第148話 ゲームの世界?
「それでこの世界はどんな乙女ゲームなの?」
泣きやんだオティーリエは表情を誤魔化すかのようにそう聞いてきた。え? なんも知らないの? 私とエレオノーラは顔を見合わせる。
「ちょっと待って。なんのゲームか知らないのに、ヒロインムーブしていたんですの?」
エレオノーラの疑問に、オティーリエは照れたように顔を掻いた。
「いやぁ、私が聖女だって聞いて、きっと何かの乙女ゲームかと思ってさ。有名どころを一通りクリアしてきたから、好感度を高める言動はだいたい予想できるしね。でも幾多の乙女ゲームを制してきた私でも、この世界がどのゲームなのか、分からないのよね」
お、おう・・・。どうやらオティーリエは前世でかなり乙女ゲームをプレイしてきたのだろう。なんのゲームか分からないのに、メインヒーローのライムントと仲良くなるなんてさすがだ。
「私、前世ではブラックな病院に勤めるしがない看護師だったのよね。趣味は乙女ゲームって、なかなか暗いでしょ? 仕事は薄給だけど忙しくて、職場とアパートを往復する毎日だった。趣味の乙女ゲームをしていた時だけ、現実を忘れられたんだ。でも30を前に病気になって、入院してすぐに死んじゃったの。記憶を取り戻したのは貴族として引き取られてからよ。最初は平民で暮らしも大変だったんだけど、光属性を持ってるってわかって、貴族の家に引き取られた。そのとき気づいたの。ここは乙女ゲームの世界で、私はヒロインに転生したんだってね。日本で暮らした記憶も戻ったし、学園ではやたらキラキラした男の人がいたしね。前世では長く生きられなかったけど、今世では攻略対象者と素敵な恋をして、幸せになりたいのよ」
オティーリエは私たちより長く生きたみたいだけど、その一生は幸せなものではなかったようだ。う~ん、そんな彼女にこの世界のことを伝えるのはためらわれるなぁ。
エレオノーラも同じように思ったようだが、覚悟を決めて告げることにしたようだ。
「オティーリエさん、あなたの予想通り、この世界はあるゲームに酷似しているわ。『乙女は戦場で桜吹雪に舞い踊る』ってゲーム、知ってる?」
オティーリエは固まった。ん? どうしたの?
「え、ま、まさかこの世界って、あの『戦場乙女』の世界なの!?」
あ、やっぱりこれ、地雷ゲームなのね。
「『戦場乙女』って、乙女ゲームっぽいけどそうじゃないって有名なのよ! なにしろゲームオーバーのイベントは多いわ、ステージは難しいわでかなりハードなの! 私の乙女ゲーム仲間が言ってたわ。イラストはいい感じなのに全然クリアできないってね。それを聞いて、私は迷わずこのゲームをあきらめたわ。このゲームはその手のシミュレーションゲームが好きな人から愛好されているくらい、作りがしっかりしているの。登場人物も一癖も二癖もあるやつばかりだし、普通に最後まで進むのが難しいくらいよ!」
あ、やっぱりそうなんだね。私がぎりぎりでクリアしたのも無理のない話だったのだ。
「で、あなたたちはこのゲームでどんな役割を担ってるの?」
オティーリエが勢いごんで尋ねてきた。
「えっと、私が一応主人公で、彼女が悪役令嬢みたいな感じかな?」
私が答えると、オティーリエは頭を抱え出した。
「聖女がヒロインじゃないって、どういうことよ! さすが『戦場乙女』! わけわかんない!」
オティーリエは大声を上げた。
「えっと、でもオティーリエはライムント様の攻略を進めているのよね?」
エレオノーラの質問を聞いて顔を上げたオティーリエ。その顔色は真っ青だった。
「冗談じゃないわ! あんな危ない奴、元日本人の感性で受け入れられないわよ! あの人、他人をゴミのような目で見ているのよ! この間だって、同じ学園の生徒を簡単に斬りつけようとしたし! あいつだけは無理! きっとDV加害者予備軍よ!」
まあジークが斬られそうになったのを見たら、そう考えるのは無理ないかもしれない。エレオノーラは困ったように顔を傾けながら、婚約者候補の情報を話してくれた。
「あくまで噂かもしれないけど、ライムント様の癇癪に触れた平民が殺されかけたって話を聞いたことがあるわ。でもね、オティーリエさん。この国ではライムント様みたいに、平民の命をなんとも思っていない貴族は多いのよ。もちろんそうじゃない人も大勢いるけどね。だから、貴族として生きるなら、ある程度はこの状況を受け入れるしかないのよ」
それは理解できる気がする。この国の貴族って、けっこう個人差が激しい。おじい様やエレオノーラみたいに平民や異民族を差別しない貴族がいるかと思ったら、ライムントやフリッツみたいに平民をモノのように扱う貴族もいるのだ。
でもオティーリエにとってエレオノーラの言葉はかなり意外だったようだ。
「ううん、でも、叔父さんの家は平民にも優しく接していたわ。マリウスだって、平民を区別せずに癒していた・・・って、そうか。マリウスたちがそうでない貴族で、ライムントはそんな貴族なのね! ちょっ、ちょっと、いやかなり早まったことしちゃったかも!」
オティーリエは焦りだした。まあ日本人の感性を持つ彼女なら、ライムントたちの考え方が受け入れられないのは分かる気がする。
「ちょっと優しく接したら、ライムントにつきまとわれるようになったの。どうしよう! 顔はきれいでキラキラしていたから、きっと攻略対象者だと思って声をかけたのに! 私、やばくない? あいつに斬られたりしないよね?」
エレオノーラはため息をつく。オティーリエはちょっと、いや大分抜けたところがあるみたいだ。
私は親近感がわいてきた。
「しょうがないわね。ある程度なら、私が守ってあげるわ。マリウスにもあなたを気に掛けるように言っておいてあげる。だから、あんまりライムント様に近づかないようにするのよ?」
オティーリエは真っ青な顔でコクコクと頷いたのだった。