第120話 鎧を斬る(2回目)
またあれをやるというのか。
ビューロウの技術を教えると言った日になった。
剣術の授業を取ったほとんどの生徒が見守る中、私は厚手の鎧を着た案山子の前に立っている。これをやるのは、鍛冶屋の時ぶりだから2度目だ。
「ねえ。これやんなきゃだめかな」
私が言うとコルドゥラがすんごい笑顔で答えてくれた。
「当主様から言われているではありませんか。我が家の武威をきっちり示すようにと。その上で王国全体の力向上にもできる限り貢献しろと、出発前に言われてました。ビューロウ領と東の貴族のためです。お願いします」
確かにおじい様にはそう言われてたけど、面倒だよね。なんか練習生たちはキラキラした目で私を見ているし。
私は剣を抜くと構えるとため息交じりに説明する。
「これから見せるのは、ビューロウで武威を示すために行っていることです。今からあの鎧を斬ります。体の内部強化を身に着けると、これができるようになるかもしれません。皆さんもしっかり訓練してくださいね」
説明すると、私は案山子を睨んだ。ここまで言って斬り損ねると恥ずかしい。私は集中して魔力を展開した。
「? ダクマーさんは目を閉じてるけど、何かやってるのか。魔法を纏わりつかせていないみたいだけど」
「そうか、これが無属性魔法か! すごい! ほかの属性と違って全然見えない!」
練習生たちが口々に感想を言った。
「コルドゥラ。合図を」
私がそう言うと、コルドゥラがニヤリと笑った。
「では・・・、はじめ!」
私は深呼吸すると、再び案山子を睨みつけた。
「きええええええ!」
叫び声とともに飛び出す! そして案山子に向かって踏み出すと、鎧に向かって鋭い一太刀を放った。
ブオオオオンン!
風切り音とともに剣を振り抜いた。
鎧は斜めに線が入り、そして数秒後にゆっくりと滑り落ちていく。
私の剣は、あの時と同じように鎧を斜めに斬り裂いていた。
「なんだ、あれ」
「ダクマーさんが一瞬で移動して、鎧を斬ったのか」
「鎧って切れるもんなのか。移動したのも全然わからなかったぞ」
生徒たちは驚いている様子だった。ゲラルト先生でさえも、信じられないものを見るかのように、鎧を茫然と見ていた。まあざっとこんなもんである。
「打つのでもなく、叩き壊すのでもなく、鋭い太刀筋で斬る、か。もしかしたら、あの時守ったのは君じゃなくてフリッツ様だったかもな」
ゲラルト先生はそんな独り言を言っていた。
まあそうだよね。あの時、ゲラルト先生がいなくてもコルドゥラに止められてたと思うし、彼女がいなかったら私がカウンターを浴びせていた。どうあがいてもフリッツの攻撃が当たることはなかったはずだ。
「しかしいいのか? 今更だが、これはビューロウ家の秘術だろう? こんなところでさらしていい技なのか」
ゲラルト先生が疑問を口にした。
「クルーゲ流もメレンドルフ流も、学園で技を教えてるじゃないですか。ビューロウもそれと同じです。王国貴族として、やるべきことを教えただけです」
私は胸を張って答えた。おじい様も言っていたからね。王国貴族としてもっと国に貢献したいって。それに――。
「先生の家と同じですよ。本当の秘儀はこの先にあります。これを極めた先に、秘儀はあるんです」
まあ、その秘儀と言うのは今のところ限られた数人しか知らないし、一般の練習生は使えないけどね。
◆◆◆◆
その後、生徒たちは魔力板に群がっていた。我先にと魔力板を操作するが、中の玉はまるで動かない。ゲラルト先生ですら、難易度の低い板の玉をやっと動かせるようだ。
「こんな感じでやるんだよ」
私はこの中で難易度の一番高い板を操作した。板の中の玉はスムーズに移動し、あっさりとゴールした。
「まじかよ!? 魔力板って、あんなに早く動くもんなのか? すげえな!」
ジークが驚きを口にする。ふっ、私程度で驚くとは。魔力板の操作に関してはラーレはもっとすごいからね。
「おじい様から許可をもらっているので、難易度5までの魔力板は置いておきます。ここから先は、この板を簡単にゴールできるようになってからです。それができないと、体の内部強化は難しいと思うからね。そして、資質が低い魔力を自由に動かせるように訓練してください」
私がそう言うと、生徒たちは一瞬呆けたが、すぐに真剣な顔で魔力操作の訓練を開始した。
まあ、技術の習得には時間が掛かるから、この先は夏休みが終わった後だね。
「じゃあ、私は準備があるからもう行くね。みんな、頑張ってね。操作が上手くなればうまくなるほど、内部強化の効率は上がるから。そのあとのことは休みが終わった後ということで!」
そう言い捨てると、私は逃げるように道場を後にした。コルドゥラが私を呆れたように見ると、一礼して私の後を追ってきた。
そして道場には、魔力板に悪戦苦闘するゲラルト先生と生徒たちだけが残ったのだった――。