第121話 マルティンの牽制
「ふっふっふ。やりましたね。これで剣術の授業でダクマー様を嘲笑する相手はいないはずです。私も選任武官として鼻が高いです」
道場からの帰り道、コルドゥラは上機嫌だった。どうやら、私が侮られがちな現状が気に入らなかったみたいだけど、こんなに喜んでくれるとは。
「たいしたことはしていないんだけどね。鎧なんて斬るのは難しくないし」
私が照れたようにそう言うと、コルドゥラはあきれたようにため息を吐いた。
「少なくともビューロウ領にはダクマー様と同じことができる人はほとんどいません。あなたの魔力制御の腕はラーレ様に次ぐものです。なまくらな剣でも簡単に鎧を斬っちゃうんですからね」
まあ剣に魔力を通して切れ味を鋭くするにはコツが必要だからね。私以外でできるのはグスタフくらいか。ラーレは魔力制御はすごいけど剣術は全然だからね。あれをやるには、剣術の腕と魔力制御を両立させなければならないのだ。
「でもコルドゥラだって・・・・」
私がコルドゥラのことを評価しようとしたその時、ふと前から剣呑な気配を感じた。コルドゥラもすぐに気付いたようで、私を守るように立ちふさがる。
私たちは厳しい顔で前を向く。前方からゆっくり歩いてくるのは、ライムントの護衛のマルティンだった。
「くっ!」
コルドゥラが剣を掴んで構えた。
コイツっ! なんかすんごい剣呑な気配なんだけど!
マルティンは立ち止まると余裕の表情で私たちを見た。その手は、腰の刺突剣を掴もうかとしているようだった。
「なにさ! こんなところでやろうっての!?」
私が誰何すると、マルティンは私を睨んだまま口元に笑みを浮かべた。
しばし、私たちはにらみ合う。
マルティンが剣を抜いたらすぐに対処してやるつもりだ。コルドゥラも同じように剣の柄に手を当てて構えていた。
マルティンは冷たい笑顔のまま、私たちを見つめていた。
「お前たち! 何をしている! ここがどこだかわかっているのか!」
道場からゲラルト先生が走り寄ってきた。
私は内心ほっとするが、それでも構えを解くことができず、にらみ合いの状態は続いた。
ふと、マルティンが肩の力を抜く。私は緊張を解くことができずに黙り込む。マルティンは剣の柄から手を放したが、それでも目が笑っていないのだ。
「フリッツを倒したからと言って調子に乗らないことです。所詮ビューロウの剣は、素質を持たない者のための剣。魔法の王道たる私たちの相手にはならない」
そう言うと、マルティンは全身から魔力を発現させた。
これは、光魔法!? 光魔法を全身から放ったとでもいうの!?
「マルティン! 何をしているのだ! こんな狼藉が許されるとでも思っているのか!」
ゲラルト先生が叫ぶ。だがマルティンはそんなゲラルト先生のことを全く相手にしていないようだった。
「下級貴族が騒いだところでなんになる。私の行動はライムント様に、ひいては王太子殿下に認められているのだぞ。本来なら教員になる資格のないお前に、邪魔できるとは思うなよ」
そう言い捨ててマルティンは私たちの前から立ち去っていったのだった。
◆◆◆◆
私たちはマルティンが消えても動けなかった。
しばらくして、コルドゥラが大きく息を吐く。そして深呼吸すると、私の方に向き直った。
「ダクマー様、お怪我はありませんか?」
冷や汗を流しながら聞くコルドゥラに、私は頷いた。
「大丈夫だよ。何にもされなかったからね。それにしても、あいつ、何の用だったんだろう?」
私が首をかしげていると、ゲラルト先生が顎に手を当てた。
「おそらく牽制だな。ダクマーはマルティンと同じライムント様の側近であるフリッツを倒した。ある意味、ライムント様の体面を傷つけたと言える。そんな相手に釘を刺しに来たのだろう。己の、光魔法の資質を見せつけてな」
ゲラルト先生の言葉にコルドゥラが同意した。
「確かにすごかったですね。マルティンの光の資質はかなりのものです。さすが、ライムント様の護衛をするだけのことはあります」
光の属性ってこの国では特別なんだよね。あれは攻撃魔法としても優れているし、身体強化にもか応用できる。癒しの力もあるんだからね。希少で有能だから、資質があるだけで尊敬される属性なのだ。
「でも牽制のためとはいえかなり無謀なことをするよね。戦いになったら勝てるわけがないのに」
私がそう言うと、2人はなぜか絶句したようだった。
「いや待て。光魔法の資質もちだぞ! 君の従者が優秀とはいえ、勝ち目は薄いのではないか? まあ君が戦うのなら、状況は変わってくるとは思うが・・・」
へ? なにいってるの?
確かに私が戦えば勝てるだろうけど、多分私の出番は来ないと思う。
「やだなぁ。戦うのはゲラルト先生でしょう? ここはゲラルト先生の道場から近いですし、私が剣を振るう前にゲラルト先生があいつを止めると思いますよ」
私の言葉にコルドゥラは目を丸くする。
「ゲラルト先生が強いのは認めますが、相手は光魔法の使い手ですよ!? 魔力量に差があるのに、ゲラルト先生で対処できると思うんですか!?」
コルドゥラのある意味失礼な言動に、しかしゲラルト先生は全力で同意する。
「そ、そうだぞ! マルティンは護衛とはいえ、中央の伯爵家の出なんだ。刺突剣の技もかなり使えるし、魔力量も多い。下級貴族の私なんぞ、簡単に制することができるはずだ!」
ええー? そうかなぁ。ゲラルト先生とマルティンが戦えば、かなりの高確率でゲラルト先生に軍配が上がると思うけどなぁ。
「ゲラルト先生なら勝てますって。光魔法の素質はあるかもだけど、剣術の技量に差がありすぎます。おそらくマルティンは何もできずに負けちゃうと思いますよ」
私の見立てではゲラルト先生は相当強いと思う。多分担任のガスパー先生でも勝てないのではないだろうか。そして高い技術を持っている先生がビューロウの魔力制御を身に着けたら・・・。私も相当気合を入れなければ勝てなくなると思う。
ゲラルト先生は首を振ると、溜息を吐きながら続けた。
「とにかく、今回のことは学園長に報告する。念のため、クルーゲ本家にも伝えておこう。護衛が学生を脅すなど、あってはならんことだからな。君たちも十分に注意するんだぞ」
そう言うと、ゲラルト先生はすぐに道場へと戻っていく。まずは道場の生徒に指示を出し、その後学園長に報告に行くのだろう。
私は変な事態に巻き込まれたことを実感しながら、コルドゥラに向き直った。
「私たちも戻ろう。一応、帰省の準備をしなきゃいけないし」
そう言うと、コルドゥラは一礼して黙って私の後についてきてくれた。
その後、帰りが遅れたことをラーレにこってりと絞られるのだった。いや、今回は私、悪くないよね? 巻き込まれただけだよね?
◆◆◆◆
ちなみに、あとで知ったことだが、ゲラルト先生がクルーゲの当主に報告したことで、マルティンは学園長から叱責を受け、かなりの期間、謹慎処分になった。この件は学園長よりもむしろクルーゲ侯爵が激怒していて、王太子と言いえども無視することができなかったらしい。
クルーゲ侯爵は中央で騎士団長やっているからね。でも私がフリッツをボコった時は平謝りだったんだよね。自分たちに非があるときは、ちゃんと謝ってくれるし、意外と公正な人なんだよね。
「ゲラルト先生は真面目だから教員陣の評判はいいらしいですよ。クルーゲ侯爵の命令にもちゃんと従って効果を上げてるみたいですし。そんな人を闇討ちしようとしたら・・・。いくらマルティン様が中央の貴族でも、厳しい処分は免れなかったみたいです」
事の顛末をコルドゥラから聞いた私は、クルーゲ侯爵だけは怒らせないようにしようと心に誓ったのだった。