第128話 戦士たちを称える石碑
「う~ん、裏山に行くだけなのに、けっこう大所帯になっちゃったね」
私はラーレになんともなしにつぶやいた。
「ロレーヌ家でしょ? ウィント家、そしてヘリング家って、全部この国を代表する貴族なのよ。その次世代が集ってるんだから、護衛が豪華になるのは当たり前じゃない。グスタフがいたら、きっと護衛リーダーになっていたはずよ」
ラーレはあきれたようだった。
我が家からはおじい様をはじめ、ラーレと私、そしてアメリーがついてきている。アメリーは私のちょっと後でエレオノーラと一緒に歩いている。お互いに笑顔で雑談しているのが見えた。本当に気に入られたみたいだ。
でもアメリーはうちの子だからね! エレオノーラといえど、あげないからね!
「そういえば、昔ここで魔犬に襲われたんだよね。あのとき初めて最後まで一人で戦ったんだけど、あれでちょっと自信がついたんだよね」
それを聞いて慌てたのがアメリーだ。え? なんかあったっけ?
「そ、そうですわよね。私たちが襲われたけど、護衛の皆さんが頑張ってくれたんですよね」
あ、忘れてたけど、魔犬は護衛が倒したことにしたんだっけか。恐る恐るおじい様を見ると、あきれたような顔をしていた。
「知っとるよ。お前が11歳のころのことだろう。護衛が魔犬を倒したとされておるが、ホントはお前が2匹の魔犬を倒したんじゃろ? まったく、厄介なことになりそうだからそのままにしたが、この領のことでワシに隠し事できるとは思うなよ」
まじでかー。まさかバレていたとは思わなかった。
「まさかダクマーさんは11歳で魔犬を倒しているのですか!?」
マリウスが驚いていた。
いや、こう見えても武門の家に生まれたし、魔犬ごときなら目隠ししても倒せるよ。今じゃなくて、あのときでもね。
「でも所詮魔犬だし」
私がこともなげに言うと、3人は一様に驚いた表情だった。
「いや、今回の戦いでも魔犬にどれだけの戦士が犠牲になったと思ってるんだ!」
「しかも11歳だろ? まだ子供じゃないか! 武器があったんだろうけど、よく戦えたね」
「あなたが11歳ってことはアメリーちゃんはまだ10歳だったんでしょ? 何やってるのダクマー! アメリーちゃんを危険にさらすなんて、見損なったわ!」
3人が口々に言いだした。あのとき木刀しか持ってなかったとはさすがに言いづらい。あと、エレオノーラが何気にひどい。
「思えば、あのころあたりから各地で魔物が増えたのでしたな。わが領でも魔物による被害が増えています。道中は気を付けていきましょう」
◆◆◆◆
私たちは雑談を交わしながら裏山を進む。
川が流れる小道を進むと、大きな石碑が見えてきた。アメリーとスケッチに来たときは知らなかったけど、これがビューロウの狼を称える石碑なんだね。結構きれいなのは、おじい様が定期的に拭き掃除しているかららしい。全然知らなかったよ。
「あの時と一緒で、よく晴れていますね。木々の間から漏れる光が素敵な雰囲気を醸し出していると感じたの、今でも覚えていますわ」
アメリーは感慨深そうに振り返った。ラーレは初めてここに来るようで、茫然としながらここの景色に見とれていた。
マリウスが花を持って石碑の前に立つ。
「これが、ビューロウの狼たちの石碑なのですね。おじい様もここに参りたいといっていました。当家を代表して、私が参りました。ありがとうございます。皆様の勇敢さは、見るものすべての心に焼き付きました。最後まで、王家や聖女を守るために戦った皆様は、王国の貴族すべての誇りです。どうか安らかに、お眠りください」
そう言って花を捧げると、一礼して静かに黙とうした。私たちもそれに続く。参拝の時は、静かに過ぎていった。
◆◆◆◆
「ここは本当にいい景色ね。ビューロウ領が一望できるわ。ちょっとのんびりしたいけど、今のご時世だと危ないわよね。屋敷に戻りましょう」
目を赤くしているおじい様に代わり、エレオノーラがそう告げた。
そして振り返ろうとしたその時、何かに気づいたように遠くを見ていた。
「あれは・・・煙? 確かあっちの方向って、そこそこ大きな町があったわよね?」
そう言っておじい様を見ると、おじい様もエレオノーラを指す方向を目を見開いた。
「あれは、オスタビュ―ゲルの町! なにがおこっておるのだ」
おじい様は叫び出した。
オスタビューゲルって結構大きな町だよね? あそこで火事が起こったとでもいうの? いやでも、なんかおかしい。火事が起こったからって、あんなに煙が出るものなの?
その時、私たちに向かってギルベルトの護衛が駆け寄ってきた。たしか彼は、この領への道中でも、私たちに魔物の襲撃を教えてくれたんだよね?
「若! 大変です! 魔物の群れが、北東の町からこちらに向かっています。先頭には闇魔がいます! おそらくあれは、炎のナターナエルの手の者でしょう!」
「なんじゃと!」
おじい様が驚愕の声を上げた。ギルベルトの護衛が言葉を続ける。
「あの闇魔、有名な相手です! おそらく炎の闇魔のヨルダンです! あのナターナエルの右腕という・・・」
その言葉を聞いて、おじい様が歯ぎしりした。確かヨルダンって、40年前の戦いでビューロウの剣士を数多く打ち取ってきたという因縁があるんだよね?
「でもなんで! 北とは距離があるし、炎渡りじゃあこっちの地脈をわたれないんじゃないのか!? 結界内では高位の闇魔ほど、動きが制限されるんじゃないのか? 領地は安全なんだろう!?」
ギルベルトが焦りを隠さずに叫んだ。
そう、町や村には結界が張られている。高位の闇魔が陸路でこっちに来ようとすると、結界が反応してその行く手を阻むんだ。だから、いつかの闇魔と違って高位闇魔の進軍は確実に察知できるはずだけど・・・。
少なくとも闇魔は陸路で来た感じじゃない。とすると、どうやってここに来たというのか。
「こっちが短杖を開発したように、闇魔も結界を超える魔道具を開発したのかもしれないわね。もしかしたら、炎渡りを使ってこっちの結界を越える方法を見つけたのかも。炎の高位闇魔が私たちの暗殺のために飛んできたって言うの? 確かに私たちを殺せば王国側に大打撃だろうけど、どうして私たちがここにいると分かったのよ!」
エレオノーラが叫び出す。え? それってやばくない!?
「炎渡りを行えるには火の闇魔でもごく一部だけだと聞いておる。だが、ごく一部とはいえ王国ないのも飛べるものが現われたなら危険極まりない! 暗殺にはもってこいだからな!」
多分、そのヨルダンとやらは炎渡りで オスタビューゲルの地脈に飛んで、その地脈から魔物を召喚したんだろう。そして魔物を率いてこっちに攻め入ってきたのだ。
「くそっ! スピードが速すぎる! さっき発覚したかと思ったらもう麓に来たということかよ!」
ギルベルトが登山口を見ながら吐き捨てた。
「魔犬にゴブリン、オーガもいる。屋敷は門を閉ざして籠城するみたいだけど、あいつらは構わずこっちに向かっているわ。どうする? 隠れられそうな場所なんてないわよ!」
ラーレが泣きそうな顔でしゃべりだした。
「統率者のヨルダンは隠ぺい魔法に長けておる。ヤツの奇襲で、何人もの戦士たちが命を落としたんじゃ!」
おじい様が闇魔たちを睨みながら言葉を漏らした。
逃げ場はない。今から屋敷に帰ろうとしても追いつかれる。石碑を背にして戦うしかないのだ。
「援軍は期待できんか。だが、隠ぺいと召喚を駆使してきたのなら、敵の数はそれほどではないはずじゃ。闇魔が10、魔物が200。ふん、魔犬が100体ほどおる。ゴブリンが80で、オーガが20と言うところか。ワシらを倒すだけなら、それで十分と言うことか」
おじい様はそう言うと、魔法の詠唱を始めた。膨大な黄色い魔力が、おじい様に集まるのが分かった。
これは、この領の地脈に集まる魔力を使ってる!?
「大地よ隆起せよ! エーフォオン!!」
おじい様の魔力が土に染みわたった。
え? 地震!? 足元がすんごい揺れてるんだけど!
私たちは立ってはいられずに膝をつく。
「な、なにがおこったの!?」
揺れが収まると、大地に幾多の土壁が生まれていた。これで敵は一直線にこちらに向かうことができないはずだ。一瞬で障害物を作るなんて、おじい様すごい! 絶対剣士じゃないよね!
「この障害物があれば、おいそれと敵が殺到できなくなるな。これがバルトルド様の魔法! すごいな!」
こんな時なのに、ギルベルトは興奮しているようだった。
「護衛たちは魔物の足止めに徹するのじゃ! 魔法が使えるものは、一体でも多くの敵を仕留めよ! ラーレ! お前なら味方を巻き込まずに魔法を放てるはずじゃ。やれるな!」
「は、はいいい!」
ラーレが青い顔をして答えてくれた。そうか、あの魔法なら魔犬を一気に倒すことができるかもしれない!
「総力戦じゃ! 皆の者、生き残ることだけを考えるのじゃ! エレオノーラ様は魔法で撃退を! 奴らは火の魔物です! 水を中心に戦術を組み立ててくだされ! ギルベルト様とアメリーは、敵を倒すよりも足止めを心掛けてくだされ! とどめはワシとエレオノーラ様で行います! ダクマーは近づいた敵を適当に斬れ! 行くぞ!」
「「「応!!」」」
さすがおじい様、味方の心を一瞬でまとめた! 一応ここには高位貴族の子息がいるけど、やっぱりこの町を治めるおじい様が指揮を執るらしい。エレオノーラもマリウスも緊張した面持ちで頷いていた。
でも私だけ、なんか指示が適当じゃない!?