第135話 公爵との話し合い
「戸惑う私たちにバルトルド様は言ったのです。『皆の者、生き残ることだけを考えよ』とね。そこから私たちは奮起したのです」
ギルベルトがあの戦いを熱く語ってくれた。なんか照れくさいんだけど。ロレーヌ公爵は相槌を打ちながら、時折質問したりして、じっくりと話を聞いている。
「ギルベルトの話って、なんかすんごく美化されてない?」
「しっ! 静かに! 私たちは黙って聞きに徹するのよ!」
ラーレは私の感想をあっさりと無視する。ラーレは平常心を取り繕って話を聞いていたが、その表情はすぐに崩れていく。ギルベルトが、ラーレの魔法について言及したのだ。
「戦いの趨勢を分けたのは、ラーレ嬢の放った魔法にあると言っても過言ではありません。あの炎の魔法は、ただの一撃で、魔犬の鼻と鬼の目を殺したのです。しかも、敵の魔力障壁を弱める効果まであった。さらに言うならですよ、彼女の魔法に巻き込まれた味方はゼロです。つまり、混乱が続く戦場にあって、彼女の魔法は的確に敵と味方を判別していたのです」
ギルベルトの言葉に、ラーレは下を向く。おっ、耳まで真っ赤だ。照れてるんだね。ぐふふふふ。
「ううむ。聞けば聞くほど信じられない気持ちになるね。失礼ながら、ラーレ君のことはこれまでほとんど話題になったことがない。火の魔法を使えるのも初耳だしね。う~ん、家の情報網が漏れていたのかな。まあ、君たちの祖母は、火魔法で有名なフランメ家から嫁入りしたのだから、火魔法が使えるのは納得なんだけどね」
あ、それは聞いたことがある。亡くなったおばあ様は、フランメ家の四女だったんだって。ホントはおじい様はフランメ家に婿入りして、向うの伯爵か何かを継ぐ予定だったんだけど、闇魔との戦いでうちの後継がみんな死んじゃって、急遽おじい様がビューロウ家を継ぐことになったらしいのよね。
「あ、あの・・・、実は私は火の魔力過多者なんです。闇もそうなんですけど、火は完全にアウトだったみたいで、祖父からは幼いころから魔力制御を厳しく教えられてきましたし、魔法の使用は厳しく禁止されていました。あの魔法は、祖父が私でも使える魔法を作ってくれたんだと思います」
公爵の圧力に耐えきれず、ラーレが吐いた。まあ侯爵は半分味方みたいなものだから、情報を伝えるのはある意味しょうがないかもしれないけどね。
でもロレーヌ公爵の反応は驚くべきものだった。それまで笑顔で話を聞いていたのに、急に神妙な顔つきになった。
「火の、魔力過多者か・・・。高位貴族の孫で、しかも火の魔力過多とは。フランメ家の秘術があるとはいえ、バルトルド殿も思い切ったことをする」
ロレーヌ公爵は、思案した様子で下を向いた。見るとエレオノーラもギルベルトもマリウスも、驚愕の表情を浮かべている。え? なんかあった? ラーレも驚いた表情で、おろおろしている。
公爵はそんな私たちの様子に気づいたようで、私たちに説明すべく、言葉を紡いだ。
「ラーレさんは深くバルトルド殿に愛されているんだね。高位貴族で火の魔力過多者は本当に危険なんだ。何しろちょっとしたことで炎を生み出してしまうし、魔力が多いと全然息切れしない。味方を巻き込んで炎を出し続けてしまうケースもあるからね。貴族家の中には、炎の魔力過多者とわかった地点で幽閉するか、最悪殺してしまうケースだってあるんだ。そんな君をきっちり育てて、さらに秘儀を授けるなんて、さすがとしか言いようがない」
「僕は風の魔力過多者なんだけど、それだって風の魔法家に生まれたから制御術を学べたと思うし、他の家に生まれていたならきっと冷遇されていたと思う。ビューロウ家はむしろ水魔法を得意としていたよね? それなのに炎の魔力過多者を育てようとするなんて、すごいとしか言えないね」
ギルベルトも驚いた様子でそう説明してくれた。
「ああ、だから、私は両親から避けられていたんですね。祖父からはかなり厳しく魔力制御を学ばされてきました。弟や従弟が制御の練習をしなくなった後も、私だけはずっと。まあ、ダクマーだけは私に付き合ってくれましたけど。でも祖父もかなりのリスクを感じながら、私に制御を身につけさせていたんですね」
ラーレは下を向く。その目から涙が落ちて、足元を濡らした。
「どうでもいいから放置されてたわけじゃ、なかったんだね」
ラーレはつぶやいた。なんかわかる気がする。ラーレはずっと不安だったんだ。おじい様が面倒を見てくれているとはいえ、適当に扱われているんじゃないかって。魔法も授けてもらったけど、それだってただの気まぐれだったんじゃないかって不安だった。実際にそう漏らしていたこともある。でも違った。おじい様はかなり計画的に、ラーレに魔法を身につけさせていったのだ。一流の魔法使いにするために。彼女が、一人でも戦っていけるように。
「ごめんなさい。しめっぽくなっちゃいましたね」
ラーレが鼻をすすりながら取り繕うように言った。私は気づいたらラーレの背中をさすっていた。ロレーヌ公爵はやさしい笑みを浮かべている。
「今日は話を聞けて良かった。ビューロウ子爵が、偉大な魔法使いで、家族に深い思いやりを持って接する男だと確信することができた。心強い味方がいることが分かって、私も自信をもって前に進める。さて、皆さん、今日は我が家でゆっくりしていってくれ。食事も料理長が腕によりをかけて作った。秋からまた学園が始まる。来るべき決戦に備えるためにも、今日はぜひ楽しんでいってほしい」
ロレーヌ公爵の言葉に、ラーレは泣き笑いの表情で頷いたのだった。
◆◆◆◆
あの後、エレオノーラの部屋で2人で話していると、唐突に彼女が叫び出した。
「あ! もしかして! ラーレ先輩の正体が分かったかも」
へ? ラーレの正体?
「ほら! 私の家で一緒にゲームしてた時、あなたの仲間にいたじゃない。ほら! ルート・フランメってあのお色気キャラ!」
ルートお姉様ですと? いや、お姉さまとラーレじゃ、キャラが全然違うし。
「ラーレとあの人とはキャラが全然違うから」
私はぶっきらぼうに答えた。
ルート・フランメは救済キャラと言われている。誰も仲間にできずに決戦の地にいくと、主人公を助けるために仲間に加わってくれるのだ。フランメ家の当主の血筋で、胸元がバーンと開いた黒いドレスを着た女性なんだけど、すんごく強いんだよね。
飽きっぽい私があのゲームをクリアできたのは、彼女がいたからこそだと思う。なんか、要所要所で主人公を優しく励ましてくれるんだよね。見かけはまさに悪女!って感じなんだけど。
「ええ? でもアナタ、すっごくルートのこと褒めてたじゃない。強くて優しくて、ホントにこんな人がいたらいいのにってね。ルートは確か、フランメ家の当主の末の妹の孫だったと思うし、その人って、あなたの祖母なんでしょ? よくわからないけど、血筋的には彼女で間違いないと思うわ。確かルートも、黒い炎の魔法を使ったんじゃなかったっけ?」
確かにルート様は強かった。魔法の範囲攻撃で魔犬はすぐに行動不能にできるし、術の威力も強くて、しかも相手の能力を下げることもできた。彼女が仲間に加わることで、ゲームの難易度が激減するのだ。彼女のおかげで、ゲーム下手の私でもクリアできたと言える。
でもね。
「いやないって。私、けっこうあいつと一緒に温泉とか入るけど、あいつはルート様みたいなナイスバディじゃないから! 胸はあるけど脚は短いし、ルート様と比べるなんて失敬だわ!」
私は力説した。
ルート様って、ゲームだとかなりの人気キャラなんだよね。悪女風だけど美人だし、男気があるし、主人公に優しいし。加入条件が特殊なんだけど、それでも無理に仲間に入れる人は少なくなかったと思う。
「いえ、外見で言ったら私の父はゲームでは小太りのおっさんで描かれてるから、全然あてにならないのよ。一応父はイケメンですらっとしてるでしょう? だからラーレ先輩がルートでもおかしくないと思うのよ。ねえ、フランメ家とあなたたちの家って何か繋がりがあるんじゃない?」
ラーレとルート様が同一人物なんて認めたくない。それに家とフランメ家って、ちょっと問題があるんだよね。
「ビューロウ家とフランメ家って、かなり仲が悪いんだよね。おばあさまの件で仲たがいしたとかで。だから、今は全く交流がないの。あそこのハイデマリー様って、私へのあたりが強かったでしょう? 家に帰った時に聞いてみたんだけど、やっぱり確執は大きいらしいのよ」
当初、おじい様はフランメ家の分家に婿入りするはずだった。でも急遽おじい様がビューロウ家を継ぐことになって、いろいろあっておばあさまがこっちに来ることになったらしい。
まあフランメ家からすると、娘を取られたようなものだからね。フランメ家の秘術を作るのに協力したそうだけど、それでも距離は縮まらなかったとのことだ。
「そっか。似てると思ったんだけどなぁ。ねえ、知ってる? 養子として引き取られたら名前を変えることがあるのよ。ビューロウとフランメが仲たがいしているなら、もしラーレさんが引き取られたら名前を変えられるかもね。でも惜しいわよね。血筋とか魔法とかは完ぺきルートだと思うわよ」
エレオノーラの言葉に、私は不機嫌になった。
「ラーレはうちのお姉ちゃんなんだから、フランメ家とは関係ないんだよ。フランメ家の当主なんてあったこともないし」
私の態度から、機嫌を損ねたのが分かったのだろう。エレオノーラは少し申し訳なさそうに謝罪した。
「ごめんなさい。ダクマーにとっては、ラーレ先輩は家族なのよね。ちょっと無神経だったわ。でもゲームと同じところもあるけど、あんまりあてにならないのかもね。フリッツともめたのだって、ゲームだと2年生のころに発生するはずだし。本来なら、あのイベントを通じてお互いを認める感じになるはずなんだけどね。ヨルダンが襲ってくるのだって、ゲームだと2年の冬休みに発生するイベントなのよ。この夏はまだゆっくりできると思ったんだけどね」
イベントは結構前倒しになっているらしい。知識があんまりあてになんなくて、なんか嫌な感じだね。
「ねえ、2学期で気を付けた方がいいイベントってなんかあるの?」
私は思い切って聞いてみた。エレオノーラと違って私の記憶はあいまいだ。いつ、どのイベントが発生するか全く覚えていない。
「1年時の2学期は普通に終わるんだよね。ゲームでは学園祭があるけど、こっちではそんなのないし。でも、もしかしたらイベントが全体的に前倒しになって来年のイベントが起こるかもしれない。だとすると、あのイベントが起こっちゃうかもなのね」
エレオノーラの言葉にピンとくる。そうだ、学生時代にはあのイベントがあるんだった。
「あのイベントって、まさか?」
私たちは真剣な表情になった。
「ええ。闇魔の四天王・炎のナターナエルの襲撃イベントよ」