第132話 戦い終わって
「倒したのか? あれだけ過去に狼を葬ってきたヨルダンを、倒したとでもいうのか?」
おじい様が茫然としている。ヨルダンは白く輝く腕輪を残して消えていったのだ。
私はおじい様を見る。一つだけ、おじい様に言わなければならないことがあった。
「おじい様・・」
「ダクマー・・・・」
おじい様の目はうるんでいる。でも私は意を決して言葉を紡ぐ。
「この大剣、めっさ扱いづらいんだけど」
おじい様の目が点になる。
「無駄に重いし、切れ味もそれほどじゃあない。肉厚も大きすぎるよね? これじゃあスマートに敵を斬ることなんてできないよ。私はもっと、細身の剣がいいんだけど。ちょっとおじい様、聞いてる?」
おじい様はうつむいている。気持ち震えているのは気のせいだろうか。でもこんな重量だけの剣を渡すなんて、何を考えているのか。まったく、私だったからよかったものの、他の人だったら扱いきれずに返り討ちに合っていたところだと思う。
「やっぱり武器は切れ味が一番大事だよね。切れ味があれば障壁なんて簡単にまっぷたつだし。うん、魔鉄でできているのはすごいけど、これは作り直すべきだと思うわ!」
名案だ! 私は笑顔で言い募ったけど、おじい様はゆっくりと顔を上げた。その目は怒りに震えているように見えた。
「ばっかもーーーん!!」
私は雷を落とされた。
◆◆◆◆
どうやらこの大剣はビューロウ家に代々伝わるもののようで、そのことをくどくどと説明された。でも伝統も大事だけど、実用性も重要だよね? 私は不満たらたらでおじい様の言葉を聞いていた。
「まったく、ちょっと闇魔を倒せたからと言って、先祖代々伝わるこの大剣に文句をつけるとは何事だ! そもそもこの大剣はワシのもので、お前に譲ったわけではない! 形が気に入らないとはいえ、お前はもう2本も剣を折っておるではないか! そのうち1本はロレーヌ家に伝わる名剣なんじゃぞ? 自分の未熟を棚に上げて文句を言うとは、いい加減にしなさい!」
えー、でもなー。
私が未熟なのは認めるけど、剣も私に合ってないのは真実だと思う。だからおじい様の主張には断固反対する!
「先祖伝来の名剣であろうと、私に合ってないのは確かです! 断言します! たとえこの剣を使い続けたとしたら、近いうちにこの大剣は折れるでしょう。スクラップです! だからおじい様は、私に合った剣を用意すべきだと思います!」
私は力説した。だって、今日だけで闇魔を7体くらい斬ったんだから、その分だけ報酬をもらってもいいと思わない?
「そもそもお前は・・・」
おじい様の説教は続く。私はその言葉を聞き流しながら、私は次の戦いについて思いを馳せるのだった。
◆◆◆◆
「まさか、ここまで簡単に魔物を倒せるとは思わなかったわ。残りの闇魔は、ヨルダンが死んだら消えたみたいだし」
ヨルダンが召喚した闇魔は、なぜか奴が倒れると同時に煙のように消えてしまった。
魔物は多かったけど、統率者がいなければたいした脅威にならない。それに、魔犬はラーレの魔法でほとんどが行動不能になっていたからね。戦いにはならず、護衛たちがとどめを刺すだけで済んだらしい。
領地に闇魔が侵入して大貴族の子息が襲われた。そのことは責任問題になりそうだけど、結果的に誰も死なず、返り討ちにしているから問題はないそうだ。まあ、ここにいる子息令嬢全員の親とおじい様が顔見知りで、普段からしっかり交流しているからこそなんだけどね。
「うちのお父様なら褒めてくれると思うわ。私に実戦経験を積ませてくれてありがとうってね。この国の貴族は戦うのが当たり前だから、こういったケースはあんまり責任問題にはならないのよね。むしろ、闇魔と戦わせてくれたことを感謝するケースが多いのよ」
エレオノーラはそう言っていた。う~ん、この国の貴族って、むしろ武士に近いような気がする。戦闘を貴ぶ風潮があるしね。まあ、自分とこの護衛や側近から報告が言っているからの話だろうけど。でも自分の家の令嬢が危険にさらされたのにこの反応って、どうなんだろうね。
マリウスは深刻な顔で顔を伏せた。
「私たちは無事だったが、この領地の戦士たちに大量の犠牲が出てしまった。やはり戦いはつらいな。ちょっとやりきれないよ」
そう言うけど、重傷者はマリウスがみんな治しちゃったんだよね。さすがヘリング家というか、光魔法はすごいんだなと思ったよ。まあ本人たちは、地元に帰ったら色々報告しなきゃって、頭を悩ませているようだけど。
「でも今回の一件でお前の家の後継問題は片付いたようなもんだろ? お前のウィークポイントは、攻撃魔法が使えないってだけだったんだし。例の、聖女候補の従妹にも差がつけられたんじゃないか?」
ギルベルトの言葉に、マリウスは顔をしかめながら頷いた。
マリウスは攻撃魔法が使えなかった。だから後継に選ばれるのを疑問視する声もあったみたいだけど、今回の一件でそんな声を黙らせることができるみたいだ。まあ本人は回復者として犠牲が出たことに微妙な顔をしてたけどね。
茶化すようにマリウスをフォローしたギルベルトがいつものような元気はない。あと数日で学園に戻ることになり、「もうバルトルド様とお別れなのか」と嘆いているんだよね。独自の魔法もまだ完成してないみたいだし、もっとうちで学びたいという気持ちが強いみたい。
ちなみにおじい様はあの戦いの後、忙しく動いている。 おじい様は亡くなった戦士の補償問題だったり、警備体制だったりで、側近の人と頻繁に話していた。ギルベルトはあんまり相手してもらえなくてさみしそうだった。
「おじい様も風魔法の研究を続けるそうで、成果が出たら私に送ってくれるそうだよ。まあおじい様のことだから、魔法を開発したらすぐに教えてくれるんじゃない? そんなことより、私、剣を作ってもらえなかった! 家の倉庫から見繕っていいって話だったけど、やっぱり過去の剣よりいいものがないんだよね」
そう、私はまた倉庫にある剣を使うことになった。3回も剣を折っているので、これからの戦闘が心配だ。私が使ってもおれない剣、ほしいなぁ。
◆◆◆◆
「はあ、夏休みってあっという間に終わるよね。宿題はエレオノーラたちのおかげで何とかなりそうだからいいけど。ラーレは大丈夫?」
学園への出発が翌日に迫り、私はラーレと今後の予定を話し合った。
「いちおう・・・、回答は自信がないけど、出された課題はちゃんと済ませたわ。これなら留年ってことはないはずだけど」
ちなみに他領地に出かけているデニスとホルストは、こちらには帰らずに直接学園に行くそうだ。まあギルベルトも領に帰らないそうだし、領地が西にあるマリウスはそもそも帰っている時間がない。こんなふうに、夏季休暇を他領で過ごす貴族は少なくないという話だ。
私たちが居間で話をしていると、ギルベルトとマリウスが話しかけてきた。
「お二人さんは、学園に行く準備は終わったのか?」
「うん。あとは移動するだけだよ。そっちはもう終わったの?」
私が尋ねると、マリウスが頷いた。
「最後にバルトルド様にあいさつしたかったけど、忙しそうだから手紙を残していくことにするよ。振り返ってみるとこの1ヵ月は本当に充実していたなぁ。魔法の練習は思う存分できたし、温泉も気持ちよかった。来年も来たいけどいいかな?」
そこまで喜んでもらえると、こちらも冥利に尽きる。
「みんなならいつでも大歓迎だよ! おじい様も3人の当主様からの手紙を何度も読み返してるらしいしね。帰りもしばらく一緒だと思うけどよろしくね」
私たちは笑い合った。
そんな中にエレオノーラとアメリーが入ってきた。エレオノーラは珍しく不満そうな顔をしている。
「ああ、アメリーちゃんともう離れ離れになるなんて。神様は不公平だわ。ねえ、アメリーちゃん。ちょっと早いけど学園に通わない?」
いや無理だから。アメリーはあと1年たたないと入学できないから。アメリーはちょっと困った顔をした後、エレオノーラに頼み込んだ。
「エレオノーラお姉さま、私はダクマーお姉さまが心配です。いつも剣のことばっかり考えていて、勉強もちっとも身についていないみたいですし。エレオノーラお姉さまを頼るようで申し訳ないのですが、ちょっとだけでいいので、ダクマーお姉さまのことを見てあげてくれませんか?」
上目遣いで見上げるアメリーに、エレオノーラは嬉しそうな顔をして太鼓判を押す。
「任せなさい! ダクマーが落第しないよう、私がしっかりと見ておきますわ。エレオノーラお姉さまに任せなさい!」
自信満々に胸を叩くエレオノーラ。
アメリー、恐ろしい子!
そしてエレオノーラからのスパルタが決定した私は、2学期の授業を思い、溜息を吐くのであった。