第134話 公爵家に立ち寄る
竜車は学園に向かって進む。今回は途中で寄り道をして、エレオノーラの領都に立ち寄って、当主様に挨拶することになった。行きも寄ろうかと言う意見があったんだけど、スケジュールが合わなかったんだよね。エレオノーラの家は長男が北での戦闘に出ているらしく、結構忙しいみたい。
北の戦況は正直よろしくない。でもそんな中で、私たちが闇魔の重要人物であるヨルダンを倒したのは、かなり好意的に受け取られたらしい。この情報はすごい速さで国中を駆け巡ったそうだ。
「そういえば出発の時もなんかすごかったよね。入学の時と違って、家人が総出で見送りに来ていたし。お父様とお母様も珍しく顔を見にくれたんだよ。今まで私たちのことを視界にも入れなかった戦士がやたらキラキラした目で見て来てたし。はあ、でも休みが終わっちゃうって、なんか憂鬱だよね」
私はラーレに愚痴を漏らす。なんか私とラーレのために、ロレーヌ公爵が竜車を用意してくれたとかで、いつもより広くて快適だ。ラーレは最初、ガチガチで緊張していたけど、次第に慣れ、現在は結構くつろいでいる様子だ。
「そんなこと言って、明日はロレーヌ公爵と面会なのよ。きっちりしないと私たちビューロウ家が下に見られちゃう。私たちは礼儀もまだまだなんだから、ここは大人しく、丁寧にいくのよ。ダクマーは私以上に粗忽なんだから気をつけてよね」
◆◆◆◆
ロレーヌ公爵家は大きかった。うちの屋敷の5倍はあるんじゃないかな。侯爵本人から手紙をもらったことはあったけど、会うのは初めてだ。貴族の中でも大物とあって、ちょっと緊張する。
「ね、ねえダクマー、変なところはない? 服装はこれでいいかしら? 失礼なところ、ないわよね?」
ラーレが言い募る。大丈夫だと思うけどなぁ。
私とラーレ、そしてギルベルトとマリウスは、エレオノーラの屋敷に招かれた。先の戦いのことを聞きたいそうで、応接室で当主様を待っているところだ。ちなみにエレオノーラは自分の部屋で着替えてくると言って出ていった。
「私に聞かれても分からないよ。まあ大丈夫なんじゃない?」
「適当なこと言わないでよ!」
ラーレが不安をぶつけてきた。いや私に言われてもなー。
「大丈夫だよ。前に手紙をもらった時、けっこう丁寧なこと書いてあったし、ここの当主様は優しい人なんだと思うよ」
私の言葉に、ラーレが呆けたように口を開けて固まってしまった。
「手紙をもらったの? ロレーヌ公爵の当主様から? あ、あんた、ちゃんと返信したんでしょうね!」
ラーレがすんごい形相で私の肩を掴んできた。
「え? いや、どうだったかな? あのとき赤点かどうかの瀬戸際で忙しかったし」
目を泳がせた私を見て、ラーレは顔を青くした。
「公爵家の当主様から手紙をもらったのに返信してないの!? アンタ、何考えてるの! そんな失礼なこと、許されると思ってるの!?」
ラーレががくがくと私を揺らす。いや忙しかったし、そんな礼儀なんて知らないよ!
「あ、あんた、仮にも子爵令嬢なんだからそれくらい知らないとダメでしょう! どうしよう。ビューロウ家は礼儀知らずだって思われてないかな。無礼打ちとかされないよね」
ラーレがぶつぶつとつぶやき出す。大丈夫だと思うけどなぁ。
「くくく、今更慌ててもしょうがないと思うよ。まあ僕たちのような子供が相手なんだし、多少の無礼はさらっと流してくれるはずさ」
ギルベルトは余裕の表情だ。マリウスも苦笑している。
そのとき、コンコンとドアをノックする音がした。
「ど、どうぞ」
私が答えると、ラーレが素早く横に並ぶ。顔は青ざめて、背筋がピンとしている。すんごい緊張してるよね。
「お客様、当家の当主、ローデリヒが参りました。入ってもよろしいでしょうか?」
ロレーヌ公爵家の執事が尋ねてきた。
「どどどどうぞ」
ラーレが緊張して答えてくれた。
「失礼する」
そういうと、執事と当主、そしてエレオノーラが応接室に入ってきた。侯爵は、40代くらいの引き締まった体をした男性だった。怒っている様子はないし、まあ大丈夫じゃないかな。
よく見ると執事の男の耳はとがっている。あれは、ヴァルト族の特徴だ。エレオノーラの屋敷では、ヴァルト族が普通に働いているのをよく見かけるんだ。
「この度はお招きいただき、ありがとうございます。私はラーレ・ビューロウと申します。こちらはダクマー・ビューロウです。見ての通り未熟者ですが、どうかよろしくお願いします」
ラーレがたどたどしくお辞儀をした。私やギルベルト、そしてマリウスもそれに続く。ロレーヌ公爵は優しい笑みを浮かべて席に着いた。エレオノーラもそれに続いている。うん、ご当主様は優しそうだ。手紙の通りの印象だね。
「ははは。お嬢さん、そんなに緊張することはないよ。私なんて、家ばかりが大きくて大した力はない。それよりもすごいじゃないか。魔物の群れを、バルトルド殿がいたとはいえ、学生と護衛だけで倒したそうじゃないか。なんでも魔犬どもをただ一発の魔法で無力化したとか。ビューロウ家は剣で有名な家だったはずだが、当主が有能な魔術師だけあって、魔術でも傑出した家になったんだねぇ」
ロレーヌ公爵がしみじみとラーレの魔法をほめた。
しかし、ビューロウ子爵の一員として、これだけは言っておかねばならない。
「公爵様、たしかにラーレの魔法は魔犬をはじめ、たくさんの魔物を倒しましたが、それだけではありません。むしろあの魔法のえげつなさは半分ほどしか発揮されていないのです」
私はラーレの魔法のことを伝えようとしたが、隣のラーレに口を押えられた。
「な、何言ってるの! 私の魔法なんて、大したことないに決まってるじゃない。あの戦いは、おじい様の指揮のもと、みんなが一致団結したから生き残れたのよ!」
ラーレが慌てて言い訳をする。まあおじい様の指揮が的確だったのは間違いないけど、あの魔法の完成度が高いのも間違いじゃない。
「うぐっ、ムームー」
私は言葉を続けようとしたが、ラーレに口をふさがれて言葉を発することができない。
公爵様は私たちを見て、大声で笑いだした。私たちはぽかんとして公爵様を見つめた。
「いやすまんね。そうだね。ビューロウの秘術なんだから、うかつに口に出すことはできないよな。でも聞きたかったな。我が家の護衛も驚いていたよ。『あんなすごい魔法はみたことない』とね。ギルベルト君もそう思うだろう?」
ロレーヌ公爵が尋ねると、ギルベルトは落ち着いた様子で答えた。なんか2人は顔見知りみたいで仲良さげな印象を受ける。
「そうですね、さすがはバルトルド様、という印象を受けました。南のフランメ家も炎の秘術があるとのことですが、それに勝るとも劣らないすさまじい魔法だと思います。まあ欠点を上げるとするなら、魔術が高度すぎて、彼女以外に使い手はいない、といったところですね」
まあギルベルトに聞くとそう答えるよね。ラーレは汗だくになっておたおたしている。私もそうだけど、普段褒められなれてないからこういう時どうしたらいいか分からないんだよね。
「ははは。ギルベルト君にここまで言わせるとはさすがだね。さて、せっかくなので戦いの話を聞かせてくれ。身内に聞いても『すごい、すごい』としか言わなくて、詳細なことは分からなかったりするんだよ。マリウス君の活躍もぜひ知りたいしね」