第122話 ビューロウ領への道のり
「ついにこの日が来てしまった。どんな話をしようかな。僕の魔法、みてくれるかな」
夏休みが始まって、自領に帰る途中のことだ。私たちは、ロレーヌ領内のビューロウ家に続く街道で、食事をしていたんだけど・・・。
ギルベルトがひたすらうるさかった。
ギルベルトとマリウスもそれぞれ自分の竜車を持っている。私とラーレは、コルドゥラたち護衛と一緒に狭い馬車で身を寄せ合って移動しているんだけどね。
「うちの領なんて、皆さんの領と比べると大したことないですよ。確かに病院とか薬局とかは増えていますが、のどかな田舎町って感じです」
ラーレが謙遜するが、それを遮ったのはマリウスだ。
「いや、資料を見せてもらったけど、人口に対する病院の数がすごい。大叔母様の話だと、ビューロウ領って昔はかなり貧しかったらしいんだけど、今の当主が積極的に開発した結果、住民たちの平均寿命がかなり延びていると思う。なにより、子供の死亡件数が激減している。これはなかなかできないことだよ」
資料を見ながらマリウスが言う。それを聞いてギルベルトの興奮は止まらない。
「さすがバルトルド様! バルトルド様は魔法だけじゃなく、内政手腕も優れているんだよな。領を発展させるのは本当に大変なのに!」
うーん。本人に会って失望しなければいいけど。おじい様って大柄だけど、そこまで格好のいい人じゃないと思うよ?
「あ、でも本当に領主としては理想的ですよね。平民でも才能があればしっかり取り立てているし、自分が引退した後も大丈夫なように、部下も教育しているようです。私は直接魔法を教わることが多いですが、部下を叱るだけじゃなく、褒めたりするシーンもよく見ます」
ちょっとラーレ! 燃料を投下しないでよ!
予想通り、ギルベルトはさらに興奮する。「さすがバルトルド様!」と叫びながら感動しているようだ。
エレオノーラはそんな彼を無視することにしたようで、私に話しかけてきた。
「ダクマー、試験は赤点がなくてよかったわね。ずいぶん遅くまで勉強してたそうじゃない」
うう、勉強のことは思い出したくない。
エレオノーラやドロテーがノートを見せてくれたからよかったものの、そうじゃなければ危なかったと思う。ホント、この人たちって頭いいよね。あ、もちろんラーレのノートも役に立ったよ!
「ありがとう。今年の1学期はおかげさまで何とか乗り切れたよ。私も一緒に帰れるのは、ホントエレオノーラたちのおかげだよ」
私がお礼を言うと、エレオノーラは微笑んだ。前世でもこうやって私に勉強を教えてくれたんだよなぁ。ホント、感謝です。
ちなみにデニスやホルストは、他の領地に行くようだ。まあこのメンツに加わるのはちょっと勇気がいるかもしれない。ラーレは3度ほど逃げ出そうとしてたしね。
「でも戦いが始まったのに交流するのは、ちょっと罪悪感があるね」
グスタフなんかは北に入っていないものの、近隣の領に出現した魔物を倒して回ってるらしいし、戦場でもそれ以外でもビューロウの戦士たちは忙しく動き回っているようなのだ。
私がそう漏らすと、マリウスがすぐに否定した。
「戦いが始まったから、だよ。戦いが始まるから、直接の戦闘員じゃない私たちが他領に行って、しっかり協力関係を深める必要があるんだ。私たちにしかできない重要な仕事だから、罪悪感を持つ必要なんてないんだよ」
そっか。戦わないことに罪悪感があったけど、他領との協力は確かに大切だよね。私はちょっと安心する。そんな私に微笑みながら、エレオノーラが言葉を続けた。
「明日にはビューロウ領に入りますわ。まあビューロウ領は治安がいいから襲われることはないでしょうけど、闇魔との戦いが始まると、盗賊なんかが増えることがあります。ちょっと気を付けていきましょう」
◆◆◆◆
その日のお昼は外の馬車の前で話をしながら食事をした。
そして次の休憩所に向けて出発しようとした時だった。ギルベルトの護衛が声をかけてきたのだ。
「坊ちゃん、すみません。魔物が集まってきているのを察知しました」
私たちに緊張が走った。ギルベルトの護衛は主人と同じで風の魔法が得意で、索敵能力に優れているのだ。彼が言うんだから、きっと近くに魔物がいるのは違いないのだろう。
「皆様はこちらでお待ちください。私たちが魔物を仕留めてきます」
そう言って気合を入れたのはコルドゥラだった。ラーレの双子の護衛もお互いにうなずき合っている。そしてギルベルトの護衛の案内の元、魔物が潜む森に向かって駆け出した。
そわそわし出した私を見て、エレオノーラがあきれたように言った。
「気持ちは分かるけど、ここは護衛たちに任せましょう」
「でも!」
戦闘に加わりたい私を、ラーレが止める。
「大丈夫、エラたちは優秀よ。公爵家の護衛もいるんだから。私たちの選任武官なのよ。戦力として優秀な者ばかりよ。すぐに片が付くわ」
戦闘音が聞こえてきた。コルドゥラの気合や水魔法を放つ音がした。お互いに声を掛け合いながら、次々と魔物を討伐していくのが分かった。
「待つのはつらいね。コルドゥラたち、大丈夫かな」
「私たちの護衛も強いから大丈夫だと思うよ。それより私たちも周りを警戒しよう」
そこでふと思った。魔物たちの狙いは何なのか。
「こんな辺鄙な場所に魔物たちが集まるなんて、どんな狙いがあるのかしら」
エレオノーラも私と同じ疑問を持ったようだ。悩むように腕を組んだそ次の瞬間! 私たちに向かってくる影があった。あれは、闇魔!?
「なっ、速い!」
マリウスが驚いて叫ぶ。闇魔は姿勢を低くして突撃してくるのだ!
忍者!? 忍者なの!?
その闇魔は黒装束をして両手にナイフを持っていた。まるで忍者のように、姿勢を低くいて突撃してくる! 狙いは、エレオノーラ!?
私は剣を抜くと、エレオノーラをかばうように前に出た。闇魔は態勢をさらに低くしたかと思うと、一気に加速してくる!
「シャアアアアアアア!」
闇魔が私を襲う。だけど!
「てあああああああ!」
私は勢いよく剣を振り下ろす。闇魔は一瞬で避けられないと判断したのか、ナイフを交差させて受け止める。私の一撃を止めるとは、やるな! でもこれで、こいつの魔力障壁はかなり削ったよ!
「ウインドスラッシュ!」
ギルベルトが魔法を放った。障壁を破壊された闇魔はたまらず後ろに吹き飛ばされていく。それを見てエレオノーラが魔法で追撃する!
「ハイドロプレッシャー!」
水が線になって闇魔を襲う。魔力障壁を破壊したこの瞬間なら闇魔とはいえ無防備だ。水の線は闇魔の胸を貫通する。闇魔はナイフを取り落として胸を抑えると、悔し気にエレオノーラを見た後、手を伸ばしながら膝をついて倒れた。そしてそのまま、闇魔の体は消えていった。
「エレオノーラを狙ったように見えたけど」
私が疑問を漏らすと、マリウスが答えてくれた。
「ああ。まあ彼女は東側の貴族を束ねる盟主の娘だ。その情報が闇魔に伝わったのかもしれないな」
闇魔は目的意識を持って行動するのか。そんなのに狙われるなんて、エレオノーラは大変だな。
私はこの時はまだ他人事のようにそう思ったのだった。