第138話 バプティスト様の出征
バプティスト様の出征を聞いた私たちは、とりあえず情報を集めることから始めた。
「ダクマー。愚弟と連絡が取れたわ。愚弟も知ったばかりみたいでかなり驚いていたよ。でもなんとかバプティスト様の出発には間に合いそうよ」
ラーレの報告を聞いて、私たちはバプティスト様の屋敷に急いだのだった。
◆◆◆◆
私たちが到着したのは、ちょうど出発するところだったみたいだった。バプティスト様の竜車は私たちの馬車を見て慌てて停止してくれた。
「おお! ラーレ嬢ちゃんにダクマー嬢ちゃん! 出発前に顔を見たいと思っておったんじゃ! 領地では、大戦果じゃったの!」
バプティスト様は竜車からでると、私たちを出迎えてくれた。ホルストとデニスも丁寧に一礼していた。
「バプティスト様! あの・・・」
私はなんて言っていいか分からなくなって言葉に詰まった。
バプティスト様はそんな私の肩を叩くと、笑顔で声をかけてくれた。
「なぁに、ちょっと行って装置を修復してくるだけじゃよ。カールマンの奴も、こんなおいぼれに戦力としての期待をかけておらんわい」
元気に笑うバプティスト様を見ても、不安は消えなかった。
なぜか、私にはこれでもうバプティスト様に会えないような予感がしていたのだ。
暗い顔をする私に、バプティスト様は努めて明るく声をかける。
「向こうにはアウグストの奴もおる。奴の武力は折り紙付きよ。きっちりとわしを守ってくれるはずじゃからな」
アウグストって、確か第二王子殿下のことだ。王家の中でも武力に優れた人らしく、北でもかなりの戦果を上げているらしい。
でも、そんな人がいるといってもいつも一緒にいられるわけじゃない。バプティスト様はきっと、結界を修復するために各地を飛び回ることになると思うから・・・。
「話を聞いて慌てて駆けつけてきたという感じだな。まったく君たちは」
あきれた声で話すのは学園長のレオンハルト先生だった。この人も、私たちと同じようにバプティスト様の見送りに来たらしい。
「大叔父上の護衛をするアウグスト様は王家でも指折りの猛者だ。心配は尽きないだろうが、今は元気に見送ってほしい」
レオンハルト先生にそう言われたら、私たちだって引き下がらざるを得ないよね。
私は不安なまま、バプティスト様の顔を見上げた。他のみんなも一様にぎこちない笑みを浮かべている。
「バプティスト様。私が言えることではないかもしれませんが、十分にお気を付けください。戦場では、何があるか分かりませんから」
ラーレが心配そうな顔で言い募った。そんな彼女を見て、バプティスト様は大声で笑い出した。
「こう見えてもワシは、40年前の戦いでもちゃんと生き残った。敵は強大とは言え、今回も生き残って見せるわい」
そんなバプティスト様に、デニスとホルストは戸惑ったような顔を見せた。
「バプティスト様・・・。ご武運をお祈りいたします。また温泉にご一緒できる日を楽しみにしております」
「また、お茶をご一緒しましょう。母が新作のお菓子を作ったそうですので、ぜひバプティスト様にもお試しいただきたいのです」
ホルストの言葉を聞いてバプティスト様はニヤリと笑う。
「イーダ殿の新作か? これは、帰ってくる理由が増えたわい。新作を口にするために、何が何でも帰らねばならぬな」
バプティスト様は豪快に笑うと、再び竜車に乗り込んだ。
「ビューロウの子たちよ! 出征前に顔を見られてよかったぞ! ではまた会おう!」
そう言うと、バプティスト様は竜車のドアを閉めた。
そしてバプティスト様を乗せた竜車は、北に向かって出発したのだった。
◆◆◆◆
不安そうな顔で見送る私たちを、レオンハルト先生が見つめていた。
「大丈夫だ。お師匠様はああ見えても40年前の戦いでもきちんと生き残っている。今回も、きっと無事な顔で帰ってきてくれるさ」
レオンハルト先生が私たちを励ますようにそう言ってくれた。
でも私は気づいてるよ。レオンハルト先生の手も、細かく震えていることに。
レオンハルト先生は自分に言い聞かせるかのように、言葉を繰り返した。
「甘味好きのあの人のことだから、新作のお菓子が食べられるなら必ず帰ってくる。私たちには待つことしかできないが、吉報を信じて待とう」
そして私たちは、バプティスト様の竜車が見えなくなるまで手を振り続けた。