第146話 オティーリエ
「ふっ、オティーリエ。お前はいつも元気だな。俺は王子として忙しい毎日を過ごしているが、お前の笑顔に癒されている気がするな」
「ライムント様! ライムント様はいつも頑張っています。私で力になれることは何でも言ってくださいね」
せっかくのお昼なのに、嫌なものを見た。食堂ではライムントと噂のオティーリエが、二人で仲良く過ごしていた。オティーリエは銀髪碧眼の美少女で、ライムントの隣に立つと絵になると思う。でもなぁ。
今日はたまたま学食に来たのに、ちょっと関わりたくない。そう思っているのは私だけではないようで、困っている顔をした学生を何人も見かけた。ライムントの取り巻きも、なんだか微妙は表情で離れたところに座っている。あいつらも、この状況を苦々しく感じているらしい。
う~ん、どこで食べようか。お盆を持った私が逡巡していると、渋い顔をしたジークと目が合った。彼は自分の隣の席を顎で示す。どうやら、同席を許してくれるらしい。
「なんかごめんね。さっさと食べちゃうからさ」
私が小声で話しかけると、ジークは微妙な顔をした。
「いや、大丈夫だ。ダクマーには剣術の授業で世話になってるから、これくらいのことはさせてくれ」
おじい様から許可を得た私は、剣術の授業で身体強化魔法を教えている。だいたい半数の生徒が真面目に魔力制御を練習していて、速い人は無属性魔法で体の内部強化ができるようになっている。まあ、私やコルドゥラほど長時間、内部強化を維持できる人はいないみたいだけどね。
でもほとんどの人が私の身体強化の効果を実感している。私の身体強化だけで戦う人は皆無で、だいたいは自分が使っていた流派の武術を強化するのに使ってるんだけどね。
ジークは真面目に魔力制御を勉強していて、ブルノン流の技と組み合わせることで瞬間的に攻撃力や防御力を高められるようになったと喜んでいた。実際に自分で身体強化をやってみて、「ダクマーがどれだけおかしいことをやってるかよくわかった」と言っていたけどね。失礼しちゃうわ。
「最近はライムント様はいつもあんな感じだ。関わり合いになりたくないから、オレは食べたらすぐ出ていくつもりだ。ダクマーも気をつけろよ」
ランチを食べ終えたジークは、そう言うと素早く食器を持ち、返却口に片付ける。そして、出口に早歩きで向かっていった。
でもその時だった。
「はっはっは。私にかかれば、これくらいは軽い軽い」
オティーリエとふざけ合っているライムントが、急に後ろに下がってきたのだ。
あ、あぶない!
ちょうど食堂を出ていこうとしていたジークにぶつかりそうになった。ジークは慌てて避けようとしたが、運悪く、ライムントにちょっと当たってしまった。
ライムントは表情を消してジークを見た。
「も、申し訳ありません」
ジークは慌ててライムントに謝罪した。でも、ふざけて急に移動したライムントが悪いように私には思えた。
「貴様、たかが中位貴族の分際で私に触れるとはどういうつもりだ」
ライムントの取り巻きがいきなり誰何してきた。
え? 何言ってるの? ぶつかってきたのはアンタたちの主でしょ?
だが取り巻きたちがいつの間にか近寄って、冷たい目でジークを睨んでいる。
「お前は南の貴族だな! ライムント様に触れるとは何を考えている! 土下座して謝れ!」
取り巻きの2人が剣に手を掛ける。こいつら、ライムントの取り巻きだからって帯剣が許されてるみたいだけど、こんなところで剣を抜くつもりなのか!
「ラ、ライムント様。も、もう、危ないんですから。そんな人ほっといて、こっちに来ておしゃべりしましょ?」
オティーリエが慌ててライムントを止めた。だがライムントの表情は変わらない。
「そこになおれ。無礼打ちにしてくれる」
そう言うや否や、剣を抜いた。え? 抜いちゃうの?
ジークは青い顔で抵抗の意志がないことを示すかのように手を上げた。
「も、もうしわけありません! 私の不注意でした! どうか、お許しください」
そう叫ぶと、深く頭を下げた。
「お、オティーリエは、ちょっと静かな場所に行きたいかな~、なんて」
オティーリエが取り繕うかのように言った。ライムントは冷たい目をジークに向けたまま、ゆっくりと剣を収めた。
「命拾いしたな。とっとと失せろ」
ジークは青い顔で頭を下げると、脱兎のごとく食堂を後にした。
ライムントは冷めた目でジークの後姿を見送ると、周りを威嚇するように見回した。そして、私の姿に気がついた。
ライムントはふんと口を鳴らすと、私を見て冷たく言い捨てた。
「闇魔を何体か倒して調子に乗っているようだが、貴様などたかが子爵程度にすぎん。あの小僧のように、醜態をさらしたくないなら、せいぜい大人しくしているんだな」
そう言い捨てると、肩をいからせて食堂を出ていった。
「おお、こわ。この国の貴族って、ちょっとシャレになんない。こりゃライムントは避けた方が無難だね。せっかく聖女に転生したんだから、パートナーはちゃんと選ばないとね」
オティーリエの小さなつぶやきが聞こえてきた。
「え? 転生って?」
私は思わず口にした。オティーリエは驚いて私を見ると、一礼して小走りに立ち去っていった。
◆◆◆◆
「転生って、オティーリエがそう言ったの?」
談話室でエレオノーラが驚いていた。あの後、私はエレオノーラと二人で話し込んだ。
「うん、この国の貴族とも言ってた。もしかしたら彼女も、私たちと同じ、日本からの転生者かもしれない」
エレオノーラは考え込んだ。
「オティーリエは、自分のことを聖女っていったのよね? 乙女ゲームだと、主人公が聖女になるってストーリーは結構多いと思うのよ」
もしかしたら、彼女はこの世界のストーリーを知らなくて、自分のことを主人公だと思っているのかもしれない。同郷の仲間なら、何とか助けてあげたいけれど・・・。
「彼女が自分が主人公だと勘違いしている可能性もあるわ。平民だった期間が長いなら闇魔のこととか魔物のこととか詳しく知らなくてもしょうがないと思うし。でもゲームには、オティーリエなんてキャラはいなかったと思うわ」
エレオノーラは頭を悩ませた。でも彼女、ジークをかばってたみたいだし、そんなに悪い人には見えなかったなぁ。
「この世界だと生き残ること自体がハードモードだと気づいてもらえるといいんだけど」
そうだよね。この世界は魔物は強いし、貴族の中にもライムントみたいなのがけっこういたりする。あいつの取り巻きなんかもやばい奴が多いしね。そのあたりしっかり意識しないと、あっさり命を落としてしまう。ゲームでも、理不尽なバットエンドとかあったからなぁ。
「まあ、どうなるかは本人次第じゃない? 私としてはライムント様を引き取ってくれれば大万歳なんだけど」
いや、無理だと思うよ。彼女、ライムントの行動にドン引きしていたみたいだから。