第140話 死霊の館にて
それから2時間ほど移動して、私たちはある館の前に立っていた。
「ここが死霊の出る館かぁ。なんか雰囲気あるよね? お化けとかでそうじゃない?」
興奮する私に同意したのはマリウスだった。
「ああ。闇の魔力がここまで漏れているみたいだ。きっと中には、かなりの数の死霊がいると思う。腕が鳴るね」
嬉しそうに話す私たちを、ヴァンダ先輩が顔を引きつらせてみている。見る限りドン引きしているようだった。
「あの・・・。お二人とも、死霊についてはどのくらい知っているんっすか?」
そう言えば、私ってば死霊のことなんて何にも知らないんだよね。なんか授業でもまだやっていないところみたいだし。
首をかしげる私に説明してくれたのはディーターさんだった。
「死霊という存在についてはまだわかっていることが少ないのであります。おそらくですが、魔法使いが死んだときに解放される魂のようなものと大気中に漂う魔力が何らかの原因で融合した存在みたいなのであります」
おお! さすがヘリング家の分家! 死霊についてかなり博識みたいだった。
ディーターさんの言葉をマリウスが補足してくれた。
「死霊は生前思い入れの強い場所に留まるケースが多いんだ。今回の場合はこの館だね。そして、死霊は生者を襲う。襲って、その人となり変わろうとするらしいんだ。まあ実際に死霊に殺されても、なり変わられることはないようだけどね」
ふむふむ。無差別に襲うのなら厄介だよね。でもその言い方だと、死霊に理性はないようだけど?
「マリウス様の言う通り、死霊に理性というか、考える力はないらしいっす。でも生前と同じような技や術を使ったりするらしいっす。今回の死霊の親玉はかなりの魔法使いだったらしく、調査に来た冒険者を撃退したみたいなんすよ」
冒険者!? やっぱりそんな職業の人がいるんだね! ちょっと興奮するんだけど!
そんな私を気にも留めず、ディーターさんが説明を続けてくれた。
「基本的に、死霊に物理攻撃は通用しないのであります。魔力の籠った一撃でしかダメージを与えられません。さらに、触れられたら魔力を吸い取られてしまい、それが過ぎると命まで危うくなってしまうんです」
そういって、ディーターさんはちらりとマリウスのほうを見る。
あ、そうか。仮にマリウスが遠距離攻撃をできないとすると、死霊にはかなり苦戦することになる。私みたいに剣を持っていたりすれば別なんだけど、マリウスってば、何にも持ってこなかったんだよね。
マリウスは不敵に微笑んで館の扉に手を掛けた。
しかしそのときだった。
「あ、あぶない!」
ディータさんが素早くマリウスの肩を引き寄せる。マリウスは驚いた顔をしてディーターさんを見るが、それまでマリウスがいた場所に何かが通り過ぎた。
「なっ! なんだって!」
「マリウス! 下がって!」
私はマリウスの前に割り込んだ。
「くきゃきゃきゃきゃきゃ!」
私たちの前に黒い影が降り立った。
手は床につくほど長く、足は人の半分ほどの短さだ。長い黒髪でその表情は見えないが、その双眸が怪しく光っていた。
「こいつが、死霊・・・!」
私は剣を構えて死霊を睨む。
目が合うと怖気が走る。これは自然な生き物なんかじゃない。絶対に、このままにしていい存在じゃない。
私は根拠もなく、そう思った。
「させませぬ! させませぬぞ!」
盾を前にして素早く飛び掛かったのはディーターさんだ。
彼は盾を死霊に押し付けると、右手の剣を素早く振るう。その体に白い光が見えるのは、光の魔力を纏っているからか!
正直、攻撃は浅い。でも、ディーターさんの攻撃は死霊を倒すためのものじゃない。相手を自分に引き付けるための攻撃なのだ。
「きょええええええ!」
死霊はおぞましい声と共にその手を振るった。だけどディーターさんは盾でその一撃をあっさりと受け止めた。
「サチャーレン!」
一瞬止まった死霊に魔法を浴びせたのはヴァンダ先輩だった。
この魔法! 知ってる! ホルストが前に使った、魔力を引きはがす闇魔法だね!
「ぐきょきょきょきょぉ」
黒い魔法の一撃を受けた死霊は、確実に小さくなっていく。そして、やがて粒子となって姿を消していった。
「や、やったのか?」
マリウスが目を見開いて言うと、ディーターさんが答えた。
「はい。ヴァンダ様の魔法で跡形もなく消えたようです」
そういうと、ディーターさんはマリウスに向き直った。
「マリウス様。あなたは後衛なのであります。敵を引き付け、攻撃を防ぐのは私やダクマー様に任せてほしいのであります。マリウス様はヴァンダ様のように、死霊を倒すことを第一に考えていただきたい。相手は冒険者を退けた死霊です。決して侮っていい相手ではありませぬ」
マリウスはしばし茫然とする。しかし、自分のミスに気づいたのだろう。すぐにディーターさんに謝罪した。
「ああ。すまなかった。どうやら少し勇み足をしたみたいだ。前衛は君たちに任せる。これからは突出しないように気を付けるよ」
◆◆◆◆
「マリウス。大丈夫?」
態勢を整えた後、私はマリウスに声を掛けた。
「ああ。ちょっと情けないところを見せてしまったな。もう大丈夫だよ」
力なく笑みを浮かべるマリウスに、私はそっと肩を叩く。
「まあ、今回は失敗だったね。多分、中途半端なのが良くなかったと思うよ。今回は、遠距離攻撃に徹した方がいい」
そう言うと、マリウスは驚いたような顔で私を見た。
「君は、私の戦い方が分かるのか?」
まあ、これでも近接戦闘の専門家だからね。マリウスがやろうとしていることくらい簡単に読めたりする。
「マリウスは遠距離攻撃が使えなかった時期が長かったんだよね? だから、近接でも戦える技を持ってるんじゃないかと思ったんだ。でも、この状況でどっちつかずになるのは良くないと思う。近接攻撃なら近接攻撃、遠距離なら遠距離って絞ったほうがいい。今回は仲間もいることだしね」
私がニヤリと笑ってそう言うと、マリウスが肩をすくめた。
「さすが、近接攻撃の専門家だね。こんなに簡単に私の戦い方を見破るなんて」
そう言うと、マリウスは背伸びをした。その表情が悔しげなのは気のせいではないはずだ。
「了解だ。今回は、遠距離攻撃に徹することにするよ。ディーターに侮られたままなのは気に入らないからね」
そう言うと、私たちは屋敷の探索を続けるのだった。