第143話 決着! 死霊の館
私たちは寝室の前まで進んだ。
ゴクリ、とのどを鳴らす音がする。だれかが、息を吞んだようだった。
「この先に、死霊の親玉がいるんっすね。王都の冒険者を、何人も退けたという・・・」
ヴァンダ先輩が緊張したようにつぶやいた。
「ええ。決して侮ってはいけません。皆さん、静かにしてくださいね」
そう言って、ディータさんがドアノブに手を当てたその時だった。
ブオオオオオオ!
突然の突風がドアを吹き飛ばした。
ディータさんがとっさに顔をかばうが、破壊された扉の破片が降り注いだのが見えた。
「くっ! なんと!」
ディーターさんの足にドアの破片が刺さっている。だが彼はそれを気にすることなく、私たちをかばうように立ちふさがった。
「ふ、不意打ち! 死霊なのに!」
ヴァンダ先輩の声を聴きながら、私は寝室を覗き込んだ。
でかいな。
それが、その死霊を見た時の感想だった。
手が長く脚が短いのは他の死霊と同じだが、大きさが段違いだ。おそらく、私たちの2倍以上の身長があるのだろう。その死霊は窮屈そうに身をかがめながら、私たちを覗き込んできた。
「ブオオオオオオオ!」
死霊は叫ぶと、右手に描いた魔法陣から大きな風の弾を発現させた。
「ま、まずいであります! みんな、避けて!」
ディーターさんの叫びに、私たちは慌てて身構えた。
死霊が風の弾を撃ち放つ。
速い! それになって大きさ!
私たちは慌てて横に飛んで回避する。その風の弾は、ドアを超え館の壁を吹き飛ばした。死霊によって開けられたに大穴を見て驚愕する。あんなの食らったら、ひとたまりもないじゃない!
「くっ、ここまで強力な個体が現われるなんて」
ディーターさんが呻く。その足には破片が刺さったままだが、それでも私たちの盾になろうとしているようだった。
「ディ、ディーター! 無理をするな! いったん下がるんだ!」
マリウスが叫ぶが、ディーターさんはニヤリと笑ったまま動かない。
「ヘリング家の盾になるのは、クラー家の誇りであります。マリウス様は気にせずアイツを倒してください!」
ああ、何を言っても、この人は下がるつもりはないんだな。
この人は、貴族の誇りにかけて私たちの盾になるつもりなんだろう。たとえ死んだって、マリウスを守り切るに違いない。この国の貴族ってこういうところがあるんだ。誇りにかけて守るべきものをかばうというか・・・。
マリウスは何とか説得しようとするが、ディーターさんは聞く耳を持たないようだ。彼が構えを解くのは、きっと死霊が消えたあとのことだろう。
「ふう。やるか」
ディーターさんを助けたかったら、素早く相手を葬るしかない!
私はそっと息を吐くと、剣を横に構える。示巌流の剣なら、死霊を斬るなど造作もないはずだ。
「きええええええええええええ!」
私は一叫びすると、死霊に素早く接近した! そして驚くアイツの胴を目掛けて思いっきり剣を振るった。
私と死霊はすれ違う。
手ごたえはあった。私の剣は、確かにあいつの腹を切ったはずだ。
そっと振り返ると、驚愕の表情を浮かべた死霊が、傷口から粒子になって消えていくのが見えた。
「秘剣、鴨流れ」
私は斬新の構えのままそっとつぶやいた。
マリウスはニヤリと笑い、ヴァンダ先輩とディーターさんが驚愕しているのが見えた。さすが、走・攻一体となった秘剣だ。私の一撃は、死霊の首魁を見事に仕留めていた。
「きょきょきょきょきょきょ!」
死霊が断末魔の叫び声をあげている。
「あの巨大な死霊が一発っすか!? これが、ビューロウの剣・・・」
茫然とつぶやくヴァンダ先輩とは対照的に、マリウスが肩を回しながら汗を拭う。
「これでもう大丈夫なはずだ。ディーター。こっちに来るんだ。その程度の傷、私がすぐに治して見せよう」
そう言ってディーターさんに近づくと、右手に白い魔法陣を作り出す。そしてディーターさんの傷口に触れると、見る見るうちに回復していくのが見えた。
やっぱりマリウスの回復魔法はすごいよね。破片を取り除きながら、あっという間に傷がふさいでいくんだから。おじい様の水魔法でも、こんなに簡単に傷が消えることはなかったと思う。
ディーターさんはよろけながらも、恐縮したように頭を下げた。マリウスは苦笑しながらディーターさんに告げる。
「傷はふさがったとはいえ、すべてが元通りというわけではない。報告が終わったら、しばらくは安静にしておくんだ。回復魔法では、失った体力までは戻せないからね」
ディーターさんは感激したように傷があった場所に触れ、マリウスに笑顔を見せた。
「マリウス様の手を煩わせたようですみません。しかし、相変わらず見事な腕ですな。あれだけの傷が、もう跡形もない」
そう言て笑うディーターさんに、マリウスが疑問をぶつけていた。
「今、相変わらずと言ったな。君は、僕の回復魔法を受けたことがあるのか」
そう言ってしばらく考え込むと、ハッとしたように顔を上げた。
「そうか! きみは6年ほど前に大けがをしてうちに運び込まれた子供だね! 身長が全然違うから気づかなかったよ! こんなに大きくなったんだね!」
ディーターさんは照れたように笑った。
「思い出していただけましたか。そうです。6年前に運び込まれた者です。あの時はお世話になりました」
マリウスは首を振った。
「すまないな。今の今まで気づかなかったよ。でもあんな大怪我をしていたのに、後遺症もないようで安心したよ」
ディーターさんは再び深々と頭を下げた。
「あの時は本当にお世話になりました。こうして、あなたのお役に立てる日を楽しみにしていたのです。私たちクラー家は、いや私は、あの日よりマリウス様に忠誠を誓っているのです」
感激したように笑顔を浮かべるマリウスに、ディーターさんは言葉を続けた。
「リヒト家に聖女が生まれたようですが、私の忠誠は変わりません。たとえ遠距離魔法が苦手でも、あなたにはこの素晴らしい回復の腕がある。私たちはマリウス様を支持いたします。マリウス様はどうか、ご自身の好きな道を選ばれますよう。私たちはその道についていくつもりです」
そう言って、ディーターさんは深々と頭を下げたのだった。