第116話 ヘリング家の後継 マリウス
「あなたがビューロウ子爵令嬢?」
午前中の授業が終わると、また私に背中から話しかけられた。このパターンはライムントでお腹いっぱいだ。私は渋面で振り向くと、聖職者が着るような衣をまとった男が立っていた。銀色の髪を短く刈り上げているのが印象的だった。
「そうですけど、あなたは?」
私は眉をひそめて声をかけてきた男を見返した。
「ああ、失礼。私は上位クラスのマリウスと言います。西のヘリング家と言えばわかるかな」
西のヘリング家って侯爵だよね。確か、王国とアルプトラオム島とこちらの海岸線に結界を張った聖女の出身だったはず。この人もゲームの主要人物だし、高位貴族はフリッツやライムントのせいで印象が良くない。ましてや西の貴族は東の貴族と仲が悪かったりするからね。
「侯爵家のご子息が、高々子爵家の、それも後継も決まっていない令嬢になんのようです?」
私は警戒心むき出しにして尋ねた。マリウスはちょっとたじろいだようだけど、苦笑いして答えた。
「はは、さすがに警戒されるよね。でも君はビューロウ家の人間なんだろう? 家のことは聞いていないかな?」
侯爵家だから忖度しろとでもいうのだろうか。でもエレオノーラからは守ってくれると言われてるし、相手にしなくてもいいかな。
「すみません、おじい様からは特に聞いていないもので」
私が冷たく対応すると、マリウスは困ったような顔をした。
「まあ、フリッツがあんな対応したから警戒するのは当然だね。この前の戦い、見させてもらったよ。あれが大叔母様が感動したという、狼の力なんだね」
ヘリング家の大叔母様って、たぶん先代の聖女様だよね? うちの領となんか関係があったのかな? ちょっと興味を引かれて、思い切って尋ねてみる。
「すみません、うちは先の大戦で現当主の兄弟や有力な戦士のほとんどを亡くしているんです。当主の甥もその後に病で命を落としているそうなので、先代聖女様のことは何も伝わっていないんですよ」
私が言うと、マリウスは驚いた様子だった。
「そうか、先の大戦でビューロウ家はかなりの戦死者を出したというから、戦いの情報が伝わっていなくても無理はない。少し、話ができるかな」
◆◆◆◆
私たちは、面談用の一室で向かい合った。学園の使用人がお茶を出してくれた。それを飲みながら、私は尋ねた。
「失礼ですが、西のヘリング家と当家では、あまり関係がないのかと思ってました。その、東と西の関係ですし」
東側の貴族と西側の貴族は仲が悪い。例えばヴァルト族への対応についても、東側は積極的に交流したり、その血を取り入れたりしているが、西側や中央では警戒対象だ。ひどいところになると、人間扱いしない家も存在するらしい。外見からしてヴァルト族の血が入っているエレオノーラも「混じり者」扱いされることがあるからね。
「大叔母もそうだったみたいだよ。先の戦いでも、最初は亜人のヴァルト族と一緒に戦うことに難色を示していたらしいし」
40年前の戦いでは、ヴァルト族も人間と一緒に戦ったとされている。まあ、アルプトラオム島は彼らにとって故郷だし、戦わないという選択肢はなかったようだけどね。東の領でヴァルト族は軍団を組織し、押し寄せる闇魔と戦ったんだよね。
ちなみにアルプトラウム島にはヴァルト族が残っていて、闇魔から隠れながら抵抗を続けているという話だ。結構気合入っているよね。
「でもヴァルト族の戦士と一緒に戦ううちに印象が変わったらしい。実際に接すると、彼らも人だということを実感したそうなんだ。そして、ビューロウの狼たちと共闘することで、東の貴族に対する考え方も変わった。貴族に西も東も関係ない、同じ王国の仲間なんだってね」
あ、そうか。ヘリング家は後継者の一人が戦いに参加して、その人が功績を積んで当主になったんだよね。そこからビューロウの戦士たちのことを伝え聞いててもおかしくはない。
「おじい様から戦いのことを聞いたことがあるんだ。ビューロウの狼は本当に頼りになったって。何度も命を救われたとおじい様は言っていた。大叔母が残した手記にもビューロウ家のことが書いてあったよ。でも、この学校にいるホルスト先輩やデニスを見て、正直ちょっとがっかりしていたんだ。ホルスト先輩もデニスも完全に魔法使いって感じだからね。ビューロウの狼は、40年前の戦いで滅んでしまったんだって。そんな中、君の戦いを見て感動したんだ。これがビューロウの狼なんだってね」
私はきょとんとする。地元では私の剣は全然評価されなかったけど、他領の人にとっては違うのか。
「あ、あれは私が勝手にやったことで、本来のビューロウの剣とはちがうような?」
確かに身体強化の魔法はご先祖様の秘伝書から学んでいるけど、基本的な剣術は前世で学んだものだ。ビューロウ家の、おじい様の剣とは根本的に違ったりする。しかしマリウスは首を振る。
「いや、ビューロウ家の直系の君の剣が、当主に関係ないはずはない。先祖の剣と本当に離れているなら、当主から矯正されないはずはないからね。どんな剣であれ、君の剣がビューロウ家に認められていることは間違いないはずさ」
私は思い出す。確かに私の剣がビューロウ家の許可を得ているかと言われると、まあそうだというしかないかな。
「私はうれしかったんだ。ビューロウの剣が、まだこの国に息づいていることが分かってね。そして東の貴族が流通させてくれている霊薬も、すごく役に立っている。私の家は回復魔法の使い手を多く育成しているけど、治癒魔法と霊薬は結構相性がいい。魔法だけでは治せない怪我も、霊薬と合わせると癒せたりするからね。西の貴族でも、積極的に東の貴族と交流する人は増えているんだよ」
そう言えば聞いたことがある。怪我をした東の貴族が西の貴族の魔法で癒されることが増えているんだって。まあフリッツみたいのもいるけど、基本的に今は東西南北の区分けはあまり意味のないものになっているのかもしれない。
「悲しいことに、闇魔との戦いは始まってしまった。私は祖父や大叔母の話を聞いて、西と東の貴族が協力し合えたら、こちらの被害がもっと少なくなると思っている。同じクラスのエレオノーラ様は信頼できる人で、彼女と仲のいいダクマーさんも信頼できるんじゃないかなと思って話しかけてみたんだ。もちろん、お互い立場があるし、協力できないこともあるかもしれない。私たちの親世代は結構反目し合ってるしね。まずはお互いのことをちょっと話すことから始めてみないか」