第133話 ダクマーに必要なもの ※ エレオノーラ視点
※ エレオノーラ視点
「バルトルド様、ちょっとお話があるのですが」
忙しく働くバルトルド様をやっとの思いで捕まえて私は彼に話しかけた。
「これは、エレオノーラ様。こたびは我が領地の騒乱に巻き込んでしまい申し訳ございません。ロレーヌ公爵に、何とお詫びしたらよいか・・・」
この国では闇魔と戦った領主を責めるような風潮はない。むしろ、貴重な戦闘経験を積ませてくれたことに感謝することが多いのだ。おそらく父もバルトルド様に感謝の気持ちを伝えるだろうけど、当事者のバルトルド様には逐次たる思いがあるのだろう。
「いえ、父はおそらく私をほめてくれるでしょう。バルトルド様が指揮を執ってくれたおかげで、あれほどの高位の闇魔との戦いに、生き残ることができたのですから」
そう返事をするが、バルトルド様は私から何かを感じ取ったのだろう。私の顔を覗き込むように見た。
「エレオノーラ様は、高位の闇魔と剣を交えたのは初めてでしたな。あれが、高位の闇魔の魔力障壁です。お恥ずかしながら、私の魔法では傷一つ付けられませんでした。一応、水の最上位魔法を使ったのですがね」
バルトルド様が顔を歪めた。バルトルド様の魔法だけではない。ロレーヌの秘術もマリウスの光魔法も、高位闇魔には一切通用しなかった。マリウスも表面上は攻撃魔法が使えたことに喜んでいたが、内心は穏やかではないはずだ。悔しそうな顔で自分の手を見つめる姿を何度も見かけた。
そんな私を見て、バルトルド様は溜息を吐いた。
「昔からそうなのです。高位の闇魔には最上位魔法でも傷一つ付けられない。我々が相手にできるのは普通の武器もちの闇魔がせいぜいなのですよ。高位の闇魔の魔力障壁を破れるダクマーが、特別なのです」
あの戦いのことを思い出す。ダクマーの最初の一撃は簡単に防がれた。でも、次に放った秘剣は、着実にヨルダンの魔力障壁を打ち破り、驚くほどの鋭さで致命傷を与えていたのだ。
「そうですね。この目で見てもまだ信じられません。高位の闇魔を倒すことができるなんて」
王国貴族が100年もの長きにわたって闇魔を滅ぼすことができなかったのは魔力障壁が強固なためだ。高位の闇魔を撃退したのは、ロレーヌ家最大の魔術師たるヨルン・ロレーヌや炎の魔術師にして魔法技師たるラルス・フランメ、そしてかの賢王たるアルヌルフ王くらいしかいない。
「おそらく、色持ちたる我々が高位の闇魔を傷つけるのは並大抵のことではありません。過去の偉人と同様に、極限まで魔力濃度を高める必要がある。ワシ程度では、武具持ちの闇魔を倒すのでせいぜいかもしれませぬな」
どこか遠い目をしてバルトルド様は言葉を落とした。
1体倒すのに100人の戦士が必要と言われる闇魔だけど、強弱がないわけじゃない。一般に相対するのはむしろ弱いほうで、一般の闇魔、武具持ちの闇魔、高位闇魔、四天王の順で魔力障壁は強大になる。
ダーヴィド・ビューロウが四天王を倒したのは有名だが、それ以外は高位闇魔にすら満足なダメージを与えていないのが現実だ。闇魔に休眠期のようなものがあり地脈を支配するのを苦手とする面がなかったら、王国と言えども簡単に滅ぼされていたのかもしれない。
「まあそれでも私はあきらめるつもりはありません。奴らを倒すすべをこれからも探すつもりです」
バルトルド様は強い目でそう言い放った。私もあきらめるつもりはない。あの子は強いけど、心まで強靭なわけじゃない。一人きりにしてしまうと、すぐにダメになってしまうはずだから。
「今回の件で、ダクマーの弱点も見えました。おそらく、魔鉄の武器でもあ奴にはついていけませぬ。我が家の大剣も、あ奴の魔力には何度も耐えられないでしょうから」
あの子は確かにヨルダンを倒したけど、途中で武器を壊している。ビューロウの大剣も、このままではスクラップになると言っていた。あの名剣でも、あの子の無属性魔法には耐えられないのだ。
でもね。私にだってそれを解消する手はあるのよ。
「あの子の武器に関しては、私にも考えがあります。手紙でも話しましたが、メインに使う武器に関しては任せていただけないでしょうか。ロレーヌ家が全力を挙げて支援させていただきますわ」
私がそう微笑むと、バルトルド様は黙って深々と頭を下げた。
「その代わり、こちらの方はお願いしたいのです」
私は一枚の紙をバルトルド様に渡す。バルトルド様は驚いたように紙を一読し、そして顔を上げて私を見た。
「これは、剣、ですかな? 片刃で、驚くほど鋭い。あ奴が使っている木刀より大分短いようですが・・・」
私は頷く。
「ええ。これはあの子がメインで使う武器ではありません。予備の剣として常に携帯するものなんです。でも、予備とはいえあの子には重要なものです。これを使う事態がいつかは来るかもしれません。おそらくバルトルド様なら、あの子が使うにふさわしい一振りを作ることができるでしょうから」
そう言ってほほ笑むと、バルトルド様は心得たように応じてくれた。
「分かりました。この量でしたらわが領でも魔鉄を用意できるでしょう。必ず、ダクマーにぴったりの魔剣を作って見せましょう」
これであの子の準備は整った。バルトルド様ならきっとあの子にふさわしい一振りを用意してくれるだろう。
あとは、私が強くなるだけだ。あの子についていけるくらい、魔法の扱いを鍛えていくしかない。闘志を燃やすバルトルド様を見ながら、私はそう決意するのだった。