第126話 マリウスの覚醒
「ここがダクマーの部屋か・・・、なんかあなたらしいというか、前とあんまり変わらないね」
エレオノーラがつぶやく。なんか、自分の部屋を友人に見てもらうのって、恥ずかしいね。
「まあ、前と違って趣味のものとかはおけないんだよね。あんまり売ってなかったりするし。それよりごめんね。うちってほら、道場以外はなんもないんだよね。エレオノーラの家と比べると、何にもないでしょう?」
私がそう言うとエレオノーラはきょとんとする。
「いいえ。私は伯爵家なんかも訪ねたことがあるんだけど、この家ほどいろいろ揃っているところは少ないと思うわ。当主用の道場には魔道具も複数あったり、魔法を試し打ちするための的もいいのを使っている。魔法にしろ剣にしろ、この家なら強くなるための環境は整っていると思う。『武の三大貴族』の名は伊達ではないわね」
外の人から見るとそうなのか。私は外の貴族家に行ったことないし、おじい様の道場は学園の環境はこことあんまり変わらないと思う。魔道具なんかは高価なものが多いらしいけど、そのほとんどがおじい様が自作したものだ。あ、でも学園と変わらない設備があるということ自体がすごいことなのか。私とラーレが訓練するせいで、魔力板なんかは学園よりも数が多いからね。
「ありがとう。でも退屈じゃない? 同行した2人は自分の魔法のことで必死だし、私たちはこの屋敷だと、図書室と温泉くらいしか行く場所がないよね。なんかごめんね?」
本当に何もない田舎で申し訳ない。夏の間はみんなこの屋敷に留まる予定だけど、大丈夫かな。
「でもいいわよね。外の道場では毎日訓練生たちの気合や足を踏みしめる音、相手を打ち付ける竹刀の音なんかが聞こえて、前世の剣術道場を思い出すわね」
言われてみるとそうかもしれない。屋敷の外にある道場には毎日たくさんの練習生が通ってきて、剣術の練習をしている。朝から晩まで訓練の声が響き渡るのは、一般的な貴族家にはないものかもしれない。おじい様の代から貧しい平民でも剣術を学べるようにしたらしいから、人の数も多いらしいんだよね。
「これでも北に援軍に向かった人も大勢いるから、人数的には大分減っているんだよね。でも叔父に近い人はみんな出征したらしいから、私としてはやりやすいんだけどね」
叔父に近い人はこの地方のバリバリの有力者が多い。貴族じゃないけど、有力者の息子みたいな? 中には騎士爵を持っている人なんかもいて、そういった人たちは叔父と一緒に手柄を立てに北に向かったようだ。まあ、そういう人たちって私やラーレにつらく当たる人が多いから、私達的には過ごしやすくなったという感情しかない。
帰ってきてから聞いた話だけど、もともと北にはおじい様が行くつもりだったらしい。でも、そこで伯父が口をはさんだらしい。当主に万が一のことがあってはならないとね。闇魔とは自分たちが戦うってさ。
おじい様は烈火のごとく怒り、自分が行くと言い募ったけど、地方の有力者が叔父を支援して、結局叔父が部隊を編成して援軍に行くことになったとか。叔父や叔母は剣も魔法もかなり使えるみたいけど、大丈夫かな。闇魔って、かなり手ごわい相手だと思うけど。
「私もこの屋敷の当主用の道場なら思う存分自分の訓練をすることができると思う。自然は豊かだし過ごしやすいし、なんか前世の避暑地を思い出すのよね。温泉もあるし、予定通り、この夏はこちらでゆっくりと過ごさせてもらうわ」
ちなみに、最初に打診があった時に、夏の間エレオノーラたちが家で過ごすことは、双方の家に了解をもらっている。私はまさか許可が出るとは思っていなかったので、すごく驚いたんだよね。
◆◆◆◆
家に帰ってきて数日が経過した。マリウスもギルベルトも、自分の魔法を開発するのに夢中だ。2人とも、おじい様の部屋の近くに泊まっていて、当主用の道場を自由に使えるようになっている。部屋にこもったかと思えば、おじい様の道場で出くわすことも多いしね。
ちなみにおじい様の道場には個人用の魔法訓練スペースもあって、そこは訓練する本人とその護衛しか入ることができない。マリウスなんかは「この訓練室、うちにもほしい・・」と言っていた。誰にも目に入らない場所で、思う存分訓練できるのが本人たちにはうれしいらしい。
なんか、エレオノーラたちもその護衛や側近の人たちも、結構家でのんびり過ごしてるんだよね。ギルベルトとマリウスなんか、リラックスして談笑しながら廊下を歩いている姿をよく見かける。浴衣を着て牛乳を飲んでいるのを目撃したときはさすがに驚いたよね。お前ら、くつろぎすぎじゃね?
「それにしてもアメリーちゃんはかわいいわね。素直だし、剣も魔法も使えるし、あとかわいいし。私にも妹ができたみたいでうれしいわ」
確かエレオノーラには兄と弟さんがいるんだっけか? 女兄弟がいないエレオノーラにとって、アメリーはかわいい妹分みたいな感じらしい。アメリーがかわいいのは、全力で同意する。
「あげないからね! アメリーはうちの子なんだからね!」
私が全力でそう言うと、エレオノーラはこらえきれずに笑っていた。
ドオン!
道場から大きな音がしたのはそんな時だった。
「な、なにごと!」
私はきょろきょろと周りを見渡した。エレオノーラに緊張した面持ちになっている。
「ダクマー様! ご無事ですか?」
飛び込んできたのはコルドゥラだった。エレオノーラの護衛も慌てて私たちの前に飛び出してきた。
「お嬢様! すぐに手の者が様子を見に行っています。おそらく道場の方だど思うのですが・・・・」
そういえばマリウスが個人用の訓練室を使うとか言ってたな。闇魔の奇襲とか、ないとは思うけど警戒するに越したことはない。
私たちは顔を見合わせて頷く。他の世界の貴族なら避難するんだろうけど、この国の貴族は戦う者だ。逃げていいはずがない。私たちは、道場に向かって駆け込んでいった。
◆◆◆◆
道場の訓練室ではマリウスが茫然とした様子で、自分の手のひらを見つめていた。彼の先にある的は粉々になっている。その横で、おじい様が満足げに頷いていた。
「おめでとうございます。それが先代聖女が得意としたサキューレ・フレーゲンの魔法です。光属性の攻撃魔法であるフラッシュライトとは違い、極限まで大きくした光を、風で吹き飛ばす魔法です。普通の光魔法なら風魔法を撃ち消してしまうのですが、光弾と風を調整すれば、他の魔法のように飛ばすことが可能なのです」
マリウスは茫然とおじい様を見つめていた。そして自分の手首をつかむと、大声で泣き始めた。
うん、鈍い私でもわかるよ。周りから力がないっていわれて、でも諦められずに努力して、報われなかった。それでも努力を続けて、自分なりのやり方で、力をつけることができた。私も自分の剣術と無属性魔法を組み合わせたときは感動したし、泣き喚いたよね。
私はエレオノーラに合図をすると、静かに部屋を出ていった。泣いてる姿なんて見られたくないだろうし、興奮を冷ます時間も必要だろうからね。気づくとおじい様もそっと部屋を退出していて、訓練室にはマリウスが泣き続ける声だけが響いていた。
道場から出た先で、私はおじい様に話しかけた。
「おじい様! 私も攻撃魔法を使ってみたいです!」
私は期待に満ちた目でおじい様を見ている。ラーレにマリウスと、おじい様はうまく魔法を使えない人を魔法が使えるように導いて聞いた。つまり、私だって攻撃魔法を使えるのではないか!
だがおじい様は、私を一瞥すると冷たく言い捨てた。
「今のところ、無属性魔法の中で攻撃魔法は発見されていない。ワシでは無理だな」
そう言うと、静かに去っていく。
え? 無理なの?
あきらめきれず、期待に満ちた目でおじい様の後姿を追ったが、おじい様は一度も振り返らずに道場を出ていった。
「え? 私、無理なの?」
そんな私の肩を、エレオノーラはポンと叩いて慰めた。
「なんていったらいいかわからないけど、ドンマイ」
そう言って、そのまま静かに部屋に戻っていく。
その場には、期待に満ちた目をした私だけが残された。