 そう言うが、マリウスの表情は晴れない。


「いやごめん。ただ、思ったんだ。私一人では決してこんなものをもらってくることはできなかっただろうってね。この前のディーターの件だってそうだ。私はてっきり、彼は私の非を見つけるために派遣されたと思っていたが、そうじゃなかった。彼が心底私の身を案じてついてきてくれたのが分かった。自分の疑り深さが心底嫌になるよ」


 マリウスは溜息を吐く。どうしよう。本気で落ち込んでいるみたいだ。


「いやでもマリウスはすごいよね? 6年前にディーターさんの怪我を治したってことは、マリウスはその時まだ10歳くらいでしょう? そんな小さなころから家の手伝いをしていたなんて。私なんて、そのころは自分のことで必死で毎日木刀を振り回してただけだよ」


 私が取り繕うように言うと、マリウスが力なく答えた。


「私が家で治療の手伝いをしていたのは祖父の言いつけだったんだ。遠距離魔法が使えず不貞腐れる私に、祖父が実際の人と接するように言ってきたんだよね」


 マリウスは実家で患者に接するうちに見方が変わったそうだ。話を聞くと、みんな悩みを抱えていて、不安をマリウスのような子供に聞かせる人も少なくなった。でも中には頑なな人もいて、人はそれぞれ違うことを実感したとか。


「それまで自分を不快にする人か、そうじゃない人かに分けていたけど、それだけがすべてじゃないことを理解できたんだ。一見不快に思えても、私のことを思って忠言してくれていた人もいた。そんな経験をして、少しはましになったかと思ったんだが・・・」


 マリウスは首を振る。


「でも私には少し前まで分からなかったよ。ディーターが、私への恩を返すために鍛えていたことを。オティーリエが、話せばちゃんと分かってくれる人だってことをね」


 落ち込むマリウスに優しく語りかけたのはラーレだった。


「マリウス様。私たちはまだ学生なんです。視野が狭くて、いろいろ見落とすことだってあるかもしれません。他の人の言葉で気づくこともあるかでしょう。大事なのは、気づいてからどうするかじゃないでしょうか」


 マリウスは静かにラーレを見た。


「ディーターさんにもこれから誠実に向き合えばいい。オティーリエさんにだって、これからちゃんとすればいい。2人とも、マリウス様の謝罪なんて求めていないと思います。だから、これから2人のことをちゃんと見てあげればいいんじゃないでしょうか」


 マリウスはしばらくラーレを見つめていたが、ふと微笑んだ。それは見る者が見とれるくらい、優しい表情だったんだけど・・・。


「ま、まあとりあえずは良かったってことだな。マリウスには、足を引っ張ってくれるような身内はいなかった。少なくとも、2人はちゃんとマリウスの味方になってくれると言ってくれたんだ。それにしても、楽しいことやってるみたいじゃないか。死霊を倒しに行ったんだって? 僕も参加したかったよ」


 急に話に割り込んできたギルベルトに、私は慌てて答えた。


「う、うん。死霊って初めて戦ったけどやっぱりやばくてさぁ。私とヴァンダ先輩だけだったらやばかったよ。マリウスとディーターさんが来てくれたから殲滅できたんだけどね」


 そう言って死霊のことを思い出した。手が長くて物理攻撃も効かないようだった。事前に聞いてなかったら本当にヤバかったと思う。無属性魔法のおかげで倒すことができたんだよね。


 そしてふと思い出す。


 初めて死霊を見たときに感じたことを・・・。


「どうしたのダクマー。いきなり黙り込んじゃって」


 訝しげに見るエレオノーラに、私は慌てて答えた。


「いやごめん。死霊を初めて見たときのことを思い出してさぁ。自然な生き物じゃない。絶対に許してはいけないって思ったんだよね。まるで・・・」

「闇魔を初めて見たときのようだった?」


 私は驚いて目を見開く。マリウスは小さく頷いた。


「ダクマーみたいに思う人は少なくないんだ。死霊や闇魔を見て、絶対に許していい存在じゃないってね。勘のいい人ほど、そう感じるみたいだ」


 私が絶句していると、マリウスが説明を続けた。


「こういう意見もある。闇魔とは、死霊の進化した姿なのだと」


 そう言うマリウスを、エレオノーラが否定する。


「でも! 闇魔には肉体があって物理攻撃も通じるわ! あなたも知っているでしょう! アルプトラウム島の住民は、闇魔に食料を提供するために生かされているって! 低位の闇魔ほど残酷で、戯れに人を殺したりするけれど、闇魔には体も肉もある。私たちと同じ生物なのよ!」

「だけど闇魔を殺すと消えてしまう! それこそ、死霊と同じようにね!」


 えっと、議論が白熱しているようだけど、私はどうしたらいいんだろう。ラーレも、なんか戸惑ったような顔をしてるし。


 そんな私たちを見てギルベルトが手を叩く。


「とまあ、こんな感じで、闇魔の存在って謎が多いんだ。自然な生き物ではない。だけど、死霊と違って肉体もある。研究者の中には、『闇魔は何者かに召喚された生き物だ』っていう説を唱える人もいるけど」


 召喚かぁ。私は召喚の授業で追い出されたことを思い出してちょっと微妙な気分になった。


 でも確かに召喚だとするといろいろ説明がつく。召喚の中には永続召喚と局地召喚ってのがあって、永続召喚のほうは死んでも死体が残るけど、局地召喚のほうは死んだら粒子になって消えてしまう。一説では、元の世界に戻ったと言われているけど・・・。


 闇魔を召喚するって、そんな巨大な魔力を持つ存在って、いるとは思えない。少なくとも私たち人間には、1体分の闇魔を召喚するだけでいっぱいいっぱいになってしまうだろう。それは王族の魔力をもってしてもかなわないことなんだ。


 エレオノーラはバツの悪そうに頭を掻く。


「そうね。ごめんなさい。なんか無駄に熱くなったわ」

「私のほうこそ済まない。ちょうど研究していたところだから、議論が白熱してしまった」


 ふう。何とか喧嘩別れせずに済みそうだ。


 そして私たちは可能な限りオティーリエを保護することを誓い、談話室を後にするのだった。

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