第112話 決闘
「なんか余裕だな。この前切りかかられたのを分かってるのか? 向こうは完全に殺る気だぞ。ゲラルト先生のおかげで助かったの、分かってんのか?」
ジークがあきれたような声を上げた。エレオノーラが去った控室に、ジークが面会を求めてきたのだ。
まあジークも一応当事者だからね。決戦の前に話すくらいはいいと思ったんだ。
でも今は、正直フリッツよりもこの闘技場のことが気になっていた。せっかくだから見てみたいんだけど、この状況だとちょっと無理そうだ。
「たしか闘技場って王都に3箇所ある地脈の一つなんだよね。王城と、学園と、ここ。こんな場所めったに来られないから地脈を見てみたいけど、ちょっと難しそうだね」
私はそう言うと、ジークはあきれたように、でもちゃんと答えてくれた。
「闘技場の地下室に大規模な地脈の制御装置があって、そこからこの地に結界を張っているらしいぜ。てか、気になるのはそこかよ」
そういえば、気が付いたらジークと普通に話せるようになってるね。やっぱり、ちゃんと決闘をして力を示したことがいい方に作用したようだ。向うも今はそこまでの敵対心はなくて、今回も早々とゲラルト先生を呼んでくれた。まあ、結果は御覧の通りなんだけど。
ジークは溜息を吐きながら、決闘のことを教えてくれた。
「一年に一回はこういうことがあるらしい。東側の貴族は、武力が弱いから調子に乗るなってな。西や南の貴族が弱いくせに前向きな東の貴族を、決闘で痛めつけるのは毎年の行事になっている。フリッツは、この試合のために身体強化をスムーズに行うための魔道具まで用意したって聞いた。あいつらは、お前をつぶす気だ」
確かにビューロウはかつてほどの武力がなくなっている。あいつらにとって、私は格好の獲物と言うことか。
身体強化をうまくするための魔道具があるならビューロウと互角に戦えると思ったかもしれない。でも、読み違えたつけは、フリッツ自身が払うことになる。
「ジークもこの試合でクルーゲの技が知りたいと思うけど、多分一方的な展開になると思うよ。フリッツの奴、ゲラルト先生と比べると月とすっぽんだし、身体強化のビューロウって言われる理由がよく分かると思う。ジークとやった時より本気で行くからさー」
そう言うと、ジークは顔を引きつらせた。
「あれより速くなるってか? てか、大丈夫なのか? フリッツを殺しちゃったりしないよな? 一応、アイツも次期侯爵なんだから、命を奪うとまずいと思うぞ」
ジークにまで言われてしまった。一体みんな、私のことを何だと思っているのか。
「でもジークも気になっていたんでしょ? 私の身体強化がどこまでできるのかって。それなら、この試合をしっかり見ておくべきだね。身体強化の魔道具なんて、何の意味もない。あいつ程度のクルーゲの剣や盾も問題にすらならない。本気の身体強化魔法ってやつを見せてあげるよ」
こともなげに言う私に、ジークはドン引きしたようだ。
「まあそうだね。私にとって問題は、この決闘じゃない。戦が終わってもめるかどうかなんだ。申し訳ないけどエレオノーラの力に頼ることになりそうだよね」
一応、公爵家には貸しがあるし。ご当主様から「なんでも言ってほしい」って手紙をもらってるからね。
闘技場の職員が、「そろそろ時間だ」と、私を呼びに来た。私は頷くと、ジークに「じゃあ行ってくる。ちゃんと見ておきなさいね」と言って闘技場の出口に向かう。
会場に出る前に、係員が用意した武器を受け取った。自前の武器も使えるらしいけど、今回はなぜか職員に用意してもらうことになっていたんだよね。
その剣を受け取った時、すぐに気付いた。この剣、あんまり手入れされていないよね。おそらくまともに振るとすぐに壊れてしまうだろう。私は思わず係員を見つめると、係員はニヤニヤと笑っていた。
そうか、お前らはここまでするのか。
「あんたは普通の剣を与えておけばよかったと後悔する。私が普通の剣を使っていたならまだ言い訳はできたはずだから」
そう言い捨てると、私は係員の顔を確認することなく、闘技場の中心に向かった。
◆◆◆◆
闘技場の観客席には、たくさんの学園関係者が押しかけていた。申し訳なさそうな顔をしたゲラルト先生をはじめ、エレオノーラやギルベルトの姿もすぐに見つけた。まあ、ロレーヌ公爵家としては、東の貴族が侮られている現状に、歯がゆい思いをしているのだろう。
ギルベルトは余裕の笑みを浮かべている。彼も私の勝利を確信しているのだろう。その後ろにはラーレが心配そうに見つめている。あれは私が負けるかもしれないとはかけらも思っていない。こんなに目立って大丈夫かと思っている目だ。付き合いが長いから、考えていることがなんとなくわかる。その近くにはコルドゥラとカリーナもいて、私を真剣な目で見つめていた。
会場には、ホルストが冷めた目で見つめている。兄もいて、私を心配そうに見ているのが分かった。2人とも、もっとうまくやれとか思っているんだろうなー。
反対側からフリッツが出てきた。剣も盾も輝いていて、鎧は新品のようだった。身体強化魔法を使いやすくなるというアンダーウェアも装備しているのだろう。
お互いに中心に進む。フリッツは私に声をかけてきた。
「俺相手に逃げないとは勇気があるな。それだけは褒めてやるぜ」
ニヤつきながら言うフリッツに、私は冷たく言い放った。
「お前ごときを相手に、何で逃げなきゃいけないの?」
フリッツは怒りで顔を赤くしながら、私を挑発してきた。
「最後まで生意気な女だ。お前、領地ではだれにも相手にされていないんだってな。かわいそうに。でも最後は豪華な場所に来られてよかったじゃないか。ここがお前の墓場だとしてもな」
審判が、少し離れた位置に立つように指示を出す。私は開始位置に立つと、剣を抜いてフリッツに向けた。剣がぼろぼろなことに、彼は気づいただろうか。
「この剣をお前が用意したかどうかは関係ない。私にちゃんとした剣すら与えずに、それで誇りを守れると思うなよ」
「な、なんだと!」
フリッツが動揺したのが分かった。でも審判は止まらない。今更この戦いを止めることなんて、できやしないのだ。
「はじめ!!」
審判が号令をかけると同時に、私は剣を捨てて素早く接近した。
フリッツはいきなり武器を捨てて接近した私に驚いたようだが、それでも私に剣を振るった。振り下ろされた剣をあっさりと避けると、
パアアアン!!
まずは一発、フリッツの顔を殴りつけた。
「ぐっ! 貴様!!」
私とフリッツは30センチほども身長差があって殴る際に少し飛ばなければならない。それでも殴られたフリッツは大きく後ろに後退した。盾を突き出してガードしようとするが私は素早くフリッツの左後方に回り込み、
ドゴオオオオオ!
その後頭部を蹴りつけた!
会場内に歓声が沸く。フリッツはたたらを踏む。私はフリッツの剣を持つ腕をつかむと、そのまま腕をひねり上げた。
「がああああああああ、いてえ、いてえよ!」
フリッツは痛みをこらえられずに叫ぶ。腕を抱えてしゃがみ込むが、私は容赦なく、その顔面を蹴りつけた。フリッツの鼻はへし折れただろう。顔は鼻血で染まっていた。慌てて顔を抑える。その手は、剣も盾ももう取り落としてしまっていた。
私は再度フリッツの顔を蹴りつけた。
フリッツはあおむけに倒れた。私はフリッツの胴に座る。いわゆるマウントポジションと言うやつだ。
「魔道具なんかに頼って身体強化をおろそかにするからこうなる。補助輪付きのくせに、身体強化の専門家の相手になると思うなよ」
私は拳をさらに強化して、その顔面を殴りつける。鼻の骨や歯が折れた感触がする。これでもまだ、私の勝利を宣言しないのか。
私は容赦なくフリッツの顔を殴り続けた。最初は必死で顔をガードしようとしていたフリッツだが、5発目の拳を受けたとき、抵抗することはなくなった。
「ま、まて! いったん離れろ!」
審判が慌てて私にそう命じた。私は大人しく、フリッツから離れた。顔面を破壊されたフリッツは、私が離れても立ち上がるそぶりは見せなかった。完全に意識を失っているのだろう。時折、体が痙攣したように震えていた。
「これでフリッツに後遺症が残ったら、あなたたちの責任だね」
審判たちはぎょっとして私を見た。
「この試合を止める権限はあなたたちにしかない。私はここに立ったからにはルールに沿って戦うだけ。フリッツを守れたのはあなたたちだけでしょう?」
私の言葉に審判たちは顔を青くした。どれだけ忖度したのか知らないけど、こいつらはフリッツを見殺しにした。その罪は、きっと取らされることだろう。
審判はフリッツの意識を確認すると、顔を青くしながら私の勝利を告げた。ここまでやったのに、私の勝利を宣言しなければ暴動がおこるだろうし、私に恐怖を感じていたようだからね。まあ、これ以上続けるのなら、フリッツの命がここで終わるだけだ。
私は会場を見渡した。会場のだれもが声を控え、沈黙が支配していた。
その時、会場に拍手の音が聞こえてきた。エレオノーラだ。ギルベルトやラーレもつられるように拍手をしている。デリア様やマーヤ様たち、東側の貴族が拍手をつないでくれた。それに、フェリクス先輩やドロテーたち北の貴族も続いてきた。
会場は、私の勝利を祝う拍手で包まれた。