第118話 夏季休暇の同行者
「まあ、私たちが参戦するのは1年以上先になると思う。今のうち、準備しておいた方がいい。できることは限られているけどね」
青くなったラーレに、マリウスは伝えた。ラーレは頷いたものの、下を向いてしまった。あんまり慰めになっていないようだけどね。
「あ! もしかしてビューロウ家は当主が参戦してるのか? ビューロウ領にいなかったりするのか? 来月バルトルド様に会いに行くのを楽しみにしてるんだけど」
ギルベルトは焦ったようにそう尋ねた。戦いが始まったにもかかわらず、いやだからなのか、ギルベルトはおじい様に会うのを全くあきらめていない様子だった。その質問に答えたのは、青い顔をしたラーレだ。
「いえ、北部には私の両親が援軍に向かったらしいので、おじい様はまだ領にいると思います。でも戦況が悪いなんて、私の両親は大丈夫かな」
ギルベルトはしまった!という顔をしたあと「ちょっと失言だった」と謝罪した。この時期、援軍に言った貴族は少なくない。手柄を求めて出かける貴族も多いそうだ。
マリウスはギルベルトの発言に反応した。
「おい! バルトルド様に会いに行くってどういうことだ!」
マリウスがギルベルトに詰め寄った。
「あれ? 言ってなかったっけ? 夏休みにビューロウ家を訪ねる予定なんだよ。現当主のバルトルド様は魔法使いとして有名なんだ。魔法のことをいろいろ聞きたいと思っててさー。今、質問リストを作っているところなんだ。戦いが始まって忙しくて会えないかもしれないけど、それでも会いに行く価値はある」
そういって、ギルベルトは子供のように笑った。コイツ、ホントおじい様ガチ勢だな。そしてマリウスはそれを聞いて本当に悔しそうな顔をした。
「くそっ、うらやましいぜ! ビューロウの狼を訪ねられるなんて。うちのおじい様も一度訪ねてみたいって言ってたんだ。私も行ってみたいんだけど!」
う~ん、狼と言っても近接で闇魔と戦える人はビューロウ領でも限られている。マリウスを喜ばせるものなんて、うちの領にないと思うんだけど。
「あの! 私と同じ剣を使えるのはまだ少なくて。ここでは私とラーレの護衛くらいしかいないんだ」
私は必死でそう言い訳した。グスタフも積極的に部下に強化方法を教えているらしいけど、まだまだ数は少ないんだよね。だが、マリウスは「わかってない」と言わんばかりに肩をすくめた。
「狼のご家族に話を聞くだけでいいんだ。それに、彼らの墓に『あなたたちは素晴らしい戦士でした』と伝えることは、おじい様の悲願でもある」
そしてマリウスは声を潜めた。
「それに、高名な魔術師であるバルトルド様に相談したいことがあるんだ」
そういえば、ラーレが言ってたけどマリウスは星持ちだけど資質に問題があるんだったよね? おじい様は前に本とか出しているし、その知識量はすごい。話を聞いてみたいというのも分かる気がする。
マリウスは取り繕うように顔を上げると、説明を続けた。
「うちは西、ビューロウは東で仲は今一つだし、あの戦いの後、うちもビューロウ家も自分の領地の復興で手いっぱいでなかなか訪ねる機会がなかったんだ。けど、ご当主とおじい様は手紙でこまめに連絡を取り合っていると聞いている。頼む! 戦火が広がる前に、ビューロウ家を訪ねてみたいんだ! 私もギルベルトに同行させてくれ!」
マリウスは私に詰め寄った。いや、勢いがすごいんだけど! そんなこと言われても私には判断できないよ! 私が戸惑っていると、エレオノーラが苦笑しながら助けてくれた。
「あなたが行くと、西と東の貴族の仲も少しは改善されるかもしれないわね。私も同行すれば、次世代では貴族同士の仲が盤石だとアピールできるかも。ラーレ先輩、ビューロウ子爵にマリウスと私が同行していいか、聞いてもらえないかしら」
ラーレは自分に質問が飛んできて驚いた様子だった。
「え、ええ。一応聞いてみますわ。でもあんまり期待しないでくださいね」
マリウスはその答えを聞いてガッツポーズを取った。ギルベルトも同行者が増えてうれしそうだ。そんな彼らの様子を私はちょっと驚いた顔で見つめていた。
◆◆◆◆
話し合いの後、私の部屋でいつものように夕食を共にしたラーレは、食器を片付けた後もそのまま下を向いて座っていた。私は彼女をなんとなくみつめながら、談話室での話を振り返っていた。
「うちの領のことを高位貴族が気にしてるなんて思わなかったな」
「うん。びっくりだね」
私にとってもマリウスの反応は意外だった。ヘリング家っていうと、西の貴族の代表格の一つだ。上位貴族なのに、私たちのような木っ端貴族を気にしているだなんて、本当に驚いた。
「最近思うんだけど、領内の評価と他の貴族からの評価って、全然違うよね。領内では、四大魔法が使えないあんたや私は冷や飯ぐらいだけど、ここでは身体強化魔法が使えるあんたがすごく評価されてる。まあ、私の評価はそれほど変わらないんだけどね」
「ラーレだって、あの魔法を見せれば、他の貴族の評価は変わると思う。領内みたいに魔法の威力だけをみる人も多いけど、そうじゃない人もたくさんいるように感じるよ」
例えば、無属性魔法のマヌエラ先生とかね。そういえばおじい様も、魔法の威力が強いことをそれほど評価していない気がする。
「私、おじい様ともっと話してみようかな。今なら魔法のことを聞いたらいろいろ答えてくれそうな気がする」
まあ、ラーレはおじい様に直接魔法を授かったりしてるからね。
私たちはエレオノーラとマリウスが領に来てもいいか、すぐに手紙で確認することにした。でも、なんとなくだけど、おじい様は断らないような気がしていたんだ。