第15話 「識覚」を鍛える
おじい様の魔力制御を見てその深みを知った私だけど、修行には行き詰っていた。
「魔力板の訓練ばかりじゃ、あんなにすごい魔力制御はできないと思うんだよね。そもそも、私の魔力ってちゃんと動いてるのかな? 魔力板以外で無属性の魔力を察知する方法が全然分からないんだけど」
私の魔力って透明らしいから、どこにあるのか把握しづらいんだよね。私は道場で胡坐をかいて魔力を練り込んだけど、今一つ魔力が籠っているのか分からなかった。
「だめだ! ぜんぜんわかんない!」
私は大の字になって寝転んだ。ラーレはあきれたように私を見ている。
そのとき、道場におじい様が入ってきた。
「こらダクマー! 貴族令嬢が、そんなだらしない恰好をするでない! いくらワシの道場とはいえ、見る者がおらんとは限らんのじゃぞ! ラーレしかいないからと言って、あんまり油断するでない!」
入ってくるなり説教するおじい様を、憮然とした顔で見つめた。
「だって、修行が行き詰って・・・。魔力って、なんとなく展開していることは分かるんですけど、細かい位置とか量とかが分からないんですよね。おじい様、私に魔力があるってなんでわかったんですか?」
憮然とした表情で文句を言う私を、おじい様は驚いたような顔でまじまじと眺めてきた。
「そりゃお前、わしの魔力とぶつかった時に感じ取れるじゃろう。まさかお前、自分の魔力を感じ取ることができんのか?」
え? 何言ってるの? そんなことできるわけないじゃない!
私は人の魔力を見たことはあっても、自分の魔力は見たことも感じたこともないのだ。
「できないですよ。なんとなく展開したことは分かるけど、細かい場所とかは分かりません。私の魔力は透明だからですかね? 全然です」
確かに身体強化は発動たけど、なんとなく魔力を込めて戦ったらできだけだ。おじい様は顎に手を当てて考え込んでいる。
「もしかしたら、透明の魔力しかないお前だと、魔力の場所を感じ取れないのかもしれんな」
おじい様は納得したようだが、私は憮然とした表情になった。
「私はもっと、詳細に身体強化をできるようになりたいです。魔力の場所が見えないままじゃあ、強くなることなんてできないですよ」
おじい様はうめく。
「ううむ、確かに、自分の魔力の場所が分からんのは問題じゃな」
私は上目遣いでおじい様に聞くことにした。
「なんか、自分の魔力の位置を把握する方法はありませんか? 魔力板も、玉の動きを追っているだけですし。だいたい、透明で見えない魔力の位置を把握なんてできるはずがないですよ」
おじい様は興味を引かれたのか、身を乗り出して問いかける。
「普通は魔力操作の訓練をするうちに魔力を感じ取れるようになるはずじゃ。ラーレなんぞ、魔力の動きは確実に感じ取ると思うぞ。まてよ、この間のグスタフの奴との模擬戦で、わしらの魔法が見えたと言っておったな。四属性の魔力は目で見えるということか?」
私は頷く。前回の模擬戦では、おじい様とグスタフの魔力がはっきりと見えていた。
「そうなんです。属性が付いていれば見えるんですよ。火魔法は赤で、水魔法は青色って感じにね。でも自分の魔力は透明だから、いまいちどこにあるか分からないんです。自分の魔力が一番分からないなんて、どうなってるんだって気がしますけどね」
おじい様はますます興味深そうな顔をしている。ラーレはそんな私たちをはらはらした様子で見ていた。
「ふむ。これだけ訓練しても見えんとは、おそらく魔力を把握するための器官――わしらは『識覚』と呼んでおるがの。それがあまり発達していないということじゃな。じゃが、属性のある魔力は、他の者より見えている。視覚的には魔力が見えるのが、無属性魔法の特徴なのかもしれんの」
おじい様は興味深そうに私を見ている。面白い研究対象を見つけたような雰囲気だ。なんか、私のこと、実験動物のように扱っている気がするんだけど。
しばらくすると、おじい様は何か思いついたように顔を上げた。
「そうか。お前は属性付きの魔法を目で確認できるがゆえに、すべての魔力を目だけで捉えようとしているのではないか? だから、透明な自分の魔力は見ることができんのじゃ!」
おじい様は満面の笑顔になる。確かにそうかもしれない。なまじっか見える分、自分の魔力を目で理解しようとしている気がする。でも原因がそれだとして、それじゃあどうやって自分の魔力を把握すればいいのだろうか。
「私は自分の魔力を感じることができないんですか?」
心配になって聞くと、おじい様はニヤリと笑う。
「お前はさっき聞いたな。どうやって無属性の魔力を把握しているのかと。簡単じゃ。ワシらは、魔力同士が触れたときの感触を感じ取っておるのじゃ。この感覚は生来のものではなく、後天的に鍛えることができるのが特徴じゃ。魔力があることをしっかり理解して、そして魔力を接触する感覚を覚える。それを繰り返すことで、少しずつ魔力の位置を理解できるようになるのじゃ」
そんなこと言っても、自分の魔力に触れていても、感じ取ることなんてできないよ!
「ふむ。ワシの兄はかなり魔力の色が薄くての。最初はお前のように触っても自分の魔力を感じられておらぬようじゃった。じゃが、気づいたら魔力探査をかなり詳細に行えるようになっておった。おそらく、魔力探知で大切なのは、慣れじゃ。ついてこい!」
おじい様はどしどしと足音を立てながら道場の一室に向かう。私とラーレは顔を見合わせると、慌てておじい様の後に続いたのだった。
◆◆◆◆
道場の中には、魔法を練習するための小部屋がある。おじい様はその部屋に入ると、部屋の真ん中にどっかりと座り込んだ。
「ダクマー、ワシの前に座りなさい」
私は戸惑いながらおじい様の前に座る。いきなりおじい様の前に座らされて、ちょっとビビる。
「お前に危害を加えるわけではないから、少し我慢しなさい」
おじい様は手を前に構えて印を作ると、火の魔力を展開する。おじい様の魔力は薄く、広い。おじい様の火の魔力は、あっという間に部屋に充満した。
「え? なにこれ?」
火の魔力は攻撃性が強い。こんなふうに浴びたら熱を感じるはずだけど、全身を覆う魔力から刺激を受けることはなかった。
「あれ、赤の魔力なのに痛くない」
ラーレの魔力を浴びると痛みが走るのに、おじい様の魔力を浴びても痛みを感じることはなかった。
「火の魔力とはいえ、これだけ薄く展開すれば人を傷つけることはないんじゃ。さあダクマー、お前の魔力を展開してみろ」
私は戸惑いながらも、おじい様の言葉に従って全身に魔力を展開する。すると、私の魔力がおじい様の魔力を押しのけたのが分かった。
「あ・・・・、今、おじい様の魔力をはじいたよね?」
私は笑顔で答えるが、おじい様は眉を顰めた。
「うん? お前、今何をやった? 普通は手のひらや指から魔力を放出するもんじゃが、今、全身から直接魔力を展開しなかったか?」
え? 何言ってるのか分からないんだけど。
「普通ですよ。魔力って、どこからでも発現できるものなんじゃないんです?」
おじい様はうめく。そして顎に手を当てて考え込んだ。
「普通は手のひらや指と足の指、そして口くらいからしか魔力を発生できんもんなんじゃ。じゃが、今お前は全身から直接魔力を発現したな。そうか。無属性魔法の特徴は浸透――、どこからでも魔力を発現できるのじゃな!」
おじい様は興奮気味に答える。いや、新しい発見があって喜ぶのは分かるけど、今は無属性魔法の探知の話なんだけど!
「で、どうやって魔法の位置を把握できるんです?」
私が冷たい目で尋ねると、おじい様はコホンと咳払いをした。
「ワシの魔力を押しのけたのが分かったじゃろう? その感覚を覚えるのじゃ。何度も繰り返せば、透明な無属性の魔力とはいえ感覚は磨かれていく。まあ根気がいる作業じゃがな」
私は大きく頷くと、目を見開いておじい様を見る。
「あ、でも」
私はすぐに気付く。この訓練には重大な欠点がある!
「おじい様がいないとこの訓練はできないよね。おじい様、外出することが多いから、何度も訓練するのは難しいんじゃないかな」
私が肩を落として言うと、おじい様は笑い出す。
「ラーレがおるじゃろう。魔力制御に優れたラーレなら、範囲を広げて魔力を展開することができるはずじゃ」
急に名前を呼ばれてラーレはびくりと体を震わせた。
「お前なら、そろそろこれもできるようになっているはずじゃ。この訓練はお前の魔力制御をさらに高める訓練になる。この部屋で、ワシがやったように薄く魔力を展開して見せよ。ダクマーは無属性の魔力を展開して、自分の魔力を把握できるようになりなさい。2人とも足りないところを訓練できる。一石二鳥ではないか」
おじい様は笑い出す。確かに、私の修行にもなるし、ラーレの訓練もできるかもしれない。でも、ラーレがいつも成功するとは限らないのではないか。
「そう心配そうな顔をするな。最初はワシがしっかり見てやる。お前がちゃんと魔力を展開できるようになるまでな」
ラーレは自信なさげに、だがしっかりと頷いた。おじい様はそんなラーレに優しく語りかけた。
「魔力板の訓練は見させてもらった。そろそろ、次の段階に進んでもいいはずじゃ。お前は火の魔法を確実に制御できるようになる必要がある。今でも8割以上の確率で魔力の展開に成功するはずじゃ。失敗したら、すぐに火を消せばいい。この部屋は薄い火魔法では燃えなくなっておるし、消火活動はグスタフあたりに手伝わせればよい。自分を信じて、しっかり訓練しなさい」
おじい様は優しく微笑みかける。ラーレは自信がなさそうだけど、それでもおずおずと頷いた。
「しかし、息子や嫁には識覚や魔力操作については教えたはずじゃがなぁ。これは、孫たちに基礎を教えねばなるまいな」
あれ? この爺、なんだか不吉なことを言い出したんだけど!