第117話 マリウスとの会談
「という話が合ったんだよ」
私はあの後、エレオノーラを訪ねて2人の話を報告した。マリウスには「私も先の戦いの話を聞いてみたいです」とだけ言って、その場を後にした。まあ向うも私がエレオノーラに相談することは織り込み済みだろうけど。
「ライムント様は、ホントにもう・・・。あの人、母親の身分が低いから、私の家と強引に婚姻を結びたいはずなのよね。でも本人は矜持ばっかり高くて、強引に周囲を従わせてるの。あなたの家はデニスをバックアップして影響力を高めようとしていると思ってたけど、まさかあなたに力があると分かるとすぐに乗り換えようとするなんてね」
エレオノーラはあきれている。でもまあそうだよね。節操がないというか、義理も人情もないというか・・・。多分、デニスが私の情報を塞いでくれたんだろうけど、ちょっと厄介な人に目をつけられたかもしれない。
「でも、マリウス様のヘリング侯爵家があなたに好意的なのは嬉しいわね。今の当主がビューロウ家の狼をすごく褒めていることは有名だけど、基本的に西の貴族は東の貴族を蛮族だと嫌ってるしね。協力できれば、こちらの貴族の被害も減るんじゃないかな。どうする? あなたさえよかったらだけど、私も交えて話してみる?」
エレオノーラの提案に、私は悩んだ。でも、私って過去のビューロウ家のことって全然知らないし、マリウスの話に興味があるんだよね。
「ごめんね。私って言っちゃダメなこととか全然わかんないし、同席してくれると助かる。ちょっと過去のビューロウ家のことを聞いてみたいんだ」
「う~ん、同席するのはいいけど、あなたの家の事情はちょっと分からないかな。デニスはライムント様のことがあるから難しいだろうけど・・・、あなたの家のラーレ先輩にも同席してもらったら?」
でもそうなるとマリウスは3対1になるし、受けてもらえないんじゃないかな。私がそう懸念すると、エレオノーラは笑って答えてくれた。
「大丈夫よ。この国の貴族でヘリング家に逆らおうって人がいないことは向こうも分かってるしね。なにしろヘリング家は回復魔術の使い手を一手に集めている貴族家なんだから。東と言えど、貴族家ならみんな粗野には扱わないのは分かっていると思うわ。それに私とも気軽に話す仲なんだから、きっと受けてくれると思うわよ」
◆◆◆◆
その後、マリウスにエレオノーラを加えて話したいと手紙で伝えると、「ぜひに」と言う返事と、2日後の放課後を話し合いの日に指定してきた。
「なんであたしもここにいなきゃいけないのよ! ヘリング家って、西の貴族の総大将みたいなもんじゃない! 私はこの1年で卒業だから、偉い人とはかかわりあいになりたくなかったのに」
ラーレは当然のごとく逃げようとしたが、私が捕まえた。エレオノーラが笑顔で「ラーレ先輩もよろしくお願いしいます」と言うと、泣きそうな顔になっていた。ちょっと申し訳なくなる。
ここはマリウスに指定された談話室で、私たち3人は先に到着して彼の到着を待っていた。
「ちょっと早く着きすぎたかな」
まさか西の貴族だからって、襲われることはないと思うけど、ちょっと緊張する。
「大丈夫よ。彼ももうすぐ来ると思うわ」
噂をすれば影と言うけど、そのあとノックの音がして、マリウスが一礼して入ってきた。彼の後ろにはギルベルトもいて、手を挙げて挨拶してきた。
あれ? ギルベルトも東の貴族なはずだよね。
「女性を待たせてしまうとは、申し訳ない。時間には間に合ったと思うけど、今日はよろしくお願いします。あ、知ってると思うけど、彼は親友のギルベルト・ウィントだ。今日ダクマーさんと話をすると言ったらついてきてくれたんだ」
「こんな面白そうな話があるなら参加させてもらおうと思ってね。今日は東の貴族というよりも、マリウスの友人として参加させてもらうよ」
マリウスすげぇな。3対1どころか、4対1なのに堂々と参加したよ。西と東の貴族は仲が悪いはずなのに。貴族通しのお茶会だと、毒をもったり盛られたりすることもあるらしいけど。
「マリウス、今日は時間を取ってくれてありがとう。ダクマーから話を聞いたわ。私たち世代は闇魔と戦うのに団結したいってことで良いかしら」
「ああ。少なくとも我が家は、ロレーヌ家が安く霊薬を売ってくれて助かっている。ビューロウ家の狼が復活したことで、東の戦力が一気に上がったし、しっかり協力すれば、闇魔の進行を防ぐことも難しくないんじゃないかと思ってる。それには、私たちが協力することが不可欠だけどね」
「僕とマリウスは個人的に親しくしているけど、家同士となるとそうでもない。まあ、東の貴族の総大将であるエレオノーラが認めれば、下の貴族たちの意識も変わるはずだ。マリウスが信頼できる男なのは僕が保証するよ」
どうやらギルベルトとマリウスが仲がいいのは真実らしい。なんかギルベルトが隣にいることでマリウスの雰囲気がこの前より柔らかい感じがする。私もラーレが隣にいるとあんな感じになるのかな。まあ今のラーレは緊張でガチガチになってるけどね。
「私の家もそうですが、東の貴族家はヘリング家にはいつも感謝しております。先日も戦で怪我をしたサンドラー家の当主を治療してもらいましたし。協力できることならどんどん協力したいというのが本音ですわ」
サンドラー家の当主と言うと、実家でお茶会をしたエルナ様のお父さんだ。怪我を一瞬で治せる治癒魔法は戦場には欠かせないものだ。マリウスは頷くと、私と目を合わせた。
「正直なところ、今までは東の貴族家の戦力にちょっと不安があったんだ。ロレーヌ家もウィント家も魔術師としては素晴らしい力があるけど、近接戦闘で優れた人物は少ない。私たちが戦うには、全線で体を張って敵を止めてくれる戦士が不可欠だ。うちのクルーゲや、北のメンドルフみたいにね。クルーゲは同世代のフリッツが北や東の貴族を見下すから、すぐに他家と問題を起こす。正直、一緒に行動したくないんだよね。同類に見られちゃうから。北のメレンドルフ家は戦いの中心で頑張ってるから、これ以上の負担はかけられない。だから、ダクマーさんには私たちの前衛として戦ってもらえればありがたいと思ってる」
ちょっと待て。彼らの言い分は、まるで私たちが戦いになりだされるかのようじゃないか。
「えっと、私たちはまだ学生で、戦場に行くことはないはずですよね」
ラーレはおずおずと聞いてきた。私も同じこと考えていたのでこの質問はありがたい。マリウスはちらりとエレオノーラを見た後、私とラーレに向き直った。
「これは一応機密情報だが、みんななんとなく察してると思うからいいだろう。戦況はかなり悪い。闇魔は耐性があってあんまり魔法が通らないし、今回はビューロウの狼がいない。メレンドルフが頑張っているけど、クルーゲもビューロウほどではないが、力を落としている。前衛が全然足りなくて、民兵にかなりの損害が出ているらしいんだ。私とギルベルトはおそらく2年以内に私たち学生も動員されるんじゃないかと読んでいる」
それを聞いて、ラーレが青くなった。私たちが2年以内に参戦するのなら、1年後に卒業する彼女は確実に戦いに巻き込まれるはずだから。