第110話 決闘を前に ※ フーゴ&レオンハルト視点
※ レオンハルト視点
剣術を担当するゲラルトから、闘技場を使いたいとの要請があった。闘技場は学園から少し離れたところにある建物で、生徒同士のいざこざがあると、ここで決闘が行われることがある。
私が就任してからは特に東の貴族が西の貴族に絡まれることが多いように思う。今年はずいぶん早い時期に起こったという印象だ。
参加者の一人、フリッツ・クルーゲに話を聞いた。昨日、かなり厳しく叱責していたのに、まるで意に介していない様子だった。
当主がけなされたからと言っていたが、どこまで本当のことなのか――彼のニヤついた顔からは、虚偽と傲慢しか感じられなかった。
本来は止めるべきなのだろう。だが、毎年発生するこのイベントでは、被害者であるはずの東の貴族から強い要望があり、決闘が行われてしまう運びとなる。
私はため息をつくと、もう一方の生徒を呼び出した。
ダクマー・ビューロウは小柄な女子生徒だった。クリっとした目、そしておかっぱに切りそろえられた髪をした、どこにでもいそうなかわいらしい女子生徒だった。前にお師匠様の家で会った時と印象は変わらない。どこにでもいる女子生徒といった風勢だった。
貴族女性は髪を伸ばしたがる傾向があるが、武門の出であれば別だ。近接戦闘の邪魔にならないよう、短く切るケースがある。彼女を思い出すとしたらその髪型かと思うが、どうしてか、強い決意を秘めた目が印象に残った。
「フリッツ・クルーゲから決闘の申し出があった。君と闘技場で戦いたいそうだ。君も同意したとのことだが、間違いないか」
私が確認すると、ダクマーはちょっと小首をかしげながら答えた。
「はい。間違いありません。でも、学園長自らがわざわざ確認するだなんて、思っても見ませんでした」
私は思わず苦笑する。
「フリッツは昨日、問題を起こしたばかりだからな。それに毎年、東の貴族が西や南の貴族に決闘を挑まれて大怪我をする事件が発生している。まあ平民や下級貴族のもめごとが多いんだが、今回は子爵家と侯爵家という地位の大きい者同士の戦いになった。私としては、そんな理不尽で無用なトラブルは防ぎたいと思っている。羊羹の礼もあるしな。もし強引に勝負を挑まれたというなら、今からでも止められるぞ。こう見えて、私も王家の一員なんだからな」
私が学園長としてこの学園に就任してから数年経つが、毎年のように傷つけられる東の貴族を見てきた。強引にでも止めるべきだったと後悔したことも一度ではない。だが被害者は一様に、「家の名誉のために戦うのだ」と言って引き下がらなかった。貴族にとって名誉は何よりも大切なものだ。彼らを強引に止めてしまうとその名誉を傷つけてしまうかもしれない。
「君も、家の名誉のために戦うというのか」
私が尋ねると、ダクマーは意外なことを聞いたかのように答えた。
「いえ? フリッツごときがロレーヌを見下したからですよ。東の貴族として、ロレーヌをけなされたら戦わないわけにはいきません。それに、あいつに大きな顔をされて、私の修行が邪魔されるのは我慢ならないです。別にクルーゲが弱いとは思いませんが、フリッツは未熟です。せめてここでしっかりそれを教えてあげるのが、同じ武を志す者の義務だと思ったんです」
私は顔には出さないものの、内心驚いていた。決闘を挑まれた貴族はどこかおびえたような表情をしているものだった。だが、彼女にはそれがない。まるで旅行者に道を尋ねられた時のように、当たり前のことを説明するかのごとくあっさりと答えていた。
「君は、決闘が怖くないのか」
この質問をしたら、決闘を挑まれた学生は震えながら強がるものだった。だが――。
「フリッツごときの何を恐れるというのですか。私はビューロウの娘ですよ。結果はもう決まったようなものです。むしろ、無様をさらすフリッツの方を心配すべきです」
平然と答えるダクマーに、私は初めて興味を持った。彼女には緊張も気負いもない。勝つのが当たり前と言ったように、この決闘を見ているのだ。今までの生徒とは明らかに違う。
「闇魔の四天王を唯一倒した剣鬼の血筋か。その血にかけて、決闘は避けられないし、負けられないというわけかな」
私は重々しくつぶやいた。しかし彼女はきょとんとした顔で、あっさりと否定する。
「違いますよ。ビューロウの家とか、剣鬼の血とかは本当は関係ないんです。私、ダクマー・ビューロウが挑まれたから戦うんです。正直、フリッツが私の何を見て勝てると思ったのか分かりません。ですが私も自分の目でフリッツを見て、勝てると思ったから戦うのです。家の誇りやプライドなんて二の次ですよ。今回はね」
あっけらかんと言う彼女に、私は圧倒される。こうやって向き合うと、フリッツが彼女に勝つことは難しいのではと思った。もし、東の貴族が決闘に勝ったなら、その扱いはずいぶん変わるのでなないかと思う。私は愉快な気持ちになって、彼女に笑いかけた。
「面白い。圧倒的に不利な東の貴族がからまれたのかと思ったが、今回はそうではないのだな。実に面白い。私も観戦するのが楽しみになってきたよ。ダクマー君、しっかりやりなさい」
ダクマーはにっこりと微笑んで、力強く宣言した。
「はい! フリッツのあん畜生を、必ずぶちのめして見せます! 学園長も見ててくださいね!」
※ ライムントの側近 フーゴ視点
「フリッツ! 何を考えているのですか!? エレオノーラ様の側近に戦闘を挑むなんて、クルーゲ家とビューロウ家との戦いに発展するかもしれませんよ! 分かっているのですか!」
私はフリッツを強い言葉で諫めた。
フリッツがビューロウ家のダクマー様に喧嘩を売ったのを知って、彼女の兄のデニスが私の横で顔を青くしている。
「彼女は、デニスの妹でもあるんですよ! それに、エレオノーラ様とかなり近しい関係にあります! そんな彼女と闘技場で戦うなんて、ロレーヌ家に喧嘩を売ったようなものです!」
私は思い切り諫めたつもりだが、フリッツはつまらないものでも見るかのように私を見た。
「ふん。東の貴族をいたぶるのは毎年やっていることだろう。それが少し早まっただけさ。最近ロレーヌ家は生意気だ。霊薬を使ったビジネスがうまく言っているからと言って調子に乗りやがって。あの混じり物の顔が青くなるのは、楽しみとは思わないか」
フリッツはもう勝利したかのように言い捨てた。確かにフリッツは体格もいいし、剣も使える。前回の魔物退治ではうまく連携できなかったけど、個人技なら簡単に負ける人ではない。だけど、こんな見世物のようなことをするなんて・・・。
憤る私とは対照的に、ライムント様の護衛のマルティンが落ち着いた言葉をかけてきた。
「まあ、フーゴ殿も落ち着いてください。ビューロウ家は狼の家系です。それにふさわしい力があると分かれば、この騒ぎも収まりますよ。彼女が、ロレーヌ家の護衛として力があることを証明すればいいのです」
マルティンとは同じ中央の貴族だが、東の貴族を侮る傾向がある。光魔法の素質があることもあって、ライムント様の側近としての発言力は強いのだ。学園は数年前に卒業しているが、こうしてライムント様の護衛に駆り出されるほどだ。
「こんなやり方をして、たとえ相手が力を証明したところで何もなかったようになると思っているのですか!? 結果はどうあれ、クルーゲ家とビューロウ家の禍根になりますよ! 今からでも遅くありません! ビューロウ家に、そしてロレーヌ家に謝罪するのです!」
私がそう言い募ると、フリッツはあからさまに機嫌を悪くした。眉を顰め、私に言い返そうと口を開こうとする。
しかしその時、横から私を止める声がした。我らが主、王家のライムント様だ。
「いいではないか。あの混じりものの側近がどれほどの力を持っているか、見るチャンスだ。ここで負けるなら、それまでと言うことだ。力を持たないのが悪い。デニスも、それでいいな」
デニスは顔色を青くしたまま、「はい」と静かに答えた。そして「少々失礼します」と答えて部屋を後にした。
「はっ! ビューロウの長男が意気地ない! 大方妹に頭を下げるように言いに行ったのだろうさ! まあ、ここで取りやめる気はないけどな! どうしてもと言うなら考えなくはないけどな」
笑いながらフリッツが言い捨てた。ライムント様もマルティンも、バカにしたようにデニスが出ていった後のドアを見て笑っている。
「フリッツ・・・、このままで済むとは思わないことです。調子に乗っていては、あとで必ずしっぺ返しがありますよ」
そう言い捨てると、私は慌ててデニスを追った。
◆◆◆◆
「デニス! 待ってください!」
デニスの後姿に声をかける。どうやら妹に会いに行くようだが、無暗に止めることはできない。
「私も・・・・、ベール家の力も使います。こう見えて、過去には宰相も輩出した家です。この事態を治めるのに、何か手がないか考えましょう。妹さんには少々つらい思いをさせるかもしれませんが、それも命あってのことだと思います」
振り向いたデニスの顔は青かった。デニスはライムント様の側近の中では親友と言ってもいい間柄だ。この事態を治めるために、協力は惜しまないつもりだ。
「フーゴ様・・・、このままでは・・・」
デニスが私を見て茫然とつぶやいた。
「このままでは、フリッツ様が殺されてしまうかもしれません」
・・・・? え? デニスは今、何と言った?
「危機にあるのは妹さんではないですか? たしかにこの前の魔物退治では活躍していましたが、このままでは彼女はフリッツさんに殺されるかもしれないのですよ? よしんば助かったとしても、五体満足でいられるかどうか・・・」
懸念する私にデニスは首を振る。
「無理です。申し訳ないのですが、フリッツ様程度の腕では、妹は・・・、ダクマーは倒すことはできません。それどころか、触ることすらできないかもしれない・・・」
デニスは何を言っている? 気が振れてしまったのか? ダクマーさんは確かに強かったが、彼女には魔法の資質がないらしいし、魔法使いの援護なしにどれだけ戦えるというのだろうか。小柄な少女で、とてもフリッツに勝てるようには見えなかった。
そんな私を見て、デニスは絶望したような顔になった。
「マルティン様が諫めてくださると思っていましたが、それもないとは・・・。このままでは、ビューロウ家とクルーゲ家の遺恨になる。同じ武の三大貴族同士で争っている場合ではないだろうに・・・」
デニスは、妹の勝利を確信しているようだ。確かにデニスは、同じ上位クラスのなかでも戦闘力は折り紙付きだ。剣術の腕はともかく、4属性の魔法を完ぺきに使いこなす姿は見事と言う他ない。そんな彼の見立てなら信頼性は高いだろうけど・・・。
私はフリッツとダクマーさんの姿を多い浮かべた。フリッツは上背も筋肉もあり、そして侯爵家にふさわしい魔力もある。どう考えても、ダクマー様が勝てるとは思えない。
「ダクマーに、殺してはダメだと説得してきます! すみません! 急ぎますので!」
そう言って駆け出すデニスの後姿を、私は茫然として見つめていた。